WOMCADOLE『黎明プルメリア』 | 旗を掲げて始まり、毒のある花で終わる13曲
プルメリアという花がある。
ハワイのレイに使われる、あの白と黄色の花だ。好きな人に渡すことができれば、その夢が叶う。そういう言い伝えを持っている。
同時に、樹液には毒性がある。
そして墓地にも生える。手入れの行き届かない土地でも育ち、香りが強いことから、葬送の場面でも使われてきた歴史がある。
夢を叶える花で、毒を持つ花で、墓の花。
滋賀の4人組が、メジャーデビュー作にこの花を選んだ。
メジャーデビューという、キャリアで最も景気のいい場面である。普通なら、もっと祝福だけの言葉を選ぶ。
彼らは毒のある花を持ってきた。
そして1曲目のタイトルが「FLAG」、旗である。
旗を掲げて始まり、毒のある花で終わる13曲。この構造を理解すると、このアルバムの見え方が変わる。
総評 「スーパーロックバンド」という自称の重さ
WOMCADOLE、読みはウォンカドーレ。2011年、樋口侑希(Vo/Gt)を中心に結成された滋賀発の4ピース。現編成は樋口、古澤徳之(Gt/Cho)、黒野滉大(Ba)、安田吉希(Dr)。
このバンドの自称は「スーパーロックバンド」だ。
正直に言うと、初見では笑ってしまう類の名乗りである。スーパーって何だ、と。
だが13曲を通した後だと、印象が変わる。この名乗りは自信の表明というより、退路を断つための呪いに近い。スーパーだと言い切ってしまえば、それ以下のものは出せなくなる。
実際、彼らの経歴は看板に見合っている。2013年の閃光ライオットにエントリーした「黒い街」でバンドの名前が10代に広がり、2015年に1stミニアルバム『ワタシノハナシ』をリリース。そして2019年の夏には京都大作戦とROCK IN JAPAN FESTIVALに出演し、恵比寿LIQUIDROOMでのワンマンをソールドアウトさせている。
その年の11月に、このアルバムでメジャーに出た。
内容は、バンド側の言葉を借りるなら「燃えたぎる衝動と交差する冷たく蒼い現実」ということになる。
この二項が全編に通底している。熱いだけでも、冷たいだけでもない。両方が同時に鳴っている。
そして黒く重たい夜が明けるその瞬間、つまり黎明。この作品は『黎明プルメリア』と命名するしかなかった、と彼らは説明している。
命名するしかなかった、という言い方が良い。選んだのではなく、そうなったと。
FLAG
リード曲にして1曲目。MVは大野敏嗣(COLORS)。
旗を掲げろ、という趣旨の言葉でアルバムが幕を開ける。そしてこの作品を携えたツアーの名前が「旗鼓堂堂ツアー」、全国25か所。ファイナルは2020年3月19日のマイナビBLITZ赤坂だった。
旗というモチーフが、曲名からツアー名まで一本で通っている。メジャーデビューという場面で最初に掲げるものとして、これ以上ないほど分かりやすい。分かりやすすぎるとも言えるが、1曲目の役割としては正解だ。
黒い街
閃光ライオット2013のエントリー曲を、ここで再録している。
バンドの名前を最初に広げた曲を、メジャーデビュー作の2曲目に置く。これは名刺の切り方として極めて真っ当だ。
ただ、面白いのは配置のほうだ。1曲目で旗を掲げた直後に「黒い街」が来る。掲げるべき理由が2曲目で提示される構造になっている。淀んだ黒い世界があるから旗を掲げる、という順番ではなく、掲げてから世界の黒さを見せる。
順序が逆なのが効いている。
wariniawanai
全部小文字のローマ字表記。割に合わない。
13曲の中で、この曲だけ表記の質感が完全に浮いている。漢字でもカタカナでも英語でもない、ローマ字。しかも意味は「割に合わない」という、極めて日常的な愚痴の言葉だ。
前2曲の熱量の後に、この脱力した表記が来る。序盤で一度、温度を下げる役割を担っている。
深海ゲシュタルト
漢字とカタカナの合成。深海とゲシュタルト。
