バンド名をアルバム名にするという”覚悟”と、2ndアルバムのジンクスは本当に存在するのか
こんにちは、monaです。
新譜のリリース情報を眺めてると、たまに出くわすやつ。
バンド名と全く同じタイトルのアルバム。
例えば『andymori』とか『フジファブリック』とか『OGRE YOU ASSHOLE』とか。並べてみると、いずれもデビュー作。これ、たまたまでしょうか?
ライターの武田砂鉄さんが2015年にCINRAで書いた「使えるのは一度だけ。ミュージシャンの必殺技、セルフタイトル作に名盤は多いのか?を検証する」という名コラムが、私の中ではずっとこのテーマの基本書になっています。武田さんいわく、
セルフタイトルは「1度しか使えない必殺技」。バンドが「これが自分達のすべて」と言い切る覚悟を、たった1単語で表現してしまう手法、
というわけです。
そして同時に、ここで私はずっと気になっていました。
「セルフタイトルでデビューした奴ら、2ndアルバム大丈夫?」
音楽界には昔から囁かれる「2ndアルバムのジンクス」というやつがあります。1stは大絶賛だったのに、2ndで失速する。”あの輝き”が二度と戻ってこない。今日はこの2つのテーマを、邦楽インディーズの実例を引きながら、考えてみます。
セルフタイトルが置かれるタイミングは1種類じゃない
「セルフタイトル=デビューアルバム」というイメージが強いです。が、Wikipediaの邦楽セルフタイトル作品リストを眺めてみると、実はもっとバリエーションがある。
ざっくり整理すると、セルフタイトルが放たれるタイミングは大きく4種類。
- デビュー作 「これが俺たちだ」型。今日この後紹介する邦楽インディー勢はほぼここ。最もわかりやすく、最も多い使い方。
- キャリアの転換点・リセット作 「ここから新しい俺たちが始まる」型。Weezerが過去に4枚もセルフタイトル(ブルー、グリーン、レッド、ホワイト)を出して再起動を繰り返しているのは有名な話。邦楽だとサザンオールスターズの『Southern All Stars』(1990年)あたりが近いパターン。
- キャリア中盤の自信作・総括的アルバム 「これまでの俺たちの集大成」型。デビュー数年後、ある程度バンドの形が固まってから「ここで仕切り直そう」と放たれる。サニーデイ・サービスの『サニーデイ・サービス』(1997年、5枚目)が典型。
- 解散・終焉のラストアルバム 「これが俺たちの最後だ」型。最もドラマティックで、最も稀少。今日の最後にこのパターンの極北みたいなバンドを紹介します。
つまりセルフタイトルは「最初の宣言」だけじゃなく、何度かある人生の節目に置かれる墓標みたいなもの。同じ「バンド名=アルバム名」でも、放たれるタイミングによって受け取るメッセージの重みは全然違ってきます。
今日は主に①の「デビュー作セルフタイトル」と、その後の2ndアルバムでバンドが直面する宿命について深掘りしていきます。
邦楽インディーズの「セルフタイトル1st」名盤たち
ここからが本題。日本のインディーズシーンで、バンド名と同じタイトルのデビュー作を出してきた連中を見ていきます。
andymori『andymori』(2009年)
吉祥寺発の3ピース。1stEP『アンディとロックとベンガルトラとウィスキー』で無名のままコアな音楽ファンを掴んだ彼らが、満を持して投じた1stフルアルバムがバンド名そのもの。
「FOLLOW ME」「すごい速さ」「ベンガルトラとウィスキー」。捲し立てるような小山田壮平の言葉と疾走感のあるサウンドは、当時のインディーシーンで完全に異物でした。リバティーンズを初めて聴いた時のあの感覚が、日本のバンドから出てきた瞬間。「これが俺たちだ」と言うには、バンド名以外のタイトルが思い浮かばなかった——というのが、すごく腑に落ちる作品です。
フジファブリック『フジファブリック』(2004年)
