ここ数年、ライブの感想とは別に「観客のヤバい話」がSNSのタイムラインを流れてくる頻度が、明らかに増えた。

ライブ中に水を撒く。ペットボトルを投げる。痴漢をする。

書いていて自分でも嫌になる。本来なら音と熱だけで終わるはずの空間で、なぜいま、観客のモラルがこんなにも問題になっているのか。

僕はこの問題を「ごく一部のバカが目立っているだけ」で済ませたくない。バンドの側が本来やらなくていい仕事──犯罪抑止のメッセージや、客のマナー教育──を、いま当たり前のようにやらされている。これは構造的にどう考えても異常だ。

今日は、ここ数年でライブハウス・フェスで実際に起きてきた事例を一通り並べて、そのうえで何が問題なのか、書いていく。長くなるから覚悟しといて。

「ライブハウスから痴漢を撲滅します」とアーティストが言わざるを得ない現実

まずいちばん深刻な話から書く。痴漢の話だ。

きっかけのひとつは、2024年1月のヤバイTシャツ屋さん・こやまたくやのX投稿だった。「『痴漢をするな』こんな当たり前のことを今更言わないといけないのが悔しい。先日のライブ中に痴漢被害に遭った方がいた」。被害者は「ライブを止めたくなくて、その場で声を上げられなかった」のだという。

このとき真っ先に動いたのが打首獄門同好会だ。公式Xで「『ライブを止めてしまったら申し訳ない』とか、ひとっつも考えなくて良い」「曲が減ってしまったら申し訳ない、とか、考えなくて良い。対処後に減らさずやります」と書き、「常に爆音が鳴っててみんな手を挙げてる状態だと、どうしても事態を伝えづらい」という現場のリアルを踏まえて、「スマホを上に掲げる」という現実的な助けを求める方法を提案した。

撮影禁止のライブでは、頭上にスマホの画面があると周囲もスタッフも必ず目を引く。「撮影してる?」とスタッフが確認に駆けつけてくる。その性質を逆手に取るアイデアだ。賢い、本当に。賢いし、そんなことを賢いと言わせる側の現実が憎い。

これに応じてこやまたくやが赤地に黄色文字の「SOS」画像を作り、「お守り代わりに保存しておいて」とXにアップ。一年後の2025年1月、ヤバTのワンマンライブの最中に客席からこのSOS画面が実際に掲げられ、こやまは「客席で問題が起きている事に気がつく事が出来ました」「絶対にライブハウスから痴漢を撲滅します。みんなが見ています」とポストした。

つまり、SOS画面は1年で「お守り」から「実用品」になってしまった。これがすごく嫌なリアリティだ。

そして2025年3月16日、大阪・なんばHatchで行われた礼賛のライブ。ボーカルは「ラランド」のサーヤ(CLR名義)、ギターはゲスの極み乙女の川谷絵音(晩餐名義)、ベースは休日課長というメンバーで構成されるこのバンドのライブ中に痴漢被害が発生し、被害を訴えた観客はその後の会場スタッフの対応の酷さもSNSで告発した。

礼賛側は3月18日に声明を出して被害者に寄り添う姿勢を示したが、翌19日に会場運営のキョードー大阪・キョードー関西が「事実関係と相違」「痴漢の事実はなかった」と被害そのものを否定する発表をして、再炎上した。被害者の女性は「なかったことはありえない」と反論。SNS上では運営会社への批判が広がった。

このとき、3月20日にキュウソネコカミが開催したイベント「極楽鼠浄土」では、転換中のモニターに「痴漢した奴は数年後に死にます!!」というメッセージが映し出されたという。これは大阪のインディペンデント・イベンター清水音泉が主催する「OTODAMA~音泉魂~」で以前から使われている、「清水音泉ぶっとばす」という曲の歌詞だ。

メッセージが過激? まあそうかもしれない。でも、これくらい振り切らないと止まらない、というのがいまの音楽現場の判断なのだと思う。

少し時間軸を戻すと、2023年2月、名古屋・ポートメッセなごやで行われたBLARE FEST. 2023では、ライブ中に観客の女性が「服を破られた」「ブラを外されて胸を揉まれた」と訴える事案が起きている。出演バンドが「大声出せなかったら、周りの奴にでもいいから助け求めてくれ」とXで呼びかけた。同じ年8月にはMUSIC CIRCUS ’23で女性DJへの性加害が問題になっている。被害は決して「客同士」だけじゃなく、ステージに立つ側にも及んでいる。

2024年9月にはELLEGARDENのライブ中に痴漢被害が報じられ、打首獄門同好会が「もしライブ中に痴漢にあったら」の話を再投稿している。

整理するとこうだ。

ヤバT(2024年1月)→ 打首SOS提唱 → BLARE FEST. やMUSIC CIRCUSの古い案件が再注目 → ELLEGARDEN(2024年9月)→ ヤバTでSOS画面実用化(2025年1月)→ 礼賛事件(2025年3月)→ キュウソネコカミの「死にます」メッセージ。