ゲシュタルトという心理学用語を持ってくるあたり、このバンドの語彙が単なる熱血系ではないことがわかる。しかも深海と組み合わせている。
意味を厳密に追うとよくわからなくなるタイプのタイトルだが、音の並びとして強い。ここは好みが分かれるところだと思う。
ライター
インディーズ時代のラストリリースであり、ライブのハイライトを飾るアンセムとされている曲。
前曲の抽象的なタイトルの後に、ライターという日用品が来る。火をつける道具だ。1曲目の旗、2曲目の黒い街、そして5曲目の火。象徴の配置が丁寧に組まれている。
インディーズ最後の曲を、メジャー1作目の中盤に置く。過去と現在の継ぎ目として、この位置は正しい。
NANA
全部大文字。そして歌詞上は意味を持たない語だとされている。
13曲中6曲目、ほぼ真ん中に、意味のない音の連なりを置いている。ここまで象徴的な言葉を並べてきたアルバムの中心に、意味の空白がある。
疾走感のある曲だという評があり、実際ライブでの機能を想定した配置だろう。だが構成上は、ここが一度アルバムの意味を無効化する地点になっている。
R-18
記号的なタイトル。凄まじい重量感のあるサウンドを放つダークな曲、と評されている。
映倫の年齢制限区分をそのまま曲名にする感覚。前曲の意味の空白の直後に、露骨に禁止を示す記号が来る。
アルバムの中で最も暗い側に振れている1曲だと思われる。
kamo river
再び小文字英語。鴨川のことだろう。
3曲目「wariniawanai」と表記の質感が対になっている。ローマ字と英語小文字。13曲の中に2つだけ、この静かな表記の曲がある。
そして、ここから後半が始まる。R-18という最も重い曲を抜けた直後に、川の名前が来る。
今夜僕と
和気藹々とした酒場の様子が目に浮かぶ曲、と評されている。
前曲の川、そしてこの曲の酒場。後半に入って、アルバムの視界が一気に生活の側へ降りてくる。
前半が象徴と衝動で組まれていたのに対して、後半は具体的な場所と時間の話になっていく。この転換は明確だ。
LULLABY
子守唄。全部大文字。
酒場の直後に子守唄。夜が深まっていく順序で並んでいる。
カナリア
カタカナ4文字。鳥の名前。
炭鉱のカナリアという言い回しがある通り、この鳥は危険を先に察知して死ぬ存在として語られてきた。歌う鳥であり、犠牲の象徴でもある。
12曲目の直前にこれを置いている。アルバムの終盤で、歌う存在そのものについての曲が来る配置になっている。
ミッドナイトブルー
バンドの新機軸とされる1曲。大胆なストリングスを導入している。MVは「FLAG」と同じく大野敏嗣が監督し、小説家を演じる女性の葛藤と苦悩を描くドラマシーンと、樋口の弾き語りシーン、そしてヴァイオリンの演奏シーンで構成されている。
繰り返される自問自答の先に見えた答えを、爆音ではなくストリングスで鳴らした、というのがこの曲の位置づけだ。
真夜中の青。アルバムを通底する「冷たく蒼い現実」が、タイトルにそのまま出ている。
ここが本作の到達点だと思う。ロックバンドが弦を入れること自体は珍しくないが、13曲目の直前という位置に置いたことに意味がある。
黎
そしてラスト、漢字1文字。
ここが最大の仕掛けだ。
アルバムタイトルは『黎明プルメリア』。その1文字目である「黎」が、13曲目の曲名になっている。
つまり、13曲を全部聴き終えて初めて、聴き手はアルバムタイトルの最初の1文字に到達する。
これは巧い。相当に巧い。
そしてこの曲は、プルメリアにまつわるロマンチックな歌詞が印象的だとされている。冒頭で書いた通り、プルメリアは夢を叶える花であり、毒を持つ花であり、墓の花でもある。
旗を掲げて始まったアルバムが、その花に着地する。
黎明とは、夜が明ける瞬間のことだ。だが同時に、夜が終わる瞬間でもある。
祝福と喪失が同じ言葉に入っている。
良かった点
まず、構成。
