バンド名がNAZOON(ナズーン)、アルバムタイトルが『ヨクネ?』。この時点でもう、肩の力の抜け方が只者じゃない。「良くね?」である。自分たちの音楽を、仰々しい概念でもポエムでもなく、「良くね?」の一言で差し出してくる。この余裕、新人バンドのそれじゃない。

それもそのはずで、このバンド、経歴が変わっている。NYから帰国し、都内でジャズシンガーとして活動していた和田明(Vo./Gt.)が、自身の夢だった3ピースロックバンドを組むべく、すでにプロとして活動していた片野吾朗(Vo./Ba.)と関根豊明(Vo./Dr.)を誘って2023年に結成。つまり、ジャズの現場で鍛えられた歌い手が、あえてギター・ベース・ドラムという最小編成のロックに戻ってきた、という逆走キャリアのバンド。

『ヨクネ?』は2025年6月9日リリースの1stフルアルバム。全8曲、約31分。AOR、Hip-Hop、R&B、Funkに影響を受けたソングライティングを、3ピースのソリッドなサウンドで鳴らす。今日はこの、妙に大人びた新人の初手を、じっくり見ていく。

アルバム全体の総評

まず断言する。このバンドの武器は「うまさを見せびらかさないうまさ」だ。

ジャズ上がりのボーカル、プロとして活動してきたリズム隊。技術の裏付けは明らかにある。だが『ヨクネ?』は、超絶技巧のひけらかし大会にはなっていない。むしろ楽曲はどれもコンパクトで、キャッチーで、風通しがいい。31分で8曲。ダレる隙がない。AORやR&Bの洒脱なコード感を、3ピースの骨太な音でザクッと鳴らす。この「大人の引き出しを、若いフォーマットで開ける」バランス感覚が、彼らの本領だ。

もう一つの特徴が、3人全員が歌うこと。フロントの和田だけでなく、ベースの片野もドラムの関根もメインボーカルを取る。声の主が入れ替わることで、たった3人、たった8曲なのに、アルバムの景色が単調にならない。この設計は賢い。

ただし正直に言えば、1stアルバムとしては「良くまとまりすぎている」きらいもある。大人の余裕は諸刃の剣で、若いバンド特有の、はみ出した衝動や危うさは薄い。そこを物足りなく感じるリスナーは確実にいるだろう。僕も少し、そちら側だ。

なお、ここは正直に書いておくが、本作のアルバム内の正式な曲順は、配信ストアの人気順表示しか確認できず、裏取りができなかった(正確な曲順は要確認、情報が必要)。よって以下の曲ごとの感想は、収録順ではなく曲単位で書く。収録8曲は、イントロ、フンク、WORKOUT、Tokyo Callin’、かわいいゴースト、シャイなバター、猫の街、SAVE MEだ。

イントロ

タイトルがそのまま「イントロ」。ふざけているようで、アルバムの入口を担う自覚がしっかりある。4分40秒と、イントロと呼ぶには堂々たる尺で、この人を食った感じがNAZOONらしい。

フンク

TikTokで演奏動画が100万再生を達成した、バンドの看板的な一曲(表記は”Hunk”とも)。タイトルからしてFunkへの目配せが露骨で、実際このバンドのルーツが最も色濃く出るナンバーだろう。3ピースでファンクのグルーヴを鳴らす、その心意気だけで信頼できる。これは刺さる。

WORKOUT

2024年8月8日リリースの記念すべき1stシングル。公式の言葉を借りれば、ロックのシンプルなヘヴィーさと無機質な冷たさが同居した一曲だ。ジャズシンガーだった男が、バンドの一発目に「冷たさ」を選んだセンス。甘い歌モノで来ると思わせて、裏をかいてくる。バンドの第二章の幕開けにふさわしい宣戦布告だ。

Tokyo Callin’