たった1年ちょっとで、ここまで事例が積み重なっている。これを「ごく一部」で片付けるのは、もう無理がある。

水撒き、ペットボトル投げ──機材より先に、人が壊れる

次に水とペットボトルの話。

そもそも前提として、ライブハウスでステージ上の機材に水がかかると、本当に終わる。ヴィンテージのアンプやエフェクター、PA卓、モニタースピーカー、いずれも水分は天敵だ。ボーカルの口に水が入って咳き込めば、その瞬間にライブは止まる。それくらいシビアな環境で、観客側が「テンション上がったので水を撒きました」をやる。意味がわからない。

ライブの「演出としての放水」はもちろん別の話だ。アイドルの夏ライブや、屋外のEDMフェス、韓国発のWATERBOMBのように、最初から水を浴びる前提でチケットが売られているイベントは、観客も水着で来るし、機材も防水仕様で組まれている。あれは事故ではなく演出だ。

問題はそうじゃない場面、つまり通常のロックバンドのライブハウス公演で、ペットボトルの中身をぶちまける人が増えていることだ。中身が水ならまだいい。ドリンクカウンターでもらったコーラやお茶、ひどいときは酒を撒く。撒かれた人の服はベタベタになり、機材リスクは跳ね上がり、足元が滑って転倒事故にも繋がる。「みんなやってるから」「気持ちよかったから」。理由になっていない。

ペットボトルそのものを投げる行為については、海外のパンクシーンの方が深刻だ。よく引き合いに出されるのが2007年のDownload Festival、My Chemical Romanceに対して観客が大量のペットボトルを投げつけた一件で、これがあるからこそ、いま日本のライブ会場で「フタを外してから持ち込んでください」のルールがある。フタが付いたペットボトルは、投げれば凶器になる。中身が入ったまま投擲されたら、当たった人は本気でケガをする。

ライブハウスでフタを没収されることに「不便だ」「ケチくさい」と文句を言う人もいるが、これは観客自身が積み上げた「不信感の歴史」へのコストだ。誰も損したくてフタを外させているわけではない。

このあたり、暴れる側のロジックでよく出てくるのが「ライブハウスは自由な場所」というやつだ。違う。ライブハウスは「演奏する人と聴く人の場所」であって、「客が好き勝手やる場所」ではない。自由と無秩序を取り違えている。

モッシュ・ダイブの「下手なやつ」問題

水・ペットボトルと近いところに、モッシュとダイブの過剰化がある。

2023年のROCK IN JAPAN FESTIVALでは、モッシュ中に4人が肋骨を骨折する事故が起きた。これだけで十分問題だが、もっと象徴的なのは2024年に四国の老舗野外フェス「MONSTER baSH」が「モッシュ・ダイブをしたら一発退場」という厳格ルールを導入した件だ。

普通に考えて、長く続いてきたフェスがこういう厳しい運用に踏み切るのは、現場で深刻なケガや事故が起きた後だ。何もないのにわざわざやらない。

同じ2024年9月5日、京都KBSホールで四星球・ROTTENGRAFFTY・10-FEETが出演した「CAPITAL RADIO ONE 25周年大感謝祭」では、開演前にイベンター清水音泉の清水”番台”が、モッシュ・ダイブ禁止の理由を丁寧に説明したそうだ。その結果、本当にダイブは起きなかったという。

つまり「丁寧に説明されれば、ちゃんと止められる人達もいる」ということでもある。これは希望でもあるんだけれど、同時に「説明されなければ止められないのか」という残念さもある。

そしてニューロティカ。ベテランのパンクバンドが浅草花劇場という普段とは違う会場でライブをやった際、開演前に何度もモッシュ・ダイブ禁止のアナウンスを行ったにもかかわらず事故が起きてしまい、その結果、今後の全ライブにおいてモッシュ・ダイブ等の危険行為を禁止すると公式に発表した。

長くその文化を背負ってきた人達が、ついに「もう無理」と判断した。これは本当に重い決断だと思う。「禁止」と書いておけば責任は逃れられる、というアリバイ作りじゃなく、本当に止めにきている。

ライブを長く見てきた現場の感覚としてよく目にするのが、「最近はずっと飛んでるダイバーが多すぎる」「飛んでくる奴の大半が同じ顔ぶれ」「人の上に乗ることが目的化していて、楽曲へのリスペクトが感じられない」という指摘だ。ダイブは無料アトラクションじゃない。曲が好きで体が動いた、その勢いで上に行ってしまった、というのが本来のダイブの姿で、認知欲・SNS自慢のためのダイブとは違う。

ハイスタの難波章浩が「モッシュ禁止 ダイブ禁止 オレ達がやってきたのはそんなことじゃない」と書いたのは記憶に新しいが、これも前提として「ちゃんとフロアを楽しめる客」だけが集まっている場での話だと思う。難波さんは続けて「フェスなんて無くなればいいんだよw AIR JAMやるスペースないなもう」と書いていて、これは皮肉が効いてる。要するに「最低限の作法を共有しないやつまで来るようになったフェスの形は、もう自分の理想とは違う」ということだろう。