1曲目「FLAG」から13曲目「黎」への到達、そしてタイトルの1文字目をラストに置く設計。ここは何度でも褒めたい。メジャーデビュー作でこれをやれるバンドはそう多くない。
そして、モチーフの一貫性。旗、黒い街、火(ライター)、川、酒場、子守唄、鳥、真夜中の青、そして花。抽象と具体を往復しながら、夜が明けるまでの時間が13曲かけて流れていく。
もうひとつ、振り幅。
疾走感のある曲(FLAG、NANA)から、重量感のあるダークな曲(R-18)、そしてバラード(kamo river、LULLABY、ミッドナイトブルー)まで、13曲の中に相当な幅がある。しかもそれが散らかっていない。
前述の「燃えたぎる衝動と交差する冷たく蒼い現実」という二項が、全部の曲に通っているからだ。軸がぶれていない。
そして、ジャケットとタイトルの設計。ジャケットは樋口がイメージしたプルメリアを持つ1人の女性で、GUERRILLA GRAPHICSが手掛けている。作品名、花の意味、視覚イメージが全部繋がっている。
物足りなかった点
13曲は多い。
特に後半、8曲目から12曲目にかけて、テンポを落とした曲が集中している。kamo river、今夜僕と、LULLABY、ミッドナイトブルー。この並びは物語としては正しいが、聴取体験としては確実に体力を要求する。
12曲目「ミッドナイトブルー」の到達点としての強さが際立つぶん、そこに至るまでの後半の傾斜が緩やかすぎる。ここは惜しい。
もうひとつ、既発曲の扱い。
2曲目「黒い街」は2013年の閃光ライオットエントリー曲の再録、5曲目「ライター」はインディーズラストリリース。メジャーデビュー作として過去の代表曲を届け直す判断は理解できるし、新規リスナーへの配慮としては正しい。
ただ、13曲という多めの枠を使いながら、序盤と中盤の要にあたる位置を2曲とも既発が占めている。新曲だけで前半を組んだ場合の姿は、正直気になる。
そして、これは注文だ。
「スーパーロックバンド」という自称に、僕はまだ完全には納得していない。このアルバムは間違いなく良い作品だが、スーパーという言葉が要求する水準は、たぶんもう一段上にある。12曲目で見せたストリングスの方向にせよ、7曲目の重さの方向にせよ、突き抜けきる手前で止まっている感触がある。
止まっているのではなく、まだ助走中だと信じたい。
どんな人に刺さるか
低い声で言い切るタイプのボーカルに弱い人。歌詞を読み込みながらアルバムを回すタイプのリスナー。関西のライブハウスシーンを追ってきた人。そして、熱量だけでも冷たさだけでもない、その両方が同時に鳴っている音楽を求めている人。
逆に、13曲を通しで聴く体力がない人、あるいは疾走感だけを求める人には、後半が長く感じられるはずだ。
評価
8点。
構成の設計、モチーフの一貫性、そして13曲目にタイトルの1文字目を置く仕掛け。ここは高く評価する。メジャーデビュー作として、やるべきことを分かってやっている。
減点は、13曲という尺と後半の傾斜の緩さ、そして既発2曲が要の位置を占める編成。
名盤ではない。だが、名盤を作る準備が完全に整っている1枚だ。
締め
黎明とは、夜明けのことだ。
だが夜明けは、朝ではない。まだ明るくなりきっていない、あの数十分のことを指す。夜が終わったのに、まだ昼が来ていない時間。
このアルバムは、その時間に立っている。
インディーズは終わった。メジャーが始まった。だが何かが達成されたわけではない。旗を掲げた、というだけだ。
そして手に持っているのは、夢を叶えると言われ、毒を持ち、墓にも咲く花である。
祝福と毒を同じ手で持ったまま、夜が明けていく。
メジャーデビュー作のタイトルとして、これ以上に正確なものはない。
聴くなら1曲目から順番に。13曲目にたどり着いて、初めてアルバムの名前の意味が分かる。その順番でしか、この作品は完成しない。
ではまた。

