レコードブームは本当にブームなのか
「最近、レコードがアツいらしいよ」
ここ数年、いろんな雑誌、ニュース番組、SNSで何度も目にしてきたフレーズだ。実際、データだけ見ると確かにアツい。日本のアナログレコード生産額は、2010年に1億7000万円まで落ち込んだあと、2022年には43億3600万円まで回復した。実に25倍である。
アメリカではもっと劇的で、2022年にレコードがCDの販売枚数を上回った。1987年以来、35年ぶりの逆転劇。タワーレコードの渋谷アナログ専門店「タワーヴァイナルシブヤ」には7万枚の品揃え、店内は若者で賑わっている。
これを見て、「レコード復活」「アナログの逆襲」みたいなコピーが各メディアに踊る。
でも、ちょっと待ってほしい。
僕は、このブームの実態にずっと違和感を抱いていた。それを決定づけたのが、海の向こうから飛んできた一つのデータだ。
「米国のレコード購入者の50%が、レコードプレーヤーを所有していない」
……は?
今日は、この奇妙な現象——「売上は伸びているのに、誰も聴いていないかもしれない」レコードブームの実態について、データと睨み合いながらじっくり書いてみたい。
ブームの規模感を、まず正確に押さえる
最初に、どれだけブームなのかを数字で確認しておく。
日本のアナログレコード生産額の推移
- 1980年(最盛期):1812億3800万円
- 2010年(どん底):1億7000万円
- 2022年:43億3600万円(10年比 約25倍)
日本のレコード新譜タイトル数
- 2012年:38タイトル
- 2022年:462タイトル(10年比 約12倍)
米国市場での逆転劇
- 2022年:レコード4100万枚 > CD 3340万枚
- レコードアルバムの売上 17.2%増の12億ドル
- CD売上は約18%減の4億8300万ドル
確かに数字だけを見れば、これはブームだ。誰がどう見てもブーム。レコードプレス工場は世界中で生産が追いつかず、新譜を出すアーティストが半年待ちなんてことも起きている。
でも、この数字にはある重要な視点が抜けている。
衝撃のデータ——「半数がプレーヤーを持っていない」
2023年、エンタメ分析会社Luminateが発表した調査結果が、業界に衝撃を与えた。
「過去12ヶ月にレコードを購入した人のうち、レコードプレーヤーを所有しているのは50%だけ」
冷静に考えてほしい。レコードを買って、家に持ち帰って、再生する手段がない人が半分いるということだ。それでもレコードを買う。何のために?
さらに遡ると、2016年の調査結果もある。レコード購入者の40%は「ターンテーブルを持っているが、使ったことがない」と回答していた。買って、ターンテーブルも持っているのに、一度も使わない。
意味がわからない。少なくとも、音楽を聴くためにレコードを買っているわけではない人が、相当数いることだけは確かだ。
ちなみに日本のデータも面白い。BCNが2023年に行った調査では、レコードプレーヤーの所有率は全世代平均で20.7%。20代に至っては26.5%で、レコード世代と思われる50代・60代を上回った。これは「Z世代がレコードに目覚めた」という前向きな解釈もできるけれど、別の角度から見れば「レコードを買っている人と、プレーヤーを持っている人がズレている可能性」を示している。
じゃあ、なぜみんなレコードを買うのか
プレーヤーを持っていないのに、なぜレコードを買うのか。理由は意外なほどシンプルだ。
①「インテリアとして飾る」
これが圧倒的な動機の一つ。レコードジャケットは大きさが約31.5cm四方。壁に飾れば、それだけで部屋がカフェやショップみたいになる。SpotifyのアルバムアートはせいぜいスマホやMacのディスプレイサイズだけど、レコードは部屋を支配できる物理的存在感を持っている。
InstagramやPinterestを覗くと、「Vinyl Aesthetic」というハッシュタグで何十万件もの投稿が並んでいる。レコードを壁に飾った部屋、レコード棚と観葉植物、トランク型レコードプレーヤーをインテリアの一部にした空間——どれもめちゃくちゃおしゃれで、めちゃくちゃ「映える」。
つまり、レコードは音楽メディアではなく、インテリア雑貨として機能している**面が確実にある。
②「アーティストとの繋がりを物理的に感じたい」
これも大きい。サブスクは便利だけど、好きなアーティストへの愛を物理的に表現する手段がない。月額1000円払って、何百万人と同じプレイリストを共有する——それは「応援している」感覚としては、ちょっと薄い。
