VELTPUNCH | 四季を描く為のビッグマフを、この人たちは意図的に踏まなかった
5曲目のタイトルが「四季を描く為に踏むビックマフなど此処には無い」である。
そしてアルバムのタイトルが『Paint your life gray』、人生を灰色に塗れ、だ。
この2つが同じ盤に入っている時点で、もう話は決まっている。
ビッグマフというのは、Electro-Harmonix社の有名なファズペダルのこと。踏めば音が歪んで、分厚くなって、色がつく。ロックバンドが「ここぞ」で足元を踏み込む、あの瞬間を作る道具である。
そのビッグマフは此処には無い、とタイトルで宣言し、アルバム名で人生を灰色に塗れと言う。
色を塗らない。四季を描かない。灰色のままでいく。
メジャーデビュー作でこれをやるバンドが、2008年の日本にいた。VELTPUNCHである。
まず、事実を押さえる
VELTPUNCH(ベルトパンチ)は1997年結成の4人組。
編成は長沼秀典(Vo/Gt)、姫野聖二(Gt/Cho)、ナカジマアイコ(Ba/Vo)、遠藤泰輔(Dr)。男女ツインボーカルで、しかもドラムの遠藤がシャウトを担当するという、役割分担がやや変わったバンドだ。
『Paint your life gray』は5thアルバムにして、メジャー初アルバム。2008年9月3日、Geneon Entertainmentからリリース。品番GNCL-1175、価格2,800円(税込)。前作『WHITE ALBUM』が2007年8月なので、約1年ぶりの作品にあたる。
収録は全10曲。CD-EXTRA仕様で「DIC 954」のPVとそのメイキングが収録され、ライナーノーツはROCKIN’ON JAPAN編集部の小松香里が書いている。
そして6曲目の「CRAWL」が、テレビ東京系のTVアニメ『隠の王』オープニングテーマ。
つまりこれは、アニメタイアップを引っ提げてメジャーに上がったバンドの、勝負の1枚である。
その勝負の1枚で、彼らは色を塗ることを拒否した。ここが面白い。
総評 ── タイアップ盤の顔をしていない
正直に言うと、この盤を「アニメタイアップの入ったメジャーデビュー作」という情報だけで判断すると、完全に読み違える。
普通、そういう作品は構成が決まっている。タイアップ曲を1曲目か2曲目に置いて、キャッチーな曲で前半を固めて、後半に「バンドの本気」を少し混ぜる。新規リスナーを掴んで離さないための、王道の設計だ。
このアルバムは、それをやっていない。
「CRAWL」は6曲目に置かれている。ど真ん中の後ろだ。前半5曲を通過しないと辿り着かない場所にある。しかもその直前の5曲目が、6分30秒の複雑な構成を持つ、あのタイトルの曲である。
新規リスナーが『隠の王』からこのアルバムに入ってきたとして、5曲目まで来た時点で「話が違う」と思うはずだ。そしてそこを抜けた人だけが「CRAWL」に到達する。
そのうえで最後に、8分7秒の曲を置く。
この配置は、明確に「タイアップで来た客をふるいにかける」構造になっている。売り方としては下手だ。作品としては誠実だ。
男女ツインボーカルの浮遊感と、エモーショナルなメロディ、そしてニヒルな詞。この組み合わせが「ベルパン中毒」と呼ばれる依存性を生んでいたわけだが、その中毒性は、キャッチーさから来ているのではない。構造の歪さから来ている。
MOUSE OF THE PAIN
1曲目から4分05秒。アルバムの導入としては標準的な尺で、ここは素直に掴みにきている。痛みのネズミ、という妙な語感のタイトルからして、このバンドの言語感覚が英語圏の慣用から微妙にずれていることがわかる。そのずれが気持ち悪くて、癖になる。
DIC 954
作詞作曲は長沼秀典。PVが制作されており、成城中・高等学校で撮影されている。DICというのは印刷業界で使われる色見本の番号だと考えるのが自然で、つまり曲名が色番号だ。アルバムタイトルが「人生を灰色に塗れ」であることを踏まえると、この配置は明らかに意図的である。2曲目で具体的な色番号を出しておいて、盤全体では灰色に塗れと言う。皮肉が効いている。
Perfect days
アルバム前半で唯一、タイトルが素直にポジティブな語を使っている曲。だがこのバンドが「完璧な日々」と言うとき、額面通りに受け取るのは危険だ。3分53秒という手頃な尺で、前半の流れを整える役割を果たしている。
STANDING OVATION
作詞作曲は長沼。総立ちの喝采、というタイトルを4曲目に置いている。まだアルバムは半分も来ていない。本来なら終盤に置くべき言葉を中盤に配置して、そのあと6分30秒の曲に突き落とす。この意地の悪さは相当なものだ。
四季を描く為に踏むビックマフなど此処には無い
本作の核心はここだ。アルバム唯一の日本語タイトルで、6分30秒という長尺、そして複雑な構成。イントロのデスボイスは、通常シャウトを担当するドラムの遠藤ではなく、ギターの姫野が入れている。長沼によれば、録音時に遠藤がいなかったため姫野に叫ばせたところハマった、という経緯らしい。事故が作品になっている。そしてこのタイトル。四季を描く、つまり色彩豊かに情景を歌うためのファズペダルなど、ここには無い。ロックバンドが自分の武器を「無い」と宣言する曲を、アルバムの中心に据えている。これは刺さる。というか、この1曲のためにアルバムを買っていい。
CRAWL
