進行方向別通行区分という、ライブのたびに解散しているバンドの話
ライブをやるたびに解散しているバンドがいる。
「進行方向別通行区分(しんこうほうこうべつつうこうくぶん)」。書くだけで疲れる名前だ。日本の道路の路面標示から、そのまま拝借している。「←」「↑」「→」が組み合わさったあの白いペイントの、誰も日常会話で使わない正式名称が、このバンド名だ。
僕がここまで、自分のブログで「ライブハウスでしか観られないバンドを紹介してきた」とそれなりに自負していたつもりだけれど、進行方向別通行区分の前ではそれが甘く感じる。何しろこのバンドは、公式サイトも、Wikipediaの単独項目もない。Spotifyにいない。Apple Musicにもいない。CDはすべてライブ会場限定のCD-R販売で、過去作はもれなく絶版。メルカリで転売価格が膨れ上がる。今のところ、合法的に音源に出会えるほぼ唯一の道は、メンバーらしき人物が運営しているYouTubeチャンネルだけだ。
そして毎回、ライブが「解散ライブ」として打たれる。
「今回が見納め」と銘打って、年に一度あるかないかの公演を打ち、終わったら本当に解散する。次にやるときは「再結成ライブ」。やったら、また解散する。これを2005年から繰り返してきて、通算20回以上の「解散ライブ」を消化してきた。それでも、東京・渋谷WWW Xや新宿BLAZEが満員になる。配信もないのに、ファンは関東一円から、たまに関西や名古屋からも集まる。
ただ、後で詳しく書くけれど、直近の「解散」は様子が違っていて、ここ2年半以上、再結成の気配がない。今日はこの、進行方向別通行区分という、いま本当に消えているかもしれないバンドの話を書く。
バンド名がそもそも、すでに変だ
念のため書くが、「進行方向別通行区分」というのは交差点手前の路面に書いてある、進行方向ごとに分けられた通行区分の正式名称だ。役所文書で出てくる、誰も覚えなくていい言葉。バンド名としてこれを採用してくる時点で、すでに普通じゃない。
そしてこのバンドのリーダーは「田中」だ。Vo.&Gt.で、田中。
下の名前は公開情報からははっきりしない。本人がそれを意図して伏せているフシすらある。「進行方向別通行区分の田中」「古都の夕べの田中」と書かれることはあっても、フルネームでクレジットされている公式情報は本当に少ない。後述するけれど、田中という人はライブ会場で、バンドリーダーらしからぬ振る舞いを毎回する。
4人の正体
進行方向別通行区分は、以下の4人を中心に構成されている。
田中(Vo./Gt.)。前述のとおりバンドのリーダーで、作詞作曲を一手に担当。本職はかなり堅い職業に就いているという噂があり、ライブの頻度が極端に低いのもそれが理由のひとつだとされている。早稲田出身、らしい。
真部脩一(Gt.)。1985年福岡生まれ。中学時代、田中の後輩だった真部が、もともと映像が好きで進行方向別通行区分のビデオ撮影をしているうちに、流れでギターを弾く側に回ったのが、彼にとっての初めてのバンド活動だ。あとから真部は相対性理論を結成し、ベースとソングライターを兼ねる初期相対性理論のキーパーソンになる。さらに集団行動、Vampillia、VMO、最近では2025年スタートのユニットWidescreen Baroque、2026年スタートのバンドiron(いろん/真部脩一・TAKU INOUE・西浦謙助)と、活動領域がいい加減広すぎる。進行方向別通行区分での芸名は「くそネジ」。
橋本アンソニー(Ba.)。本職は弁護士という、最初に聞いたとき脳が処理を拒否するプロフィールの持ち主。スラップを効かせたベースを弾きつつコーラスもやる。要するに、見るからにバンドメンバーには見えない仕事をしながら、めちゃくちゃ達者なベースを弾く人だ。
西浦謙助(Dr.)。集団行動・元相対性理論のドラマー。サポートドラマーとしての引き合いも多く、いまや国内屈指の手数派だ。進行方向別通行区分での芸名は「超新星β」。ライブで観ると、コーラスやホイッスルを吹きながらドラムを叩いていたりする。
噂レベルだが、4人とも早稲田出身という話がある。事実だとしたら、早稲田は何を生産しているのか。
「相対性理論の前身バンド」は半分ウソだ
進行方向別通行区分について調べていくと、ほぼ必ず「相対性理論の前身バンド」と書かれている。これは事実誤認に近い。
正確な経緯はこうだ。進行方向別通行区分は2005年に活動を始めた。メンバーの就職活動と社会人化のタイミングで「いったん解散」状態になり、その間に真部脩一が「就職してもバンド活動は続けたい」と考え、身近な人間を集めて新しいバンド・相対性理論を結成した。これが2006年9月のこと。
真部本人の証言が、これに尽きている。「就職をしても週末に遊びでバンドがやりたいなと思い、身近な人を集めて作ったのが相対性理論でした」。永井聖一の補足もシンプルで、「これは僕だけじゃ語れない。ホントに自然発生的なもの」。要するに、やくしまるえつこ加入の具体的な経緯について、本人たちが詳しく語っている公式インタビューは、実はほとんど存在しない。「真部の身近にいた人」というのが、公的に確認できる全てだ。
