ステージの中央最前。マイクスタンドを握ったフロントマン。
──バンドという形式に慣れきった私たちは、気づかぬうちに「ボーカルはステージの真ん中にいるもの」という思い込みを刷り込まれている。

でも、本当にそうだろうか?

ステージの一番奥、バスドラとシンバルに囲まれた小さな城の中から、ありったけの声を叩きつけるフロントマンがいる。両手両足が独立して動き、しかもその上で歌詞を吐き出す。人間という生き物の運動神経と発声器官を同時にフル稼働させる、音楽界でも最難関のポジション──それがドラムボーカルだ。

「コーラスを担当するドラマー」なら世界中にいる。だが、リードボーカルをドラムから取るとなると話は別。数えられるほどしかいない。そしてその数少ない面々は、例外なく、バンドシーンに特異な風穴を開けてきた。

今回紹介するのは、そんな「ガチで歌うドラマー」が中心にいる5組。どのバンドも、ステージで見た瞬間に「これは普通じゃない」と背筋が震えるタイプだ。

奮酉(FURUTORI)

まず1組目は、女性2人組の奮酉(ふるとり)。
高校の同級生だった2人が組んだ、ドラムボーカル+ギターという最小構成の2ピースバンドだ。

編成を聞いただけで「どうやって音の隙間を埋めるんだ?」と思うが、彼女たちの答えはシンプルかつ逸脱的で、「隙間は埋めない。むしろ隙間そのものを音楽にする」というものだった。

ジャズ由来の洒落たコード感。ふにゃふにゃと脱力したオルタナギター。正統派のロックの疾走感。さらにヒップホップのループ感覚まで、およそ一つのバンドに詰め込めない要素が自然体で同居している。そしてその中心に、ドラマーの高らかな歌声が芯として通る。

ドラムボーカルというと「叩けるから歌う」という順番で語られがちだが、彼女は違う。歌があり、そのための推進力としてドラムがあり、その両者が分離できない。ドラマーが歌っているのではなく、歌う人間が、必要だからドラムを叩いているのだ。

代表曲「ccc」の冒頭で聴ける、楽しげに吹き込まれたようなラップ混じりの歌唱を聴けばわかる。技巧で聴かせるタイプではなく、「面白い音楽を作りたい」という純度の高さで聴かせるタイプ。こういう才能こそ、最も模倣が難しい。

THE LOCAL ART(ローカルアート)

2組目は埼玉発のTHE LOCAL ART。2002年にSHAMPOOHATから改名し、2006年には『愛の言葉』でメジャーデビューも果たしたバンドだ。現在はインディーズに戻って活動を続けている。

フロントに立つのは、ドラムボーカルの岡田悟志。
映画『ふぞろいな秘密』の主題歌に「ラストスパート」が起用された実績を持つ、実力派のバンドである。

彼らの何が凄いか。端的に言えば「音に負けない歌」、これに尽きる。

ドラムボーカルという編成には、物理的にどうしようもない問題がある。自分が叩いている楽器が、バンドで一番音量がデカいのだ。普通なら歌はかき消される。それを押し返すために何をするか──岡田悟志は、シンプルに声を張り上げることを選んだ。

その結果生まれたのが、あの熱く太いボーカルスタイル。叩きながら張り上げる、という原始的な解決策が、結果的にバンドの最大のアイデンティティになった。無骨で男臭い、けれど嘘がない。

面白いのは、そのマッチョなプレイスタイルとは裏腹に、歌詞は率直な弱音や嘆き、ささやかな希望を綴った「人間くさい」ものが多いという点だ。男らしい音像の中に、むしろ女々しくすらある本音が乗る。このギャップが彼らのリアリティを立ち上げている。

メジャーからインディーズに戻った理由も「レコード会社のやり方に縛られず、自分たちの音楽を自由にやりたいから」。その姿勢も含めて、THE LOCAL ARTは信じるに値するバンドだ。

8otto

3組目は、大阪が誇る硬派なドラムボーカル・バンド8otto(オットー)。

メンバーはドラム&ボーカルのマエノソノマサキ、ギターのヨシムラセイエイ、ベースのTORA、ギター&コーラスのリョウという4ピース編成。2004年結成のベテランバンドだ。

彼らを語る上で外せないキーワードが2つある。
ひとつは「一発録り」、もうひとつは「UKロック由来のグルーヴ」。

デビュー作『we do vibration』に収録された楽曲のほとんどは一発録り。つまり、スタジオに集まって、せーので演奏した瞬間をそのまま音源化する、という1970年代的な硬派極まりない手法だ。ポストプロダクションで音を整える時代に、あえて「その場の熱量」を真空パックにする。結果として、音源でありながらライブの現在進行形のような切迫感がある。

さらに特筆すべきは、この一発録りをドラムボーカル編成でやっているということ。ドラムを叩きながら、リードボーカルを録る。ミスが許されないリスクの高い手法で、バンドとしてのタイト感と信頼関係の厚さが滲む。

マエノソノのボーカルは、どこか訥々としたニュアンスを持ちながら、ザ・ストロークスやアークティック・モンキーズのような英国ロックの血が流れている。ニンジャスレイヤーのアニメEDに提供した「SRKEEN」では、英語に聴こえる日本語詞という離れ業をやってのけた。発音の崩し方が尋常じゃなく上手い。