メジャーデビュー1stアルバムにして、いきなり名盤と呼ばれた怪物作品。「桜の季節」「TAIFU」「銀河」「打ち上げ花火」「サボテンレコード」「陽炎」「夜汽車」と、デビュー作の収録曲リストとは思えない密度。
歌謡曲とロックとプログレが志村正彦の頭の中で同時に鳴っていて、それを山内総一郎の超絶ギターが現実化していく。四季をテーマにシングルを切り続けた4曲を含むこのアルバムは、フジファブリックという独自世界の入り口にして頂上のひとつ。
OGRE YOU ASSHOLE『OGRE YOU ASSHOLE』(2005年)
長野県発、現在は完全にサイケロック/クラウトロックの巨匠と化したオウガの、1stフルアルバム。バンド名の由来はメンバーが敬愛するModest Mouseの来日ライブでサインを頼んだら走り書きされた文字、というエピソードがすでに最高なんですが、サウンドもMouse直系のローファイなUSインディーロック。「また明日」「タニシ」「カポ」「ロボトミー」あたりが既に異形で、後年難解な方向に進化していく彼らの「原点」を聴ける貴重なアルバム。
cinema staff『cinema staff』(2011年)
岐阜出身のオルタナティブロック4人組。ベーシスト三島想平いわく、アルバム制作の中盤までタイトルに悩んでいたものの「楽曲が揃っていくうちに、セルフタイトルにふさわしい作品になった」と判断したとのこと(Wikipediaより)。「白い砂漠のマーチ」を筆頭に、ポストロック的なギターの絡みと激情的なエモが同居する、その後のシネマスタッフの全部の原型がここにあります。
集団行動『集団行動』(2017年)
これは外せない。元相対性理論の真部脩一が組んだ新バンド、その1stアルバム。全曲の作詞作曲編曲を真部一人で担当し、レコーディング時点でメンバーが揃っておらずベースとキーボードまで自分で弾いている、という強烈なスタート。「ティーチャー?」を筆頭に、「これは真部の作品集」と宣言するにはセルフタイトル以外あり得なかったと言える1枚。
ちなみにこのバンド、2021年1月に活動停止してから、2026年3月8日に代官山UNITで6年ぶりの復活ライブをやったばかり。タイミング的にも改めて聴き返したい人が多いはずです。
では「2ndアルバムのジンクス」とは何か
ここで本題その2。
英語圏には「sophomore slump(二年生のスランプ)」という言葉があります。スポーツでルーキーイヤーが大活躍した選手が2年目に伸び悩んだり、テレビドラマの2シーズン目が失速したり、人気バンドの2ndが1stを超えられなかったり——そういう現象の総称。
なぜこれが起きるのか。理由はだいたい3つ。
- 心理的プレッシャー 1stで注目されたバンドには、メディア、リスナー、レコード会社、それぞれの期待が乗っかってくる。「次は何を出すんだ?」という視線の重さ。期待されすぎてフリーズする現象。
- 統計的回帰(regression toward the mean) 1stがあまりにも突き抜けた出来だった場合、次作はそれより「平均寄り」に戻る確率が高い、というだけの話。スランプじゃなく、1stが異常だっただけ。
- 構造的な制作環境の悪化 これが一番大きい気がします。1stは「結成から数年かけて溜め込んだストック」で作れる。一方2ndは「ツアーで疲弊しながら、契約上のスケジュールに追われ、1年以内に書き下ろし」で作らされることが多い。曲のストックも、1stで没にした”二軍”が中心になりがち。これじゃ勝てない方が普通です。
つまり、ジンクスは”呪い”じゃない。構造の問題です。
それでも2ndで1stを超えた邦楽インディーバンドたち
ここで、ジンクスをぶち壊したケースを並べます。
andymori『ファンファーレと熱狂』(2010年)
