漫画『BECK』を読んだことがある人なら、あの感覚を知っているはずだ。

コユキがBECKのステージを初めて目撃した時の衝撃。フェスで何万人もの人間を黙らせた、あの伝説のライブシーン。竜介のギターが鳴り響いた瞬間に身震いした読者は、きっと日本中に何万人もいる。

ページをめくりながら「この音楽、実際に聴いてみたい」と思った。そして読み終わった後、「BECKみたいなバンド、どこにいるんだ?」と。

この記事はその問いへの、ひとつの答えだ。

『BECK』という漫画が描いたもの

まず、なぜ『BECK』がこれほど多くの音楽ファンを生み出したのかを整理しておきたい。

ハロルド作石による『BECK』(1999〜2008年、週刊少年マガジン連載)は、平凡な中学生・田中幸雄(コユキ)が天才ギタリスト・南竜介と出会い、バンドBECKを結成してアメリカでのブレイクを目指す物語だ。

この漫画が特別なのは、音楽の「音」が聞こえない媒体であるにもかかわらず、音楽の凄さを読者にリアルに体感させた点にある。圧倒的な画力で描かれたライブシーン、リスナーたちが呆気に取られる表情、「言葉では説明できない何か」をコユキが発した瞬間の空気感、全部コマとセリフだけで描ききった。

作中に登場する実在アーティストの名前も印象的だ。レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、Oasis、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン——これらは単なる固有名詞として出てくるのではなく、キャラクターたちの音楽観や憧れそのものとして登場する。BECKというバンドのジャンルは作中で明確に定義されていないが、ロック・ブルース・グランジ・オルタナ・時にラップ的なアプローチも持つ、そのごった煮感こそがBECKらしさだ。

探し求める条件——「BECKらしさ」とは何か

現実のバンドにBECKを重ねるために、どんな要素を持つバンドを探すべきか。自分なりに整理すると、こうなる。

  • ジャンルのボーダーラインを無視している
  • テクニックとエモーションが同居している
  • 知っている人が少ない、または「なぜ売れていないのか・売れなかったのか謎」な存在感がある

そしてもうひとつ——作中でBECKのメンバーが「影響を受けた」と語るような存在が、そのままBECKを理解する鍵にもなる。今回はその実在バンドたちと、そこからさらに広がる国内バンドを合わせて6組紹介する。

YKZ(ヤクザキック)

日本のミクスチャーロックバンド、YKZ。旧名・ヤクザキックである。これがBECKの「千葉」要素を、これ以上ないほど体現している。

BECKを語る上で、ボーカルの千葉がバンドの中でかますラップは欠かせない。ロックのアンサンブルの上に、怒涛のフロウが乗る瞬間の爽快感。YKZの音楽性は、まさにそれだ。1996年結成。アグレッシブなスラップベース、鋭角的なギター、ファンキーなドラムスに、ハイピッチのラップが乗る——ミクスチャーロックの本道を突き進んだバンドだった。千葉のあのスタイルに痺れた人にとって、ど真ん中の音である。

そして、経歴がまたBECK的なのだ。彼らは恵比寿のクラブ「みるく」などで不定期にライブを始めた、アンダーグラウンド叩き上げの存在だった。ところが結成間もなく制作したデモテープが評判を呼び、レーベルと契約。ライブの実力で東京のクラブシーンに確実に浸透し、人気を高めていった。無名のデモが業界の扉をこじ開ける——竜介たちが音源ひとつで状況を変えていったあの展開そのものだ。

極めつけは、海外との接続だ。彼らはメジャーデビュー曲で、ニューヨークのヒップホップグループThe Beatnutsと共演。さらに2000年には、アメリカのLOUDレーベルの企画「LOUD ROCKS」に、日本代表バンドとして参加するオファーを受けている。アイスランドのQuarashiら海外勢とも作品で共演した。日本のアンダーグラウンドから、アメリカのヒップホップシーンと直接ぶつかっていく。BECKが掲げた「アメリカで勝負する」という夢を、リアルにやってのけたバンドなのだ。

Oblivion Dust

まず、これ以上ない一組から。日本のバンド、Oblivion Dust(オブリビオン・ダスト)だ。音も物語も、不気味なほどBECKに重なる。

このバンド、日本人が中心でありながら、その楽曲のほとんどが流暢な英語で書かれ、歌われている。音楽性は、もともと1990年代初頭のアメリカン・グランジから強く影響を受けたオルタナティブロック。この時点で、もう「I was made to hit in America」を掲げたBECKそのものだ。

そして経歴が、完全にマンガの筋書きである。1996年結成、1997年デビュー。デビュー後にはアメリカツアーを敢行し、あのThe Prodigyの来日公演でオープニングアクトを務め、日比谷野音クラスの会場をあっさり売り切った。海外で勝負し、大物の前座を張り、国内では伝説を作る。BECKがアメリカで起こしたあの熱狂を、現実でやってのけているのだ。

極めつけは、ボーカルのKEN LLOYDが別バンドで成し遂げた快挙だ。2008年、彼の在籍したプロジェクトは、マドンナのワールドツアーのニューヨーク・マディソン・スクエア・ガーデン公演で前座を務めている。日本人が、アメリカの聖地で、世界の女王の前座。これがフィクションでなくて何なのか。

物語の「陰」の部分まで似ている。バンドは4枚のアルバムを残して2001年に一度解散し、2007年に再結成した。栄光、解散、そして復活。竜介たちが歩んだ浮き沈みの軌跡を、実時間で生きてきたバンドなのだ。音が刺さるかどうか以前に、まずこのバンドの歴史を追ってみてほしい。あまりにBECKすぎて、笑えてくる。