そこでレコードだ。好きなアーティストが作った物理的な物体を、自分の手で所有しているという感覚。これは熱心なファンにとって、サブスクでは絶対に得られない満足感を提供する。
その結果、「再生はSpotifyでするけど、お布施としてレコードを買う」という消費パターンが生まれた。これは皮肉なことに、音楽産業全体としては悪くない構造でもある。サブスクで広く聴かれ、グッズ的にレコードが売れる。アーティストの収入源が二重化する。
③「ジャケットがアートだから」
LP盤の大きいジャケットは、それ自体がアート作品として機能する。ピンク・フロイドの『The Dark Side of the Moon』のプリズム、The Beatlesの『Sgt. Pepper’s』のコラージュ、坂本龍一『B-2 UNIT』の幾何学模様——これらは、スマホのサムネイルでは絶対に伝わらない迫力を持っている。
額装してインテリアにする人もいるし、レコード棚にジャケットを見せて並べる人もいる。聴かなくても、ジャケットだけで価値がある。
④「儀式としての楽しさ」
「これはコーヒーをインスタントではなく、豆から挽いて淹れる行為に近いものがあるかもしれません」——あるレコード愛好家のコメントだけど、これは本質を突いている。
ジャケットからレコードを取り出し、プレーヤーに乗せ、針を落とす。音が鳴り出すまでの一連の動作。この「面倒くささ」が、現代のリスナーにとっては逆に魅力になっている。
タップひとつで何百万曲にアクセスできる時代だからこそ、あえて手間をかけて1枚を聴くという行為に、特別な意味が宿る。これは説得力がある主張だ。
……でも、それって「ブーム」と呼んでいいのか?
ここで僕の疑問が出てくる。
レコードが売れている理由が「インテリアとして」「アーティストへのお布施として」「ジャケットがアートだから」だとしたら、これは音楽メディアとしてのブームではなく、雑貨・グッズとしてのブームじゃないのか?
例えば、誰も聴いていない楽器が大量に売れていたとして、「楽器ブーム到来!」と報じるのは、ちょっとミスリーディングだろう。「楽器型インテリアのブーム」と書くのが正確だ。レコードに関して、同じことが起きている可能性が高い。
メディアは「アナログ復活」「若者がレコードに目覚める」「音質の良さに気づいた」と煽る。確かにそういう側面もゼロではない。Z世代の中には、実際に音楽を聴くためにレコードプレーヤーを買って、毎日アルバムをじっくり聴いている真摯なリスナーが存在する。最近の調査では、Z世代のレコード愛好家の80%が実際にプレーヤーを所有しているというデータもあって、ここは希望が持てる。
でも全体として見ると、「レコードを買っている人」と「レコードを聴いている人」は、相当ズレているのが現実だ。これを認識した上でブームを語らないと、見えない部分が見えなくなる。
「ブーム」の正体は、複合現象である
僕の見立てを整理すると、現在のレコードブームは少なくとも4つの層が重なっている。
第1層:純粋な音楽愛好家
本当に音質を求めて、プレーヤーを買って、レコードを聴き込む層。サブスク世代だけど、音の質感の違いに感動して、しっかりリスナーになった人たち。これは少数派だけど、確実に存在する。
第2層:物理メディアでアーティストを応援したい層
熱心なファン。Spotifyで毎日聴いているけど、推しのアーティストには物理的に貢献したい。ストリーミングは便利だけど、それだけだとアーティストに金が回らないことを知っているから、レコードという形で投資する。
第3層:インテリア・ライフスタイル層
正直、音楽はサブスクで十分だと思っている。でもレコードジャケットがおしゃれだから、部屋に飾りたい。プレーヤーは持っていないか、持っていても使わない。この層が、米国データで言う「半分の購入者」の正体に近い。
第4層:投機・コレクション層
限定盤、カラーヴァイナル、ピクチャーディスクなどを集める。値上がりを期待する場合もある。中古市場での価値も意識している。シティポップのレコードが海外で高騰したように、投資としての側面もある。
これら4つの層が全部「レコードを買っている」人にカウントされるから、売上は伸びる。でも実際に音楽メディアとして使われているかというと、第1層と第2層の一部だけ。第3層と第4層は、別の動機で動いている。
メディアが「レコードブーム」と煽るとき、この4層の違いを区別していないことが多い。だから話が混乱する。
工場側の悲鳴——「ブーム」の歪み
ここでちょっと業界側の話もしておきたい。
レコードがインテリア需要も含めて爆発的に売れている結果、プレス工場が世界中で生産能力を超過している。新譜のレコードを出したいアーティストが、半年から1年待ちで予約を入れる、なんてことが普通に起きている。
