SAKEROCKという奇跡のインストバンドと、ハマケン・星野源が選んだそれぞれの道
星野源、と聞いて今の若い世代が思い浮かべるのは、たぶん「恋」を踊る俳優兼シンガーソングライターの姿だろう。ドラマの主演、紅白、スタジアム規模のライブ。国民的アーティスト、という肩書きがすっかり板についている。
だが、その原点に、酒でも飲みながらだらだら聴くのが正解、みたいな脱力インストバンドがあったことを、どれだけの人が知っているだろうか。SAKEROCK(サケロック)。今日はこのバンドと、そこから飛び出していった二人の男、浜野謙太と星野源が選んだ、まったく違う道について書いていく。
歌のないバンドが、なぜあんなに愛されたのか
SAKEROCKは、リーダーの星野源が自身の出身校である自由の森学園高等学校の卒業生を集めて2000年に結成したインストゥルメンタルバンドだ。所属は名門インディーレーベル、カクバリズム。バンド名は、エキゾチカの巨匠マーティン・デニーの楽曲「Sake Rock」から取られている。
ここで強調しておきたいのは、これが基本的に「歌のないバンド」だったという一点だ。ボーカルを立てず、器楽だけで勝負する。ジャズ、ファンク、ロック、フュージョン、そこに昭和歌謡のとぼけた味わいを溶かし込んだ、独特のサウンド。難しいことをやっているはずなのに、少しも難解に聞こえない。力を入れていても、それを表に出さない。この脱力の美学こそが、SAKEROCKが多くの人に愛された理由だ。
中心にいたのは、ギターとマリンバの星野源、ドラムの伊藤大地、そしてトロンボーンとスキャットの浜野謙太、通称ハマケン。初期にはキーボードの野村卓史(2002年脱退)、ベースの田中馨(2011年脱退)もいた。特筆すべきは、マリンバやトロンボーンといった、ロックバンドの標準装備からは外れた楽器が主役級で鳴っていることだ。この編成の妙が、あの唯一無二の音色を生んでいた。
面白いのは、ハマケンの加入エピソード。本人がテレビ番組で語ったところによると、もともとボーカル志望だった彼は、星野からトロンボーンでメロディをやってと誘われて一度は断ったという。それが「MCでもいいから」というふわっとした誘いに変わり、バンドの人気が出始めたのを見て「じゃあ俺やる」と加入を決めたそうだ。この、なんとも力の抜けた経緯が、そのままSAKEROCKというバンドの体温を物語っている。
「幸福な解散」という、稀有な終わり方
バンドというのは、たいてい不幸な形で終わる。売れなかったから。売れなくなったから。仲が悪くなったから。金でもめたから。中心人物が嫌になったから。解散の理由なんて、大半はネガティブなものだ。
だが、SAKEROCKの解散は違った。2015年2月28日に解散を発表し、同年6月2日、両国国技館でのラストライブ「ARIGATO!」をもって、15年の活動に幕を下ろした。その理由が、実に彼ららしい。
リーダーの星野源は、公式サイトのコメントでこう説明している。3人体制になってからバンドとしての活動がうまくできず、その間にメンバー個人の活動が本格化し、それぞれに「戦う場所」ができていった、と。つまり、仲違いでも失速でもない。全員が、それぞれの場所で忙しくなりすぎたのだ。
考えてみれば当然だった。星野源はソロで飛躍し、この2015年には「SUN」を発表、年末には名盤『YELLOW DANCER』をリリースしている。ハマケンは在日ファンクのフロントマンとして、そして俳優として引っ張りだこ。ドラムの伊藤大地は、あまりに多くのバンドからサポートのオファーが殺到し、メンバー内で一番忙しいと言われるほどだった。この状態で無理にスケジュールを合わせることは、それぞれの「今の仕事を全部やめろ」と言うに等しい。