ただ、ひとつ確かなのは、バンド名「相対性理論」を命名したのが、やくしまるえつこ本人だということ。彼女の父親が科学者で、そこから取ったらしい。後にCDショップ大賞を受賞し、武道館まで到達するインディーズ・バンドの名前が、ボーカルの実家由来で命名されている。日本のオルタナ史でいちばん地味な誕生の瞬間だと思う。
つまり相対性理論は、「進行方向別通行区分から派生した」というよりは、「進行方向別通行区分から真部と西浦の2人が抜けて、そこにやくしまるえつこ・永井聖一を加えて作り直した、別のバンド」というのが構造的に正しい。時系列的には進行方向別通行区分のほうが先で、しかも進行は「終わった」わけではないので、相対性理論と並行して存在していた期間が普通にある。
だから「前身」というよりは「先輩バンド」と呼んだほうがいい。
真部は進行方向別通行区分について、こう表現している。「アート・リンゼイばりの不協和音と、桑田佳祐ばりのいい声といいメロディーがぶつかり合う」。
これがめちゃくちゃ的を射ている。田中のソングライティングはJ-POPとして聴ける情緒のメロディーを持っているのに、歌詞は完全に意味不明で、しかも田中本人がときどき音程を外して熱唱する。バックの真部のギターは硬質で、ナンバーガールあたりからの影響を感じるカッティングを刻んでくる。それを弁護士のスラップベースと、サポート稼ぎの売れっ子ドラマーが支える。何度書いても変な編成だ。
そして、これがそのまま後の相対性理論の音楽性に直結している。あの民謡的・ペンタトニック寄りのフレーズは、田中のギターが鳴らしすぎる音を整理した結果として、真部が逆方向に振ったところから生まれている、と真部本人がインタビューで語っている。要するに、田中という変人がいなければ、相対性理論のあのギターは生まれていない。
田中の作詞、どうかしている
進行方向別通行区分の曲を、いくつか挙げる。
「池袋崩壊」「アーケードテンプテーション」「世界は平和島」「三千世界」「独身ボクシング」「大塚娘」「白兵戦」「チョコレートスキャンダル」「理論武装」「リンとして電話」「宇宙警察サクラ・ダーモン」「森の妖精ペチャパウナー」「海の王者シャチ」「サンキュメリカ」「梅を吸いすぎた男」「自治会長鬼山」「バイバイ名古屋県」「五反田ふっとんだ」「戦国幼稚園」「ダイナマイト・卒業式」「井荻の中のマリオネット」「ハッピーチューズデー」「課長になった風鈴」「真・海の王者タコ」。
タイトルだけ並べていて笑える。「梅を吸いすぎた男」「課長になった風鈴」、文学性が完全に逝っている。
代表曲のひとつ「池袋崩壊」は、サビで地名が次々と羅列されるアンセムだ。最初はYouTubeに違法アップロードされていたバージョンを経由してファンが広がり、後年「世界は平和島」というベスト盤に正式収録された。一度聴くと、サビのキャッチーさと、コードの開放感と、歌詞の意味のなさが、頭の中で混ざってずっと回り続ける。
「アーケードテンプテーション」もライブの定番一曲目で、これも違法アップロード経由でカルト的に広まった曲だ。
そして、進行方向別通行区分のライブは、ほぼ必ずSEに『となりのトトロ』の「風のとおり道」を使う。あの久石譲の名曲が流れて、メンバーが袖から登場してくる。観客もそれを知っているから、SEが鳴り出した瞬間に箱が爆発する。
このバンドは、何の話をしているのかわからない歌詞を、田中がほとんど怒っているような声量で熱唱することによって、奇妙なエネルギーを発生させる。歌詞の意味を真面目に追ってもたぶんどこにも辿り着かない。だけどコード進行とメロディーは本当によくできていて、なぜか体が動く。これが彼らの音楽だ。
音源はすべて廃盤、メルカリ転売の世界
ここがこのバンドの異常な点で、過去にリリースされたCDがほぼすべて絶版になっている。
『谷間の世代』(2005年)、『三千世界』(2005年、1stアルバム)、『パトカーの乱』、『世界は平和島』(2006年、ベスト)、『理論武装』(2007年)、『恋泥棒サム』(2010年)、『三十世界2』(2010年)、『磯巾着先輩』『磯巾着先輩2』、『一悶着先輩Z』『鶏みたいにキスをする』『三銃士』(以上2011年)、『よーし、いくぞ』『男の、このシャクシャク感』(以上2012年)……。
その後しばらく音沙汰がなくなり、2023年4月28日に渋谷WWW Xで、結成から実に18年経って初のワンマンライブ「進行方向別通行区分多分レコ発ワンマンライブ」を開催。同年9月9日には新宿BLAZEで9thアルバム『スティーブン・せがれ』のレコ発を、パスピエとDJ澤部渡(スカート)との対バン形式で行っている。
つまり彼らは、メジャー流通CDを1枚も出さずに、20年近く活動してきた。新譜が出るときも、ライブ会場で手売り、CD-Rで、不定期に。
ファンはこれを追っかけるために、ライブのたびに重い気持ちで物販列に並んで、過去作も含めて何枚もCDを抱えて帰る。メルカリではアルバム単体に1万円超の値が付くこともある。これを「特別なファン文化」と称賛するのは、たぶん違う。誰のためにもなっていない流通の歪みでもある。それでも、なんとなく成立してしまっている。
で、いま、進行方向別通行区分は解散しているのか?
