原宿を歩いていたら、すれ違った女子大生がNirvanaのTシャツを着ていた。

「お、Nirvanaファンか」と一瞬テンション上がりかけて、すぐに察した。たぶんこの子、Nirvana聴いたことない。

違う場所でメタリカのTシャツを着た中学生が歩いていく。まあ、聴いたことないだろう。さらにその先で、Rolling Stonesの舌のロゴTを着たサラリーマンがコンビニでおにぎりを買っている。たぶんこのおじさん、ストーンズの曲を3曲挙げろと言われたら2曲目で詰む。

これ、音楽好きの間では超定番の話題だ。「バンドTシャツ着てるけど、そのバンド聴いたことない人」問題。

熱心なファンほど、この光景に複雑な感情を抱く。SNSではしばしば「リスペクトがない」「ファッション目的で消費するな」「軽薄すぎる」みたいな苦言が爆発する。

気持ちはわかる。僕も時々、心の中で小さくため息をつく。

でも、今日はあえて言いたい。

そんなに目くじら立てなくていいよ、と。

なぜなら入り口なんて、何でもいいからだ。

まず、何が問題視されているのか整理する

熱心なファンがバンドT着用未試聴勢を見たときの反応を整理してみる。あなたも心当たりあるかも。

反応①「リスペクトがない」

「バンドが何十年もかけて築いた歴史を、ファッションで消費するな」というやつ。

反応②「音楽通ぶってるのが鼻につく」

「お前、バンド名すら読めてないだろ」と内心ツッコむ案件。

反応③「自分の好きなバンドが軽く扱われている気がする」

これが一番切実。自分の心の聖域に、土足で踏み込まれた感覚。

僕も以前は、こういう光景を見るたびにイライラしていた。電車でNirvanaのTシャツを着た女子高生が「え、KISSってバンドなの?ブランドじゃなくて?」と話しているのを聞いて、本気で頭を抱えそうになった。

しかしある日、ふと気づいた。この苛立ち、誰のためになっているんだろう?

ファッションとしてのバンドT、その正体は?

そもそもなぜこんな現象が起きるのか。構造を冷静に整理してみる。

ファッション業界が、バンドTを「ヴィンテージ感のあるアイテム」として商品化しているからだ。

ZARA、H&M、ユニクロ、UNDERCOVER、ヴィンテージショップ、古着屋、果ては高校生の文化祭の服屋まで——あらゆる場所でバンドTが流通している。元のバンドへの言及はあったりなかったり。バンドロゴは、もはや「クールなグラフィック記号」として独り歩きしている。

ある意味、これはバンドロゴの「絵文字化」だ。お母さんのスマホに送られてくる🌸の絵文字に、桜への深い思い入れがあるかと言えば、ない。それと同じで、バンドTのロゴに、バンドへの思い入れがあるかは別問題。ただの記号として、消費されている。

しかも面白いことに、バンド本人も、これでちゃんと儲かっている。

Nirvanaのスマイリーフェイスがファッションブランドで使われるたび、カート・コバーンの遺族にロイヤリティが入る。メタリカもアイアン・メイデンも、ライセンス収入は本国のCD売上を上回ったりする時代だ。「ファッション消費」は、実は「バンドへの間接的な経済支援」でもある。

つまりこういうことだ。ファッションオタクとロックスターが、知らないところでがっちり手を組んでいる。我々熱心なファンが知らないところで、ビジネスは回っている。僕らの怒りは、空回りしている可能性がある。

視点を変えてみよう「これ、めっちゃ強い宣伝じゃない?」

ここで、頭をぐるっと回転させてみたい。

ファッションとしてバンドTが流通することで、そのバンドのロゴが、聴いたことがない若者の目に毎日触れている。

これ、マーケティング的にめちゃくちゃ強い。普通、企業が新規顧客を獲得するために何百万、何千万円も広告に投じる。Nirvanaは、寝てるだけで全世界の若者の胸元に自社ロゴを表示してもらえている。これ、無料の世界規模ビルボード広告だ。

そして、効果も実際にある。

原宿でNirvanaのTを見た中学生が、「これ何のロゴ?」と思ってGoogleで検索する。Wikipediaを読む。Spotifyで「Smells Like Teen Spirit」を再生してみる。そこからファンが1人生まれる。これ、めちゃくちゃ尊い瞬間じゃないか?