だが星野は、ただ解散するだけでは終わらせなかった。解散するからこそできることがある、と発想を反転させたのだ。最後にもう一度、脱退した野村卓史と田中馨を呼び戻し、一度も実現しなかったオリジナルメンバー5人での制作をやろう。戦うためでも挑戦するためでもなく、ただ全員で楽しく演奏するために。こうして生まれたラストアルバムが『SAYONARA』(2015年)だ。レコーディングは笑いが絶えず、まるで1stアルバムのようなポジティブな空気に満ちていたという。
終わりの作品が、始まりのように瑞々しい。こんな解散が、他にあるだろうか。あるライターはこれを「幸福な解散」「理想的な解散」と呼んだ。まったくその通りだと思う。バンドは解散するものだ、という宿命を、SAKEROCKは祝祭に変えてしまった。
そして、二人は別々の道へ
さて、ここからが本題だ。SAKEROCKという同じ船を降りた後、ハマケンと星野源は、まったく異なる方向へ漕ぎ出していく。
星野源が進んだのは、国民的スターへの道だった。SAKEROCK解散の翌2016年、ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の主演と主題歌「恋」が社会現象になり、一気にお茶の間の顔になった。シンガーソングライター、俳優、文筆家。あらゆる領域で成功を収め、今や日本の音楽シーンの中心にいる。SAKEROCK時代の、あの人を食ったようなインストの感覚は影を潜め、洗練されたポップスの職人へと変貌を遂げた。彼は、より広い場所を選んだ。
一方のハマケンが選んだのは、より濃く、より深く潜っていく道だ。彼が率いる在日ファンクは、その名の通りファンクの一点突破。汗と色気とユーモアが渾然一体となった、圧倒的にディープな音楽をやり続けている。あるレビューはこれを「ウザかっこいい、ウザ気持ち良い」と評したが、言い得て妙だ。メジャーな洗練とは対極の、身体的で泥臭いグルーヴ。ハマケンは、万人に届くことより、自分の面白いと信じるものを突き詰めることを選んだ。俳優としても、あのコミカルで唯一無二の存在感で、確固たる地位を築いている。
広く届くことを選んだ星野源と、深く掘ることを選んだハマケン。この二人の対比が、僕はたまらなく好きだ。どちらが偉いという話ではない。同じインストバンドという胎内から生まれた二つの才能が、正反対のベクトルで、それぞれの表現を極めていった。その両方が、SAKEROCKという一つのバンドに同居していたという事実こそが、あのバンドの豊かさの証明なのだ。
なお、二人の間には一時期「不仲説」なるものも囁かれた。学生時代からの仲間である星野が売れていく姿に、ハマケンが複雑な思いを抱いていたのでは、という類の噂だ。だが、これは裏取りの取れない憶測の域を出ない。少なくとも解散が不仲によるものでないことは、星野本人のコメントからも明らかだ。むしろ、5人で同時に終われることが本当に嬉しい、と語った星野の言葉に、僕は嘘を感じない。
酒を飲みながら、もう一度
SAKEROCKの音楽は、今聴いても少しも古びない。というより、そもそも流行を追っていなかったのだから、古びようがない。マリンバの丸い音、トロンボーンの人懐っこいメロディ、全体に流れるあの脱力した心地よさ。バンド名の通り、酒でも片手に、ゆっくり味わうのが一番正しい聴き方だ。
星野源からSAKEROCKに辿り着く人がいる。その逆の順序を歩んだ古参もいる。入り口はどちらでもいい。大事なのは、あの歌のないバンドが確かに存在し、そこから二つの大きな才能が別々の空へ飛び立っていった、という事実を知ることだ。
広い場所へ向かった男と、深い場所へ潜った男。二人の原点には、いつも酒とロックと、馬鹿みたいに笑い合う仲間たちがいた。たまには、その原点の音を、じっくり聴き返してみてほしい。きっと、力の抜けたいい夜になる。
ではまた。