ここでひとつ正直に書いておきたい。前述したとおり、進行方向別通行区分は毎回ライブを「解散ライブ」として打ち、終わったらすぐ「再結成」して、また解散する。これを通算20回以上繰り返してきている。だから「解散しています」と言われても、ファンとしては「で、いつ次があるんですか?」と返したくなる。
ただ、直近の解散は、いつもの解散とは少し色が違う。
2023年9月9日の新宿BLAZE、『スティーブン・せがれ』レコ発が、現時点での最後のライブだ。
このときは、開催直前になって急に「今回で解散」とアナウンスされ、田中と親交のあるジョニー大蔵大臣(水中、それは苦しい)が、現場で「田中の事情があって、当面、年単位でライブはなさそう」と語っていた、と当日のファンレポートに残っている。それから2026年5月時点で、復活の告知はない。2年半以上が経過している。
過去のパターンなら、もうとっくに「久々の再結成です」のXポストが流れていてもおかしくない時期だ。だから今回は、いつもの「解散ライブ」よりも本気度の高い活動休止だと、多くのファンが受け止めている。
とはいえ、田中も古都の夕べという別バンドで動いていて(こちらも近年は更新が止まっているが)、真部脩一は集団行動・Vampillia・Widescreen Baroque・新バンドironと、いつにも増して多方面に活動を広げているし、西浦謙助も集団行動とサポートワークで安定して稼働中、橋本アンソニーも弁護士業の合間に呼ばれれば出てくる、という距離感のはず。だから「永遠に解散」とも言いきれない。
次があるなら、たぶんまた前触れもなしに、メンバーの誰かのXで唐突に告知される。それを、ファンはのんびり待つしかない。
ライブの実物が、人としてどうかしている
進行方向別通行区分のライブのレポートを読むと、毎回似たようなことが書かれている。
田中の黒いストラトの弦が、ライブ中に切れる。切れたままパワフルにストロークし続ける。後で水色のテレキャスに持ち替えるが、それはジョニー大蔵大臣(水中、それは苦しい)からの借り物だった。MCで脈絡のないことを長々と語る。曲中にアンプの音量を自分で調整しに行く。曲が始まる前にギターを置いて、一回深呼吸して、また持ち直す。観客はそれを「田中という現象」として、楽しそうに観ている。
真部脩一は、いつのまにか客席に近いところまで出てきて、奇妙な踊りを踊る。「真部ダンス」と呼ばれているらしい。これを観に来ているファンも一定数いる。
橋本アンソニーは終始ニコニコしながら、弁護士なのにスラップでベースを弾いている。
西浦謙助は、サポート仕事で鍛えられたトップクラスのドラムスキルで全体を支えながら、コーラスもこなし、曲によってはホイッスルを吹く。
2022年9月25日の神田明神ホール「日曜演奏会」では、South Penguinという、サックスとコンガを擁する硬派なオルタナティブ・ロックバンドとの対バンが組まれていて、これがめちゃくちゃ良い対戦カードだったらしい。観に行けなかった自分の遅刻が一生悔やまれる組み合わせだ。
これが「解散ライブ」として、年に一度あるかないかの頻度で起きていた。最後にメンバーが深々と礼をして、トトロのSEではなく今度は別の曲で、静かに去っていく。
ある現場ファンのレポートで「あんなに演奏が凄いにも関わらず、軽音部の先輩を見ているような気にさせられるのは何故なんだろうか」と書いている人がいて、これは本当にいい表現だと思った。プロのスキルの上で、田中という人が「軽音部の先輩」として歌っているのが、進行方向別通行区分なのだ。
田中、その他の活動
「古都の夕べ」というバンドが、田中のもう一つの主戦場だ。こちらは進行方向別通行区分よりは活動頻度が高い時期があった。元々は田中と真部脩一による2人ユニットとして始まり、現在はバンド体制。あゆ巫女(あどけないコーラスを担当)、高野京介(SuiseiNoboAz・ゲスバンド)、さと子(日本マドンナ/水中、それは苦しいSP)、ハコ(横浜のヤンキー、らしい)といった顔ぶれで、進行方向別通行区分よりは1曲が短く、テンポも軽い。とはいえ田中印の意味不明な歌詞は健在。アルバムタイトルも『進』『方向』『別通』『区分』『柿レンジャー』『ホワター!』『やっぱスーパーミュージックやねん』など、相変わらず狂っている。