なぜこんなことになっているのか、を考える

ここから少し、自分なりの考察を書く。

ひとつは、当然ながらコロナ明けの反動だ。声出し禁止・モッシュ禁止の数年間を経て、規制が緩んだ瞬間に「過剰に発散したい人」が一気にライブハウスとフェスに戻ってきた。本来のロックの作法を知らないまま、解放感だけで来てしまった人達がいる。

もうひとつは、フェスやライブが「音楽そのものじゃない目的」で消費される割合が増えたことだと思う。インスタ映え、推し活、夏のレジャー。それ自体は悪くない。でも音楽が真ん中にない人にとって、ステージは「自分の体験のための背景」になりがちで、隣の他人への配慮が後回しになる。

そしてもうひとつ、これがいちばん根深いと感じるんだけど、SNSの「自己顕示モチベ」だ。前述のダイブ問題と同じで、ライブハウスで暴れる→映像が撮られる→自分が映る、というインセンティブが、本来の感情駆動のフロア体験を変質させてしまっている。

「楽しかった」よりも「目立てた」が報酬になり始めている。これはアーティスト側もしんどい。

そして見落とされがちなのが、ライブハウスという施設そのものの構造的脆弱性だ。日本のライブハウスの多くは「興行場営業許可」ではなく「飲食店許可+特定遊興飲食店許可」で営業している。本格的な警備員やバウンサーを置く前提で設計されていないし、入口でちゃんとした身体検査をできる導線もない。受付に立っているのはチケットもぎりとドリンク交換のスタッフで、痴漢被害が起きたあとの一次対応すら、彼らに任されてしまう。礼賛なんばHatchの件で「スタッフ対応が酷かった」と告発されたのも、根っこには「ライブハウスは警備の専門家を抱えていない」という構造的な問題がある。

加害者を擁護する話ではまったくない。ただ、現場のスタッフを叩くだけで終わると、構造はずっと変わらない。

本来やらなくていい仕事を、バンドの側がやっている

ここがいちばん書きたかったところだ。

考えてほしい。礼賛は声明を出した。ヤバイTシャツ屋さんはSOS画像を作った。打首獄門同好会はスマホを掲げる方法論を提唱した。キュウソネコカミは「死にます」のメッセージを掲げた。清水音泉のおっちゃんは開演前に十分丁寧に説明した。ニューロティカは禁止ルールを設定した。四星球はステージから笑いに包んで諭してくれた。10-FEETやROTTENGRAFFTYもイベントの場で繰り返し言ってきた。

これ、全部、本来は警察と会場運営と社会の仕事だ。

アーティストは音を出すために半生をかけて練習してきた人達で、加害者に対して「やめろ」と言うために楽器を握ってきたわけじゃない。それでも彼らが声を上げているのは、「黙っていると次の被害者が出る」と思っているからで、つまり彼らはお客さんを守ろうとして、本来の仕事の外側で消耗している。

これは社会のコストとして、誰かが負担しないといけない。観客側がほんの少しでもいい、「自分の楽しみのために誰かを犠牲にするな」を当たり前にしてくれれば、アーティストはステージで音だけ出していられる。

すごく当たり前のことなのに、いまそれが当たり前じゃない。

観客の側で、僕らができること

書きたいことが長くなったので、最後にできることを短く。

ひとつ、SOS画像を保存しておく。ヤバTのこやまたくや氏が作った赤地に黄色のあれ。スマホのアルバムに入れておくと、いざという時すぐ出せる。

ふたつ、周囲で起きていることを見て、見て見ぬふりをしない。「演奏中だから」「自分が間違ってたら気まずいから」を理由にしない。あとから「あの時声をかけていれば」と思う方が、ずっとつらい。

みっつ、「文化だから」を免罪符にしない。モッシュもダイブも、ライブハウス文化の一部だったかもしれないが、それは「全員が暗黙のルールを共有していた」ときに成立していたものだ。ルールが崩れているなら、文化の側を更新するしかない。

そしてよっつ、こうしたメッセージを出してくれているアーティスト・イベンター・ライブハウスを覚えておいて、リスペクトを持って通うこと。打首獄門同好会、ヤバイTシャツ屋さん、礼賛、キュウソネコカミ、清水音泉、ニューロティカ、四星球、ROTTENGRAFFTY、10-FEET。彼らが繰り返し言ってくれるから、なんとかこのラインが守られている。

おわりに

インディーズの小さな箱で、汗だくになりながら知らないバンドに曲でぶん殴られたあの感覚を、何回ももらった。あの時間がなかったらこの記事を書いていない。

だからこそ、その空間がいま壊れかけていることが、ものすごく悔しい。

水を撒くな。ペットボトルを投げるな。痴漢するな。アーティストばかりに言わせていてはいけない。観客側の僕らも、口に出していかないといけない。

ライブハウスを無法地帯にするのは、ステージじゃなく、フロアだ。

ではまた。