No Gimmick Classics(ノー・ギミック・クラシックス)

作中バンドBECKへの直接的な言及がある国内バンドとして、まず紹介したいのが東京発の3ピースバンド・No Gimmick Classics(N.G.C.)だ。

彼らのことを説明しようとすると、言葉に詰まる。「ミクスチャーバンドです」と言いたいところだが、本人たちはそれを否定する。ヒップホップレーベル「LOW HIGH WHO?」に所属しながら、バンドサウンドを鳴らす。ロック的なグルーヴを持ちながら、ラップが乗る。でもそのどちらにも完全には収まらない。

2008年に結成し、2014年にリリースしたシングル『PPH』はタワーレコード渋谷店で異例の「ヒップホップ/ロック」2ジャンル同時展開を受けた。「どっちの棚に置けばいいかわからない」——そのこと自体が、彼らの音楽の性格を端的に示している。

HMVの紹介文には「漫画『BECK』を彷彿させるような期待が先走るライブは圧巻」という一文がある。公式でBECKと並べられているバンドを、知らないままでいるのはもったいない。MVの「PPH」では、Vo/GtのHIЯOM.Sのラップが「ラップができるギタリスト」という次元ではなく、完全に独立した表現として機能しているのがわかる。リズム隊の重さと、エッジーなギターとフローが絡む瞬間——ライブで聴いたらどれだけ凄いかを想像させてくれる。

Red Hot Chili Peppers(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)

作中でも名前が登場し、竜介やBECKのサウンドに最も直結していると感じるバンドがレッチリだ。ロサンゼルス出身の4人組で、ファンク・ロック・パンク・サイケデリックをすべてごった煮にした独自のサウンドは、まさにBECKが体現しようとしたジャンルレスな音楽そのものだ。

ジョン・フルシアンテのギターは、竜介のギタープレイと重なるものがある。技術的に卓越しているのはもちろん、音に「魂が入っている」という表現がぴったりの、感情が直接音になったようなプレイスタイルだ。フリーのベースはグルーヴと暴力性を同時に持ち、チャド・スミスのドラムはファンクとロックの中間にいる。4人の化学反応がバンドの核心にあり、誰かひとりが欠けたら成立しない——そういう「バンドでしか出せない音」がある。

『Blood Sugar Sex Magik』『Californication』『By the Way』あたりを順に聴いていくと、バンドがどう変化し、どう深みを増していったかがよくわかる。BECKが「本物」であることを証明しようとしたように、レッチリも常に「これが俺たちだ」という表現を更新し続けてきた。

Rage Against the Machine(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)

BECKという物語には、音楽への純粋な愛と同時に「世の中に対する怒り」のようなものが通低音として流れている。竜介が持つ反骨心、コユキが感じる社会への違和感——そういう要素と最もリンクするのが、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンだ。

ロサンゼルス出身のこのバンドは、ヘヴィなギターリフとラップを融合させた「ラップメタル」「ミクスチャーロック」の先駆者であり、その歌詞はすべて政治的・社会的なメッセージで構成されている。「Killing in the Name」「Bulls on Parade」——タイトルを見るだけでその姿勢が伝わってくる。

特筆すべきはトム・モレロのギタープレイだ。通常のギタープレイの文法を完全に無視し、スクラッチやノイズを駆使して「ターンテーブルのように」ギターを演奏する。テクニックの話をしようとすると言葉が追いつかないほど独創的で、「ギターでこんな音が出るのか」という驚きが何度聴いても消えない。

BECKの竜介も「既存の文法を超えたギタリスト」として描かれていた。そのイメージに最も近い現実のギタリストを挙げるなら、トム・モレロは外せない。

Oasis(オアシス)

BECKを読んでいて強く意識するのがOasisだ。特にコユキがステージで歌う時の佇まい——特別なアクションがあるわけでもなく、マイクの前に立ってただ歌う、それだけで場の空気を変えてしまうあの感じ。リアム・ギャラガーのボーカルスタイルと、どこか重なる。

リアムは「動かないボーカリスト」として有名だ。腕を後ろで組んで、マイクスタンドにほとんど触れず、ただそこに立って歌う。それなのに声が出た瞬間に会場の温度が変わる。「歌声それ自体が武器」という表現がこれほど似合うボーカリストは少ない。コユキが持つ「普通の佇まいなのに、声が出た瞬間に全員が黙る」という漫画的表現は、リアムを参照したとしても不思議ではない。

兄ノエルが作る楽曲の質も驚異的だ。「Wonderwall」「Don’t Look Back in Anger」「Champagne Supernova」——90年代ブリットポップの頂点に立ちながら、時代を超えて聴かれ続けている。バンドとしての爆発力とソングライティングの深さを両立させた存在として、BECKが目指した「本物」の形に最も近いバンドのひとつだ。

BECKが残したもの——「出会う前の自分には戻れない」バンドを探して

コユキがBECKに出会う前と後で、彼の世界は完全に変わった。音楽の聴き方が変わり、見える景色が変わり、生きることへの向き合い方まで変わった。

本物のバンドとの出会いにも、似た体験がある。「このバンドを知る前には戻れない」という感覚。ライブを観て、音源を聴き返して、またライブに行く——そのループにハマった時の充実感は、何かに似ている。そう、あのページをめくり続けた感覚に。

今回紹介した6組、聴く必要はない。どれか1組でも「あ、これだ」と思えるバンドがあれば、それがあなたにとってのBECKになるかもしれない。

そして、そのバンドを入り口にして、また次のバンドへと旅は続く。

良い音楽探しの旅に、終わりはない。

あなたはどのバンドの第1巻から読み始めます?

ではまた。

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