熱心なファンが「リスペクトがない」と眉をひそめている間に、新しい世代のファンが静かに、確実に、生まれている。バンドTシャツは、音楽の入り口を広げる装置として機能している。

逆を考えてみてほしい。もしバンドTがファッションとして流通していなかったら、Nirvanaを知らない若者は、Nirvanaに出会う機会が圧倒的に少ない。サブスクのおすすめにも出てこない、ラジオでも流れない、親も聴いてない、完全に存在しないバンドになる。

忘却よりは、記号化された方がマシだ。これは音楽が次世代に伝わるための、ぎりぎりの命綱でもある。

ロックとファッションは、最初から離婚していない

ロックの歴史を振り返ると、ロックとファッションは結婚式から一度も離婚していない。

50年代エルヴィスのリーゼント。60年代ビートルズのモッズスーツ。70年代ピストルズの破れた服。80年代マイケル・ジャクソンの白手袋。90年代カート・コバーンのフランネルシャツ。00年代ストロークスのスキニージーンズ。

音楽はずっと、ファッションと一緒に語られてきた。ファッションを通じて音楽が拡散され、音楽を通じてファッションが流行った。

セックス・ピストルズなんて、ヴィヴィアン・ウェストウッドのファッション宣伝部隊みたいな側面すらあった。彼らの破れたシャツは、最初からファッションだった。「破れたシャツを着てるけど、ピストルズの曲は聴いたことない」って当時から普通にいた。むしろそれがロックの広がり方だった。

つまり「バンドT着てるけど聴いてない」現象は、ロックの伝統的な広がり方の最新版だ。これを批判するのは、ロックという文化の自然な拡散プロセスを否定することに近い。

ロック創世期の老人たちが、現代の若者を見て「お前ら、本当はロック聴いてないんだろ?」と詰問するシーンを想像してみてほしい。それ、たぶん老害。歴史は同じことを繰り返している。

「聴いてない」のラインって、どこ?哲学的に考えてみる

ここで踏み込んで考えたい。「聴いてない」のラインって、どこ?

ある人がNirvanaのTシャツを着ているとして、合格ラインを設定してみよう:

  • アルバム全曲覚えてる:本物
  • シングル全部知ってる:合格
  • 「Smells Like Teen Spirit」と「Come As You Are」だけ:たぶん合格?
  • 「あの有名な曲」だけ:微妙
  • 「カート・コバーン」って名前は知ってる:怪しい
  • ロゴが好きで買った、曲は聴いてない:聴いてない認定
  • そもそもバンドだと思ってない:論外

このライン、めちゃくちゃ恣意的だ。「Smells Like Teen Spirit」だけ知ってる人は合格で、サビだけ知ってる人は不合格、みたいな、誰が決めた基準なのか。

そして、この「資格」を判定したがる感覚そのものが、音楽ファンとして良くない。音楽は、誰にでも開かれているべきものだ。「お前は聴いてないからT着る資格ない」と言い始めると、結局それは音楽ファンの選民意識になる。

実際、熱心なファンの中にも「聴き始めたばかり」の時期があった。あなたも私も、人類全員、最初は誰もが未試聴勢だった。入り口があって、徐々に深くなっていくのが、音楽との付き合い方だ。

バンドTを「入り口の前」段階として捉えれば、その人はまだファンになっていないだけで、潜在的なファン候補かもしれない。それを「聴いてないくせに」と責めるのは、未来のファンを追い払う行為だ。自分の好きなバンドを孤立させる、究極の自爆行為である。

自首タイム——熱心なファンも、実は完璧じゃない

「バンドTを着てるけど聴いてない人」を批判している熱心なファンも、実は似たような行動を平気でしている。これ、自分のことだと思って読んでほしい

例えば

  • メンバーの名前を全員言えないけど、好きと言っている(「ベースの人、なんて名前だっけ…」)
  • インタビュー読んでないけど、ファンだと公言している(「最新のインタビューは見てないけど…」)
  • ライブ行ったことないけど、推しだと言っている(「いつかは行きたいんだけど…」)
  • アルバムを通しで聴いたことないけど、好きなバンドと答えている(「シングルしか聴いてないけど好き!」)

ね、自分のこと書かれてる気分でしょう?完璧に深い愛で接しているファンなんて、実は少数派だ。

でも、それでもファンと自称することを、誰も問題視しない。ファンの度合いは連続的なグラデーションだ。100%の愛を持つ狂信者から、ふんわり好きなだけのライト勢まで、全員が「ファン」として共存している。

バンドTを着ているけど聴いていない人は、このグラデーションの最も浅い側にいる。でも、それも一つのファンの形だ。そこから深まる可能性もあるし、そこで止まる可能性もある。それは個々の選択。

俺たち全員、五十歩百歩である。お互い様だ。

バンドT勢のための、生き残り術3か条

じゃあ、バンドTをファッションとして着る人は、どう振る舞えばいいのか。愛を込めて、3つの提案をしたい。

提案①:聞かれたら、潔く「知らないけどカッコいいから」と答える

これが一番大事。「これ何のバンドのT?」と聞かれたとき、知ったかぶりをするのが最悪の回答だ。

「えっと、なんかロックバンドで…昔のやつで…」

これ、100点満点で5点くらい。熱心なファンに見つかったら、心の中でめっちゃジャッジされている。

正解は:「実はあんまり聴いたことないんですけど、ロゴが可愛くて買っちゃいました」。

これ、98点。残り2点は「で、何を聴いてるんですか?」と聞き返せたら満点。「素直さ」は、最強の防御だ。熱心なファンも、これを言われたら攻撃のしようがない。むしろ「じゃあ◯◯から聴いてみてください!」と布教モードに入る。

