ライブハウスで一番後ろの壁際を陣取る人類の、生態を観察する
ライブハウスに通っていると、必ず遭遇する一種族がいる。
フロアの一番後ろ、壁にぴったりと背中をあずけ、ドリンク片手に、微動だにせず腕を組んでステージを見つめている人々だ。前方ではファンが汗だくで飛び跳ね、モッシュの渦ができているというのに、彼らはまるで美術館で絵画を鑑賞するかのごとく、静かにそこに佇んでいる。あなたも一度は見たことがあるはずだ。あるいは——あなた自身が、その一員かもしれない。
今日は、この「後方壁際勢」とでも呼ぶべき人類の生態を、できる限り真面目に、しかし愛をこめて観察してみたい。彼らはなぜ後ろにいるのか。何を考えているのか。そして、その生き方は「アリ」なのか。ライブハウスという生態系における、この奥ゆかしき種族の正体に迫る。なお今回も、参照した記事のURLは末尾にまとめておく。
観察対象の特定——彼らはどこに、どんな姿で現れるか
まず、観察対象の生息地と外見的特徴を確認しよう。
彼らの生息地は明確だ。フロアの後方エリア、とりわけ壁際である。複数のライブハウス案内が一致して指摘するように、後方や端の壁際は「ゆったり自分のペースで楽しみたい人」におすすめの場所とされる。L’7 Recordsの記事は、その姿をこう描写している。ホールの一番後ろで壁に寄りかかり、腕組みしながら見ている人を、ライブハウスに何度か行ったことがある人なら見たことがあるはずだと。
腕組み。壁への寄りかかり。これが後方壁際勢の、二大様式美である。なぜ腕を組むのかは謎だが、おそらく手持ち無沙汰なのと、リラックス姿勢が両立した結果、自然とあのフォームに収束するのだろう。そして壁。これがこの種族にとっての生命線だ。あるライブハウス初心者ガイドが指摘するように、壁際は「疲れたときに寄りかかれたり、自分のスペースを確保しやすかったりする」。彼らにとって壁とは、単なる仕切りではない。寄りかかるための、信頼できる相棒なのだ。
生態の分析 その1——「ゆっくり見たい」という確固たる意志
では、彼らはなぜ後方にいるのか。最大の理由は、極めてシンプルだ。ゆっくり見たいから、である。
なすびのヘイヘイというライブ情報サイトでは、エリアごとの客層を観察し、後方や両サイドの壁際について、「お酒を飲みながらゆったり見たい方がここにいることが多い」と記している。そして筆者自身も「私はここで見ることが多い。お酒飲みながらゆったり楽しむ感じ」だと明かしている。つまり後方壁際勢とは、ぎゃーぎゃー騒ぐのではなく、酒を片手に、自分のペースで音楽そのものを味わいたい層なのだ。
ここで重要なのは、これが「消極的な妥協」ではなく「積極的な選択」である場合が多い、という点だ。前に行けないから後ろにいるのではない。後ろがいいから、後ろにいる。L’7 Recordsの記事は、こう力強く擁護している。後ろでゆっくり見たい層は多くいる。アコースティック形式であれ何であれ、ぎゃーぎゃー騒ぐだけがライブじゃない。そういう層を無理矢理前方へ引っ張り出して「一緒に騒げよ!」と言うのは、ただの押しつけだ、と。後方壁際勢は、自分なりのライブの楽しみ方を、しっかり持っている。腕を組んだその内側で、彼らは誰よりも深く音に浸っているのかもしれない。
生態の分析 その2——実は「音響の達人」かもしれない説
さらに興味深い生態がある。彼らが陣取る後方エリアは、実は音響的にすぐれたポジションだという事実だ。
ライブハウスのフロア後方には、PA卓(音響ブース)と呼ばれる、音響屋さんが音を作るための機材が置かれた場所がある。考えてみてほしい。音響のプロが「ここで音を聴いて、全体のバランスを調整している」場所だ。つまり、その付近こそが、そのライブハウスで最も良い音が鳴るように設計されたポイントなのだ。ライブガイドドッグの記事は、ずばり「中央エリア、PA卓の少し前あたり。ここがスイートスポット!」と断言している。
一方、初心者向けの案内では、ステージ脇のスピーカー前は「爆音すぎて耳に悪く、音のバランスも悪い」ため避けるよう繰り返し注意されている。大音量を長時間浴びると、騒音性難聴・音響性難聴のリスクすらある。とすると、だ。後方でゆったり構えている人々は、爆音で耳を痛めることなく、最もバランスの取れた良い音を、悠々と浴びていることになる。前方で揉みくちゃになりながら爆音を浴びる人々を尻目に、後方壁際勢は、ベストな音響条件で、ベストなコンディションで音楽を味わっている。もはや「達人」と呼んでもいいかもしれない。腕組みは、達人の証だったのだ(たぶん)。
生態の分析 その3——平和主義者としての一面
彼らの生態を語る上で、もうひとつ欠かせないのが、その平和主義だ。