セルフタイトル1stからわずか1年で、2ndアルバム『ファンファーレと熱狂』をリリース。これが第3回CDショップ大賞 大賞を受賞しました。さらに音楽誌『snoozer』の2010年年間ベストでは、国内ミュージシャンとして最高位の13位。
セルフタイトル1stで「これが俺たちだ」を出し切った後、すぐに「もう一段上に行く」を証明してしまった稀有な例。「ベースマン」「クラブナイト」など、andymoriの代表曲がぎっしり詰まっています。なお、このリリース直後にドラマー後藤大樹が脱退し、岡山健二が加入するという激動も挟みます。
フジファブリック『FAB FOX』(2005年)
セルフタイトル1stの翌年に放った2nd。「銀河」のあの転調、「sunny morning」のサビの急展開、「モノノケハカランダ」の妖しいうねり、「マリアとアマゾネス」の奇怪なメロディ、そしてインディーズ時代の名曲「茜色の夕日」の再録。「1stを超えたか」は人によりますが、少なくとも「同等以上にやばい」のは間違いない。
羊文学『our hope』(2022年)
これは新世代の例。塩塚モエカ率いるオルタナバンドが、インディー1st『若者たちへ』(2018)、メジャー1st『POWERS』(2020)を経て、メジャー2ndで放ったのがこの『our hope』。第15回CDショップ大賞2023 大賞〈青〉を受賞。「光るとき」「マヨイガ」を含むこのアルバムで、羊文学はネクストブレイクから完全に脱皮しました。
この3バンド、いずれもCDショップ大賞関連で評価されているのが共通点。「ジンクスを破ったやつは、その瞬間にちゃんと祝福される」——音楽業界、案外ロマンチックです。
ラスボス:syrup16gという”逆セルフタイトル”
最後にどうしても紹介したいのが、syrup16gの『syrup16g』。
これ、何がすごいって、解散アルバムとしてのセルフタイトルなんです。
1stアルバムは『COPY』(2001年)。メジャー1stは『coup d’Etat』(2002年)。そこから何枚も傑作を作り続けてきて、2007年12月のNHKホール公演で突如解散宣言。その2ヶ月後、2008年1月30日にリリースされたラストアルバムのタイトルが、バンド名そのもの。
メンバー自身が「この時には既にバンドとしての体を成しておらず、ドラム・ベースのリズム録りと、ギターアレンジ・歌入れがバラバラの状態で行われた」と振り返るほどに、解体寸前で生まれた作品。にもかかわらず、「さくら」「scene through」「夢からさめてしまわぬように」「ニセモノ」など、彼らの最重要曲が詰め込まれている。
「これが俺たちだった」と過去形で言い切る覚悟のセルフタイトル。1stの覚悟と、最終作の覚悟は、方向が真逆なだけで同じ重さ——これに気付いたとき、私は震えました。
まとめ:覚悟はジンクスを上書きできる
長くなりましたが、整理します。
- セルフタイトルはバンドにとって「1度しか使えない必殺技」(武田砂鉄)
- 2ndアルバムのジンクスは”呪い”ではなく、心理・統計・構造の3要因による現象
- セルフタイトルでデビューした邦楽インディーバンドの中には、2ndでさらに上を更新したやつらがいる(andymori、フジファブリック、羊文学)
- 逆にsyrup16gのように、解散アルバムをセルフタイトルにする”逆覚悟”の使い方もある
つまり、ジンクスは確かに存在するけれど、自分のバンド名をアルバム名にできるバンドは、最初から「2nd以降も含めた長期戦」を見据えている——そういう仮説が、調べれば調べるほど見えてきます。
セルフタイトルって、リスナーへの宣言であると同時に、自分達への呪いのようなものなのかもしれません。「これ以下のアルバムは出せない」という。
次にどこかの新人バンドのデビュー作が「○○○○(バンド名)」だったら、ぜひその後を追いかけてみてください。彼らは確実に、何かを賭けています。
ではまた。

