2003年9月24日。日本のインディーロックの歴史に、静かに、しかし決定的に線が引かれた日だ。the band apart、通称バンアパの1stフルアルバム『K.AND HIS BIKE』がリリースされた。

荒井岳史(Vo/Gt)、川崎亘一(Gt)、原昌和(Ba)、木暮栄一(Dr)。中学の同級生だった原・川崎・木暮に荒井が合流し、1998年に体制を固めた4人組だ。バンド名の由来はタランティーノの映画制作プロダクション「A Band Apart」。2001年のデビューEP『FOOL PROOF』が好セールスを記録し、満を持して放たれたこの1stフルの後、彼らは独立して自主レーベルasian gothic labelを設立する。つまり本作は、メジャーの物差しから自由になる直前の、若さと野心が最も高圧で封じ込められた一枚ということになる。

全11曲、約44分、全編英語詞。そして11曲目の数分後には、シークレットトラックまで仕込まれている。20年以上前の作品だが、断言する。これは今聴いても、まったく古びていない。むしろ今の耳で聴いた方が、この異常さがよくわかる。

アルバム全体の総評

このアルバムを一言で説明するのは難しい。メロディックパンクの疾走感、EMOの切実さ、ポストハードコアの構築、そこにボサノバやフュージョン由来のテクニカルなコードワークが平然と同居している。後年「マスロック」という言葉で語られることもあるが、当時この音を的確に呼べるジャンル名は存在しなかった。ジャンル名が追いつく前に、音が先に完成してしまっていたのだ。

驚くべきは、その難解さがまったく難解に聞こえないことだ。複雑なコードのカッティングを弾きながら歌う荒井、変態的なフレーズを涼しい顔で紡ぐ川崎、うねりまくる原のベース、しなやかに跳ねる木暮のドラム。4人全員が異常に上手い。だが技巧が前に出ず、すべてが「爽やかさ」に奉仕している。ハイスタ以降のメロディックパンクを通過した耳に、まるで新しい風景を見せる音楽。汗臭さと洒脱さの奇跡的な配合。これが2003年の、キャリア最初のフルアルバムでやられていた事実に、あらためて慄然とする。

FUEL

開幕を飾る、初期バンアパの名刺。カオスなMVでも知られる一曲で、日曜の夜明け前の夏の嵐を歌う英詞が疾走するサウンドに乗る。1曲目の数十秒で、このバンドが「何か違う」ことは伝わる。燃料、というタイトル通り、アルバム全体の推進剤だ。これは刺さる。

cerastone song

続く2曲目も勢いを緩めない。掴みどころのない造語めいたタイトルに、初期の彼らの人を食った感覚が出ている。疾走の中に挟まれる不意のキメとブレイク。この時点でリズム隊の異常さが露呈し始める。

Snowscape

デモテープのみで未CD化だった「under the crowd of thoughts」を再構築した一曲。雪景色というタイトルの静的なイメージと、動的なアンサンブルの対比が美しい。過去の断片を作り直してアルバムに組み込む編集感覚も、当時のインディーバンドとしては早熟だ。

ANARQ

アナーキーを崩したようなタイトルの、攻撃性が顔を出すナンバー。バンアパの根っこにあるハードコア成分がここで噴き出す。お洒落なバンドと括られがちな彼らの、牙の部分だ。

Take a shit

直訳するのも憚られる下品なタイトルを、こんなに洒落た音でやる。この落差こそバンアパのユーモアだ。すかした音楽をやりながら、精神は悪ガキのまま。憎めない。

Fool Proof

2001年のデビューEPの表題曲を再収録。バンドの原点であり、ライブアンセムとして愛され続ける代表曲だ。この曲が持つ疾走と開放感は、四半世紀近く経った今も色褪せない。1stフルにこれを置き直した判断も正しい。文句なしのハイライト。

silences

沈黙、というタイトルの通り、アルバム中盤で温度を落とす一曲。静と動の振り幅を見せることで、ただの疾走アルバムではないことを証明する。音数を減らした場面でこそ、4人の演奏の解像度が際立つ。

ag FM

asian gothicのFMラジオ、とでも解釈したくなるタイトル。遊び心のあるインタールード的な役回りで、アルバムの風通しを良くしている。こういう小曲の置き方に、作品全体を設計する意識が見える。