ライブハウスの中央〜前方エリアは、アーティストによっては戦場と化す。なすびのヘイヘイの記事の描写が生々しい。真ん中周辺は全力で暴れたい人が多く、いわゆる「ライブキッズ」と呼ばれる人たちが集結する。サークルモッシュが発生し、ハードコアモッシュやスカダンスをする人がいて、靴を踏まれるのは日常茶飯事、殴られたり押されたり汗だくの人がいたり、ペットボトルが床に転がっていたり——慣れていない人からすれば、とんでもない場所だという。
後方壁際勢は、この混沌から、賢明に距離を置いている。前掲のなすびのヘイヘイも、壁際の長所として「モッシュ等があるようなライブだと巻き込まれないといった長所もある」と挙げている。荷物を持っている人、激しいノリが苦手な人、その日は体力を温存したい人。そうした人々にとって、後方壁際は安全地帯(セーフゾーン)なのだ。彼らは争いを好まない。ただ静かに、自分の領域で、音楽と向き合いたい。腕組みは、戦闘放棄の白旗だったのかもしれない(これもたぶん)。
衝撃の事実——その正体は、現役ミュージシャンかもしれない
そして、後方壁際勢を観察する上で、最も面白い事実がこれだ。彼らの正体が、実は「玄人」である可能性が高い、ということ。
L’7 Recordsの記事を書いているのは、現役のスタジオミュージシャンだ。そして彼は、こう告白している。後方で腕組みして見ている客について、「何を隠そう僕自身もそういう客の一人だったりします」と。つまり、楽器を生業とするプロの音楽家自身が、後方壁際で腕を組んで見るタイプだったのだ。
考えてみれば、納得がいく。演奏する側の人間は、ステージ上のプレイをじっくり観察したい。あのギタリストの運指はどうなっているか。ドラムのフィルはどう入れているか。アレンジの構造はどうなっているか。そういう分析的な聴き方をするには、揉みくちゃの最前列より、全体を見渡せる後方のほうが圧倒的に向いている。後方壁際で腕を組むあの人は、ただの無関心な客ではなく、誰よりも演奏を真剣に「研究」している同業者かもしれないのだ。腕組みは、プロの観察姿勢だった可能性すらある(さすがにこれは買いかぶりすぎか)。
観察の結論——「後ろで見る」は、責められるものではない
さて、ここまで観察してきて、ひとつの問いに答えておきたい。「後ろで腕組みして見るのは、ライブとしてどうなのか」という、昔からある議論についてだ。
「ライブはアーティストと客が一緒に作るものだ。後ろでじっと見てないで、前に出て騒ごうぜ」という意見は、確かに根強くある。だが、これに対するL’7 Recordsの現役ミュージシャンの反論が、実に痛快だ。彼はこう言い切る。ライブハウスにおける後ろのお客さんを責めることなんて、誰にもできない。客に自発的なノリを求めるのは、アーティストのただの怠慢だ、と。ノリが悪かったのなら、それはステージングが客を乗せられなかったからであって、その責任を客に転嫁するのは商売としてやってはいけない、という持論である。演奏する側の人間が言うからこそ、この言葉には重みがある。
ヂラフマガジンの記事も、こうまとめている。ライブの感じ方は、フロアのどこで観るかで大きく変わる。どこがいい・悪いではなく、どの場所にもそれぞれのよさがある、と。前方で暴れるのも、後方で腕を組んでじっくり浸るのも、等しく正しいライブの楽しみ方なのだ。後方壁際勢は、決して「ノリの悪い客」ではない。彼らは彼らなりの最良の方法で、その夜の音楽を、全身で受け止めている。
まとめ——壁際の彼らに、敬意を
整理しよう。ライブハウスで一番後ろの壁際を陣取る人類は、(1)酒を片手にゆっくり音楽を味わいたい確信犯であり、(2)PA卓付近という音響的スイートスポットを享受する達人であり、(3)モッシュの戦場を避ける賢明な平和主義者であり、(4)時に演奏を研究する現役ミュージシャンですらある。腕を組んで微動だにしないあの姿の内側で、彼らは誰よりも深く、音楽と対話しているのだ。
だから、もしあなたが前方で飛び跳ねるタイプなら、たまには後ろを振り返ってみてほしい。壁際で腕を組むあの人は、退屈しているのではない。あなたとは違う角度から、同じ音楽を、同じくらい愛している。そして、もしあなたが後方壁際勢なら——胸を張ってほしい。あなたの楽しみ方は、何ひとつ間違っていない。ベストな音で、安全に、自分のペースで音楽に浸る。それは、ライブハウスという文化が許容する、立派な「参加」のかたちだ。
次にライブハウスに行ったら、ぜひフロアを見渡してみてほしい。前方の熱狂と、後方の静かな没入。その両方があって初めて、ライブハウスという生態系は完成する。壁際の彼らは、その静かな半分を、今日もどこかで支えている。腕を組みながら。
ではまた。