ただし古都の夕べも、ベースのハコさんの妊娠でしばらく活動が止まっていて、近年は寡作。田中という人の音楽は、たぶん本人のライフイベントによって、極端に出力が変動するタイプだ。
真部脩一の射程はどこまで広いのか
田中の話と並べると気の毒なぐらい、真部脩一は活動を広げ続けている。
集団行動(2014年〜)の主軸として斎藤(Vo)らとアルバムを重ね、Vampilliaの正式メンバー(2013年〜、相対性理論時代の対バンで出会ったらしい。当時は「とんがりコーン」名義で頭から紙袋を被ってステージに立っていた)、VMO、タルトタタンやハナエへの楽曲提供、CM音楽。そして決定的だったのが、2023年に作詞作曲した、あのちゃんの「ちゅ、多様性。」(『チェンソーマン』EDテーマ)が7000万再生超えを記録したこと。
「ちゅ、多様性。」は、20年前の進行方向別通行区分の歌詞と地続きだ。あのちゃんが歌うミニマルでナンセンスな日本語と、ペンタトニックなメロディ。田中の作詞ロジックを継承した真部が、田中本人が永遠にやらない「TikTokで売れる」ところまで持っていった。
2025年からはHinano(Vo)とのユニットWidescreen Baroque(みらいレコーズではなくTOY’S FACTORY所属)、2026年からはTAKU INOUE・西浦謙助と組んだバンドiron(いろん)を始動。ironのバンド名の由来は「相対性理論からSoutaiseir(ソウタイセイリ)を抜いたようなのが残るから」。冗談みたいなネーミングだけれど、田中印のセンスをここに引き継いでいる感じはする。
つまり、田中が言葉のセンスを発明し、真部がそれを音楽産業の側で展開してきた、というのが2026年から見た進行方向別通行区分の歴史的役割だ。
「相対性理論を聴き尽くした人」のための、最良の道
このブログを読んでいる人で、相対性理論の名前を出されると「もう聴いた」「もう知ってる」と思う人は多いと思う。あの規模のインディーズ・ポップの代名詞だ。
でも進行方向別通行区分は、相対性理論よりも前から鳴っていて、相対性理論よりも変な歌詞を、相対性理論よりも荒々しいギターで、相対性理論よりも少ない頻度で、20年以上やってきた。
僕は、相対性理論を5回くらい通しで聴いて落ち着いた人にこそ、いま進行方向別通行区分を勧めたい。あの透明感のあるペンタトニックなメロディーが、もっと不器用で、もっと熱量が高くて、もっと意味不明な歌詞に乗っかっている世界が、ここにある。
入口としては、YouTubeにあがっているライブ映像で「池袋崩壊」「アーケードテンプテーション」を一度通して聴いてみるのがいい。サブスクにはいない。それが彼ららしい。
そして、いつかまた「解散ライブ」が告知されたら、迷わずチケットを取りに行ったほうがいい。物販は長い列ができる。CD-Rを買えば、家に帰ってからもしばらくの間、田中の声が頭の中で残り続ける。
おわりに
進行方向別通行区分は、たぶん永遠に売れない。
メジャーレーベルに移籍しないし、サブスク解禁もしないし、TikTokのためにサビ尺の編集もしない。20年やっているのに公式サイトすら持っていない。ライブ告知はメンバーのXからいきなり投下される。彼らをマーケティングするには、市場の側のロジックが追いつかない。
そして、ここ2年半以上は、本当に音沙汰がない。「いつもの解散」だと信じたい気持ちと、「もうこのまま終わるかもしれない」という不安が、ファンの中ではずっと並列している。
でも、こういうバンドが日本のインディーズには確かに存在していて、彼らがいないと、相対性理論も生まれなかったし、集団行動もVampilliaもironも、あのちゃん経由の最近の真部仕事も生まれなかった。シーンの底のほうに、こういうバンドが沈んでいて、たまに浮上してきて、一晩だけ大暴れして、また沈む。それが「東京のインディーズロック」の、いちばん深い場所だと、僕は思っている。
ではまた、次の記事で。