工場側からすると、これは嬉しい悲鳴だ。でも同時に、業界全体として歪な構造になっている。「飾るために買われるレコード」のために、生産能力が逼迫し、「本当に聴かせたいアーティスト」のリリースが遅れる。これ、フェアな状況だろうか。
しかも、レコードは生産・輸送のCO2排出量がCDやストリーミングよりずっと多い。環境負荷の観点で見ると、聴かれないレコードが大量生産されているのは、サステナビリティ的にもなかなか問題のある現象だ。
「レコードはエコで自然なメディア」みたいな言説もたまに見かけるけど、これは正直**幻想**に近い。塩化ビニル樹脂を高温でプレスして作られる物理メディアが、サブスクストリーミングよりエコなわけがない。誰も聴かないレコードが棚で埃をかぶっている光景は、エコでもなんでもなく、ただの過剰生産だ。
「ブーム」を冷静に見るための3つの視点
じゃあ、このレコードブームをどう捉えるべきか。僕なりに3つの視点を提案したい。
視点①:売上データだけで判断しない
「売上25倍!」という見出しに踊らされない。それは「インテリア需要の25倍」かもしれないし、「投機需要の25倍」かもしれない。「どれだけ実際に再生されているか」のデータと突き合わせて初めて、本当のブームかどうかが見える。
理想を言えば、レコード協会あたりが「販売枚数」だけでなく「ユーザーの実再生時間」も調査してほしい。アンケートでもいいから、購入者の実態を可視化することが、健全な市場のために必要だと思う。
視点②:自分がどの層に属するか、自覚する
レコードを買おうとしている自分が、上の4層のどれにあたるのか。これを自覚するだけで、買い方が変わる。
「インテリアとして欲しい」なら、それでいい。でも「実際に聴くつもりだ」と思っているなら、まずはプレーヤーを準備して、安いレコードで「本当に自分はこれを聴き続けるのか」を試してみる方がいい。買ったレコードが棚に積まれて、結局Spotifyで聴く——これは音楽愛とはちょっと違う。
視点③:アーティストとブームの構造を理解する
レコードを買うことで、実は音楽産業に貢献している面はある。サブスクの収益分配は再生1回0.003〜0.005ドル程度と非常に低いから、レコードで支払われる10〜30ドルは、アーティストにとって大きい。「レコードを買う=アーティストへのお布施」と割り切るのは、現代の音楽消費の一形態として理にかなっている。
ただし、それは「ブーム」じゃない。「ファンによる物理メディア応援文化」だ。言葉の選び方ひとつで、現象の見え方は大きく変わる。
結論——「ブーム」は便利だけど雑な言葉
「レコードブーム」という言葉は、メディア的には便利だ。「アナログ復活」「若者を惹きつける温かい音」「サブスク疲れの時代に手触りを取り戻す」——これらの物語は、たしかに一部真実だし、面白い記事になる。
でも、現象の本質を覆い隠す側面もある。
実態は、おそらくこうだ。「物理メディアとして、再生されないかもしれないレコードを買う行為が、複合的な動機で広がっている」。これを「ブーム」と呼ぶかどうかは言葉の問題。でも、誰もが熱心にレコードを聴いているわけではない、ということは、認識しておいた方がいい。
レコードを買っているあなた、棚を見直してみてほしい。今月、何枚のレコードに針を落としましたか? ほとんど飾るだけになっていない? それでも全然いいんだけど、それを「自分は音楽を真剣に聴いている」と思い込むのは、ちょっと違う気がする。
そして、もしまだプレーヤーを持っていないのにレコードだけ買っているなら、まあ、それも自由だ。インテリア雑貨として、音楽愛を表現する手段として、立派なライフスタイルだ。ただ、業界の人やメディアが「レコードが復活した!音楽の聴き方が変わる!」と騒いでいるとき、半分くらいは話半分で聞いておいた方がいい。
データはこう告げている——売れているレコードの半分は、たぶん、聴かれていない。
その事実を知った上で、それでも棚にレコードを並べたいと思うなら、それはそれで素敵な趣味だ。レコードの大きいジャケットは、本当に部屋を素敵にする。ただ、その営みを「ブーム」という言葉で括ることに、僕は少しだけ警戒したい。
ブームじゃなくて、たぶんこれは、新しい形のライフスタイル雑貨需要なのだ。ジャケットが綺麗で、所有欲を満たして、SNS映えして、ファンとアーティストの関係を物理的に繋ぐ——そういう現代的な需要が、たまたまレコードという形を選んだ。
それは祝うべきことかもしれないし、ちょっと寂しいことかもしれない。それを判断するのは、レコードを買って、棚に並べて、針を一度も落とさないあなた自身だ。