アジカンのゴッチや元BLANKEY JET CITYの浅井健一からも評価される、通が黙らない正統派。サマソニにも複数回出演し、日本のドラムボーカル文化の先頭を走り続けている。

メシアと人人

4組目は、京都発の男女2ピースメシアと人人(めしあとにんじん)。

ギターボーカルの北山敬将と、ドラムボーカルのナツコによる愛され2ピース・ドリームノイズポップバンドだ。

ジャンルで言えば、マイブラ以降のシューゲイザー/ドリームポップの遺伝子を濃く継ぐサウンド。ギターが空間を満たす巨大な壁を作り、その中で男女のツインボーカルが溶け合いながら立ち上がる。

ここで決定的なのが、ナツコのドラムボーカル。

シューゲイザーやドリームポップというジャンルは、ボーカルをあえて音像の奥に埋めるスタイルが定番だ。だがメシアと人人では、その上でさらにドラムを叩きながら歌っているという事実が、ライブで大きな意味を持ってくる。

ギターの大轟音の中、ドラムセットの奥から、シャウトにも近い感情が飛んでくる。音の壁を超えて届いてくる、あの切迫感。スタジオ盤では味わいきれない、空間でしか体験できない種類の音楽だ。

筆者個人の言葉で書くなら──メシアと人人は、ライブで浴びることで初めて完成するバンド。2ピースとは思えない轟音と、その裏で静かに燃えている情念。柔らかな雰囲気の2人が鳴らす激情は、一度生で受けたら忘れられない。

Squid

そして5組目は、UKポストパンク・シーンの最注目バンド、Squid。

2016年、イギリス・ブライトンで結成された5人組。現在は拠点をブリストルに移している。

メンバーはOllie Judge(ドラム&リードボーカル)、Louis Borlase(ギター)、Anton Pearson(ギター)、Laurie Nankivell(ベース、ブラス)、Arthur Leadbetter(キーボード)。2021年にWarp Recordsからデビューアルバム『Bright Green Field』をリリースし、UKアルバムチャート初登場4位を記録。black midi、Black Country, New Roadらとともに「ポストブレグジット世代」のUKポストパンクを象徴する存在となった。

Squidのフロントマン、Ollie Judgeは叩きながらリードボーカルを取る数少ない現代ドラマーの1人だ。

興味深いのは、彼がボーカルスタイルを確立した経緯。初期のライブでモニター環境が劣悪だったとき、「ドラムを叩きながら、聴こえるように叫ぶしかなかった」ことが、結果的に現在のあの半ば叫び半ば語るような独特の発声につながっている。THE LOCAL ARTの岡田悟志と、発生原理が驚くほど似ている。

バンド名義でも「I just want to croon(本当はクルーナーみたいに歌いたいんだよ)」とジョークを飛ばすOllieだが、Squidの音楽に必要なのはクルーナーの甘い声ではない。ディストピアを描く彼らのリリック──監視社会、ジェントリフィケーション、住宅危機、精神の荒廃──を背負えるのは、あの剥き出しの咆哮しかない。

Judgeのドラムは、ジャズやクラウトロックの遺伝子を感じさせる、多拍子と反復を行き来する複雑なもの。それを叩きながら、オーウェル的な歌詞を吐き出す。人間の脳の使い方としてどう考えても異常で、だからこそ、彼らの音楽はこの時代の不安と怒りを完璧に反射する鏡になり得た。

ライブではドラムセットがステージ中央最前に置かれ、他のメンバーがJudgeを囲むようにして演奏する。ボーカルが中心にいる以上、ドラマーが中心にいるのは当然──という、バンドフォーマットの常識を静かに破壊した視覚設計もまた、Squidらしさのひとつだ。

まとめ

5組を振り返ると、共通点が浮かび上がってくる。

どのバンドも、「ドラムボーカルでやる必然性」を自分たちのバンドサウンドの骨格に組み込んでいる。

奮酉は2ピースの最小編成の中で歌とドラムを一体化させた。THE LOCAL ARTは音量に負けない歌をバンドのアイデンティティに昇華させた。8ottoは一発録りとドラムボーカルを結びつけ、硬派な音楽性の象徴にした。メシアと人人は轟音ギターの中からドラムボーカルを立ち上げる切迫感で、ライブの唯一性を作った。Squidは叫ぶしかなかった環境的制約を、時代への怒りを表現する武器に変えた。

ドラムボーカルは、ただの「一人二役」ではない。

楽器と身体と声の関係を、一度ゼロから問い直したバンドだけがたどり着く編成だ。だからこそ、ドラムが中央で歌うバンドは、ほぼ例外なく「他では代替できない」個性を持っている。逆に言えば、そこに信頼して耳を傾ければ、ハズレが極端に少ないとも言える。

もしあなたがまだこの5組の音を聴いていないなら、今夜のプレイリストに1曲だけでも加えてみてほしい。サブスクを開いて、再生ボタンを押すだけでいい。

ステージの一番奥から飛んでくる声に、きっと耳が引き寄せられるはずだ。
そしてその瞬間、あなたの中で「バンドの中心はフロントマンだ」という刷り込みが、音を立てて崩れていく。

ドラムボーカルは、バンド音楽の地味で、静かで、しかし最もスリリングな最前線である。