2ndシングル。都会の中で関係を紡ぐ2人に向けたラブソングで、約束をして会うまでの心躍る時間を彩る曲、とされている。AOR的な洒落た都会感が最も素直に出るタイプの曲だろう。東京の夜に鳴らすための音楽。ベタと言えばベタだが、このバンドの音楽的教養なら安っぽくはならないはずだ。

かわいいゴースト

ロックなハロウィンソング。グルーヴィーなシャッフルビートの上で、赤ちゃんゴーストとの戯れと主人公の葛藤が描かれる、という公式の説明からしてもう面白い。ハロウィンソングを大真面目にシャッフルビートでやる、この遊び心。企画曲で終わらない体力があるかどうかが勝負どころだ。

シャイなバター

4ヶ月連続リリースの締めを飾った曲で、ユニゾンリフが鳴り響く正統派ロックチューン。この曲ではドラムの関根とベースの片野がメインボーカルを取る。「あなたにとってバターとは何ですか?」という公式の問いかけも含めて、脱力と本気の配合が絶妙だ。3人全員が歌うというバンドの特徴が最もわかりやすく出る、名刺代わりの一曲。

猫の街

本作最長の4分59秒。タイトルの牧歌的な響きと尺の長さから、アルバムの中で腰を据えて聴かせるゾーンを担っていると見た。猫の street なのか town なのか、その曖昧さも含めて情景が浮かぶ良いタイトルだ。

SAVE ME

唯一の英語直球タイトル。「救ってくれ」。ふざけたタイトルが並ぶ中にこれが一つあることで、アルバムに影が差す。この影があるかないかで作品の深みは大きく変わる。配置次第では本作のハイライトになり得る一曲だ。

良かった点

第一に、音楽的教養と3ピースの衝動を両立させた設計。AOR、Hip-Hop、R&B、Funkの語彙を、ギター・ベース・ドラムだけのソリッドな編成に落とし込む手腕は、新人離れしている。第二に、3人全員が歌う編成の妙。声が入れ替わることで8曲31分の短さでも景色が豊かだ。第三に、タイトルワークのセンス。『ヨクネ?』「フンク」「シャイなバター」、この力の抜け方は狙って出せるものじゃない。

物足りなかった点

裏返しになるが、危うさが足りない。全曲がよくできていて、よく整理されていて、聴きやすい。だが1stアルバムにしか刻めない、ままならない衝動の爆発みたいなものは希薄だ。「いい感じのバンド」という自己紹介は的確すぎて、いい感じ止まりの危険も孕んでいる。それと、8曲31分はやや軽い。この内容ならあと2曲、彼らの振り幅を見せる曲が欲しかった。

どんな人に刺さるか

サチモスやSuchmos以降の、いわゆる大人びたグルーヴ系バンドが好きだった人。ジャズやR&Bの素養があるバンドを探している人。逆に、歪んだギターと絶叫がないと物足りない人には向かない。これは深夜のドライブや、一人の部屋で酒を飲みながら流す音楽だ。BGMにもなり、真剣に聴けば発見もある。その二層構造こそが、AOR育ちのバンドの強みだ。

評価

6.5点/10点

完成度は高い。だが1stアルバムとしての事件性、このバンドにしか出せない決定的な一撃という点では、まだ途上だ。技術と教養は申し分ない。あとは、整った「良くね?」を突き破る、みっともないくらいの衝動が乗ったとき、このバンドは本物になる。現時点では、良質で終わらない予感に賭けての6.5点。次作で化けたら、手のひらを返す準備はできている。

締め

ジャズの現場からロックの3ピースへ。普通は逆だ。売れたいなら編成を足すし、洗練を目指すならバンドを出る。だが和田明は、夢だったという理由で、最小限の編成に自分の教養を全部詰め直した。『ヨクネ?』というタイトルは、だから照れ隠しなんだと思う。本当は「良くね?」じゃなく「良いだろ」と言いたいはずだ。次のアルバムでは、その断言が聴きたい。それまでは、この31分を夜のお供にしておく。

ではまた。