Eric.W

本作の、いや初期バンアパの最高到達点だ。2002年のEP表題曲の再収録で、川崎のギターワークはこの曲で伝説になった。どうなってるんだこれ、と初見の誰もが口にする、あの複雑にして流麗なフレーズの奔流。テクニックの誇示ではなく、歌として成立しているのが恐ろしい。バンアパ入門は、まずこの曲からでいい。これは効いている、どころの話ではない。

K.and his bike

表題曲。Kと、彼の自転車。固有名詞を伏せたまま、誰かの日常を切り取るようなタイトルの詩情。アルバム終盤で、疾走の中にふっと郷愁が滲む。ジャケットとタイトルの世界観が音になった、作品の背骨だ。

in my room

自室で、と幕を閉じる内省的なエンディング。外へ外へと駆け抜けてきたアルバムが、最後に部屋へ帰ってくる。この着地の慎ましさがいい。そして、ここで終わらないのがこのアルバムの憎いところだ。

シークレットトラック: WHEN YOU WISH UPON A STAR 11曲目の数分後、沈黙の先に隠されているのは、ディズニーのカバー企画「DIVE INTO DISNEY」に提供された「星に願いを」だ。あの名曲を、バンアパの音で。最後まで再生し続けた者だけが辿り着ける、ご褒美の一曲。アルバムを流しっぱなしにする古き良きリスナーへの、粋な返礼だ。

良かった点

まず、演奏と楽曲の完成度が1stのそれではない。「Eric.W」「Fool Proof」「FUEL」と、キャリアを代表する曲がこの時点で出揃っている。次に、ジャンルの越境。メロディック、EMO、ポストハードコア、ボサノバ、フュージョンを一つの爽やかな音像に溶かし込んだ手腕は、日本のインディーシーンの水準を確実に一段引き上げた。そして構成。疾走で掴み、中盤で緩め、内省で締めて、沈黙の先に星を隠す。44分のフルコースとして設計され尽くしている。

物足りなかった点

強いて挙げるなら、全編英語詞であることの功罪だ。この時期の彼らの英詞は音の一部として機能していて美しいが、後年の日本語詞時代に彼らが到達する、言葉そのものの深みはまだない。また、録音の質感には2003年のインディーらしい若さが残る。後のアルバムと聴き比べると、音の分離や奥行きで見劣りする場面はある。ただしこれは、後の彼らが進化しすぎたゆえの相対的な話だ。

どんな人に刺さるか

まず、演奏の上手いバンドに目がない人。リズム隊フェチ、ギターフレーズ収集家は全員聴くべきだ。次に、メロディックパンクやEMOを通ってきた人。その文脈の「その先」がここにある。そして、今のマスロックやテクニカルな邦インディーを聴いている若いリスナーにこそ届いてほしい。あなたの好きなあの音の源流の一つが、2003年のこの一枚だ。逆に、歌詞の物語性で音楽を聴く人には、英詞のこの時期より日本語詞時代の方が向いているかもしれない。

評価

8.5点/10点

1stアルバムとしては、ほぼ満点に近い。「Eric.W」「Fool Proof」を擁する楽曲の強度、ジャンルを無効化する音楽性、隠しトラックまで含めた設計。すべてが規格外だ。0.5点の減点は録音の若さ、もう1点は、この後の彼らがさらに上へ行ってしまうことを知っているからだ。つまりこれは「最高傑作」ではなく「最高の始まり」。だが、始まりの一枚がこの水準である事実こそが、バンアパというバンドの異常さの証明だ。名盤、と言い切って何の躊躇もない。

締め

Kが誰なのかは、今もわからない。ただ、自転車で駆け抜ける景色のような44分は、20年以上経った今も色褪せずにそこにある。中学の同級生たちが組んだバンドが、誰の真似でもない音を鳴らし、この一枚を置き土産にメジャーの物差しから降りて、自分たちのレーベルで走り始めた。その独立独歩の生き様ごと、この作品には刻まれている。まだ聴いたことがないなら、羨ましい。「Eric.W」のあのギターを初めて浴びる体験が、あなたにはまだ残されているのだから。自転車にでも乗りながら、大きな音で。

ではまた。