TVアニメ『隠の王』オープニングテーマ。前述の通り、6曲目という後ろ寄りの配置。タイアップ曲としての完成度は疑いようがない。4分24秒という尺も、フックの立て方も、間口の広さも、外向きに作られている。だがそれをこの位置に置いた時点で、バンドはこの曲を「アルバムの顔」にする気がなかったということだ。這う、というタイトルなのも効いている。飛ぶでも走るでもなく、CRAWL。
Color of dawn
作詞作曲は姫野聖二。メインボーカルも姫野で、コーラスにナカジマ。全編英語詞。アルバム最短の3分15秒で、しかも作者もボーカルも変わる。10曲中、長沼以外が書いた曲は2曲だけで、そのうちの1つがここだ。前曲のタイアップ曲を通過した直後に、バンドの別の顔を出してくる。そしてタイトルが「夜明けの色」である。灰色に塗れと言っておきながら、7曲目で夜明けの色を出す。アルバム全体の色彩設計が、ここで一度反転する。
H.A.N.A.T.A.V.A
作詞作曲は長沼。ピリオドで区切ったアルファベット表記という、意味を故意に読みにくくするタイトル。3分36秒で走り抜ける終盤の1曲で、正直この曲だけは、他の曲ほど明確な役割が見えにくい。ここは弱い、とまでは言わないが、9曲目と10曲目の重さの前の緩衝材に留まっている印象がある。
TRAIN
作詞作曲はナカジマアイコ。メインボーカルもナカジマで、アルバム中で唯一、女性ボーカルのみで構成された楽曲である。10曲中1曲だけ、というのが絶妙だ。男女ツインボーカルを売りにしているバンドが、女性ボーカル単独曲をたった1曲、しかも終盤に置く。出し惜しみでもあり、切り札の使い方としても正しい。ここで一度、アルバムの声色が完全に変わる。
Your corolla
そしてラスト、8分7秒。アルバム最長曲。作詞作曲は長沼。驚くべきは、この曲の間奏が約4分あるということだ。8分の曲の半分が間奏である。歌の部分より、歌っていない部分のほうが長い。メジャー初アルバムの最後に、これを置く。
しかもライブでは、この間奏部分でメンバーが客席に降りたり、担当していない楽器を演奏したりと、音源通りには演奏しないらしい。ただしラストはきちんと締める、とのこと。
つまりこの4分間は、音源の時点で「余白」として設計されている。曲を完成させるのではなく、演奏される場所ごとに変形する余地を残している。
そういう終わり方をするアルバムだ。
良かった点
まず、曲順の設計だ。何度でも書く。
タイアップ曲を6曲目に置き、その手前に6分30秒の変則曲を置き、最後を8分7秒で締める。売れ線を最短距離で見せない配置で、これは商業的には明確に不利な判断である。それをメジャー1作目でやっている。
次に、作家性の分散。
10曲中、長沼秀典が作詞作曲を手掛けたことが確認できる曲が大半を占める一方で、姫野聖二とナカジマアイコが1曲ずつ書き、それぞれメインボーカルも取っている。バンドの中心が明確にありながら、他の2人が単独で立つ場所もきちんと用意されている。この配分は健全だ。
そして、事故を作品に取り込む姿勢。5曲目のデスボイスの件がまさにそれで、いるはずの人間がいなかったから別の人間に叫ばせたら良かった、というだけの話を、そのまま完成品に残している。作り込みと即興性が同居している。
物足りなかった点
中盤から後半にかけて、曲尺の設計にやや緩みがある。
7曲目3分15秒、8曲目3分36秒、9曲目4分14秒。この3曲は、5曲目の6分30秒と10曲目の8分7秒という2つの巨大なブロックに挟まれた谷間になっている。それぞれの曲に固有の役割はあるが、アルバムの流れとしては、ここで一度テンションが落ちる。特に8曲目は、前後に比べて存在感が薄い。
ここは惜しい。
もうひとつ、これは作品というより流通側の話だが、配信サービスによっては本作が9曲・約42分として登録されている場合がある。10曲・約46分のCD盤と収録内容が異なっているわけで、初めて聴く人がどちらに当たるかで印象が変わる可能性がある。8分の曲で終わる体験を前提に組まれたアルバムなので、聴くならCD盤の構成で聴いてほしい。
どんな人に刺さるか
2000年代の日本のオルタナティブロックを追っていた人。男女ツインボーカルの浮遊感が好きな人。アニメタイアップ経由でバンドを知って、そのままアルバムまで踏み込んだ経験がある人。そして、8分の曲の途中で4分間放り出されるのを面白がれる人。
逆に、キャッチーな曲だけを効率よく回収したい人には向かない。この盤はそういう聴かれ方に抵抗するように組まれている。
評価
8.0点。
曲順の設計、5曲目と10曲目という2つの異物、そしてメジャー初アルバムでタイアップ曲を6曲目に置く胆力。ここは高く評価する。
減点は中盤後半の緩みと、8曲目の役割の薄さ。あと1曲、7曲目から9曲目のあいだに強い異物があれば、この盤の評価はもう一段上がっていた。
名盤とまでは言わない。だが、間違いなく問題作の側にある1枚。
締め
四季を描く為に踏むビッグマフなど此処には無い。
自分たちの武器が無いと宣言する曲を中心に据えて、人生を灰色に塗れとタイトルで言い放ち、最後は間奏が4分ある8分の曲で終わる。
メジャーに上がった年に、こういうアルバムを作った。
色を塗らないという選択は、色を塗るより難しい。派手なファズを踏めば、とりあえず何かが起きたように聞こえる。踏まないと決めた瞬間に、曲そのものの強度が全部露出する。
灰色で勝負すると決めた4人の、その覚悟が10曲に刻まれている。
聴くなら1曲目から順番に。5曲目で引っかかって、6曲目で安心して、10曲目で放り出されてほしい。その順番でしか、この盤の意味は伝わらない。
ではまた。