提案②:着ているバンドを、せめて1曲は聴いてみる

これは保険のための行動。Tシャツ着てるくせに完全に無知だと、どこかでバツが悪い瞬間が来る。せめてSpotifyで一番有名な曲を1回再生する。3分で済む。

これだけで「ロゴだけのファン」から「最低限知ってるファン」に格上げ。コスパよすぎる。

そしてもしその1曲が気に入ったら、しめたものだ。本格的に聴き始める展開が待っている。バンドTから本物のファンが生まれる、奇跡の瞬間。これがこの記事の本当の目的でもある。

提案③:「ファッションとして音楽文化を着ている」という自覚

これは少し哲学的な提案。バンドTを着るとき、「私は音楽通です」という顔ではなく、「私は音楽文化の記号を身につけています」という認識で着る。

この微妙な姿勢の差が、佇まいに出る。前者はダサい、後者はクール。

「ロゴが好きで着ています」と素直に言える人は、結果として一番格好いい。嘘をつかない人間が、ファッションでも勝つ。これ、人生の真理かもしれない。

熱心なファンへの提案——ちょっと落ち着け

ここからは、熱心なファンの皆さんへの直接メッセージ。

「バンドT着てるけど聴いてない人」は、批判するんじゃなくて、ニコニコしながら布教しよう。

「そのT、◯◯のですよね!この曲オススメですよ」と一言かけるだけで、その人がそのバンドを聴き始めるきっかけになる。世界一コスパのいい布教活動だ。

逆に、「お前、そのバンド聴いてないだろ?」と詰問してくる人。その人がコミュニティで一番嫌われる。新規ファンの芽を潰し、バンドの未来を縮め、何より自分の人格を悪く見せる。百害あって一利なしである。

熱心なファンほど、新しいファンを歓迎する姿勢でいてほしい。自分が好きなバンドの未来は、新しいファンの流入にかかっている。古参ファンだけで盛り上がっていても、バンドは食えない、続けられない。「俺たち古参が支えてる」と思っているうちに、バンドは活動休止する。

少しでも興味を持ってくれた人を歓迎する。それが、本当の意味でのファンの愛だ。

バンドT、すでに文化として勝利している

バンドTがファッションとして流通する現象は、ここ数年で完全勝利を収めた。

セックス・ピストルズのT、メタリカのロゴT、ニルヴァーナのスマイリー、ジョイ・ディヴィジョンの『Unknown Pleasures』ジャケット——これらはもう、音楽好きじゃない人にとっても「ファッションアイコン」になっている。

ハイブランドも例外じゃない。BALENCIAGAやCelineは、定期的にバンドTテイストのアイテムをリリースする。もはやバンドTは、現代ファッションの一部だ。

これを止めるのは無理だ。だったら、ポジティブに捉えるしかない。バンドTがファッションとして広がることで、音楽は新しい世代に届く。新しいファンが生まれる。バンドのライセンス収入が増える。全員が幸せじゃないか?

「リスペクトがない」と憤慨している熱心なファンだけが、1人で勝手に消耗している。これは戦略として、あまりに損だ。

結論「聴いてないのに着てる」を、笑顔で受け入れる時代

長々と書いてきたけれど、結論はシンプルだ。

バンドTを着ているけど聴いていない人を、笑顔で受け入れよう。

それは、音楽を軽く扱っているのではない。音楽の世界への「最も浅い入り口」に、その人が立っているだけだ。そこから深く入るかは、本人次第。深く入ることもあれば、入らないこともある。それは個人の自由。

熱心なファンとしてできることは、その入り口に立っている人を「お、いらっしゃい」と歓迎する姿勢でいることだ。詰問するより、布教する。批判するより、おすすめする。マウントするより、シェアする。

バンドTシャツは、音楽が世界に広がるための装置だ。それをファッションとして消費する人がいるからこそ、音楽は次の世代に伝わる。入り口は何でもいい、結局聴いてくれたら勝ち。

最後に個人的なお願い。

もしあなたがNirvanaのTシャツを着ているけど、まだNirvanaを聴いたことがないなら、ぜひ「In Bloom」を聴いてみてほしい。「Smells Like Teen Spirit」じゃなくて、あえて「In Bloom」を。

そこから、あなたの音楽人生が始まるかもしれない。Tシャツが、本物の出会いに変わる瞬間を、僕はこっそり祈っている。

そして熱心なファンの皆さん。次にバンドTを着た若者を見かけたら、心の中でこう唱えてほしい。

「お、未来の自分(=熱心なファン)かもしれない。歓迎、歓迎」

それが、音楽コミュニティを健全に保つ、たぶん一番大事な姿勢だ。

ロックは、お固い文化じゃない。みんなで雑に楽しむものだ。Tシャツも、聴くも、踊るも、ノリで全部OK。

それで、いいんじゃないっすか?

ではまた。