SUPER BUTTER DOG——最高のファンクバンドが、なぜ日本ではなかなか続かないのか?
いきなりだが、SUPER BUTTER DOG(スーパー・バター・ドッグ)の名を挙げる音楽好きは、結構多い。あの圧倒的なグルーヴ、フロアを一瞬で踊らせる演奏力、客席との一体感。
それなのに、いや、それだからこそというべきか——彼らは2008年に解散した。そして彼らの解散は、単に一つのバンドが終わったという話に留まらない。「日本でファンクバンドを続けることの、構造的な難しさ」を、これ以上ないほど象徴している。今日はSUPER BUTTER DOGの軌跡を辿りながら、なぜこの国では最高のファンクバンドほど長続きしないのか、その切ない理由を改めて考えてみる。
まず、SUPER BUTTER DOGとは何だったか
SUPER BUTTER DOGは、1994年、学生時代の永積タカシと竹内朋康を中心に結成されたバンドだ。最終的なメンバーは、永積タカシ(Vo/G)、竹内朋康(G)、池田貴史(Key)、TOMOHIKO(B)、沢田周一(Dr)の5人。
1996年にインディーズアルバム『犬にくわえさせろ』を、1997年にはアルバム『FREEWAY』でメジャーデビューを果たす。彼らの武器は、なんといってもそのファンクネスだった。ファンク、ソウル、R&Bを土台にした、極上のグルーヴ。そして2000年頃から大型フェスに多数参加し、ライブバンドとしての確固たる地位を築いていく。
ここが重要だ。彼らは「ライブバンドとしての地位を確立した」のであって、「ヒット曲を連発するチャートの常連」になったわけではない。この差が、後の話に効いてくる。彼らの真価は、CDの売上枚数ではなく、ステージ上で生まれる一回限りのグルーヴにあった。それは最高の長所であり、同時に、ビジネスとしては最大の難所でもあった。
なお、2001年にリリースした「サヨナラCOLOR」は、後に竹中直人が同名映画を製作するほどの不朽の名曲となった。バラードのこの曲が広く知られているのは少し皮肉でもある。彼らの本質はもっと汗だくのファンクにあったのだから。
解散の表向きの経緯——才能が、溢れすぎた
まず、解散に至る事実を整理しよう。
バンドは2002年のライブを最後に、一度活動を休止する。理由は、メンバー個々の活動があまりに活発化したからだ。永積タカシはソロユニット「ハナレグミ」として「家族の風景」でデビューし、瞬く間に国民的な人気を獲得。キーボードの池田貴史は中村一義のバンド100式(現・100s)に参加し、さらにのちに、あの一人ファンクプロジェクト「レキシ」として大ブレイクを果たす。ギターの竹内朋康は、RHYMESTERのMummy-Dとユニット「マボロシ」を結成した。
つまり、バンドのメンバー全員が、それぞれ単独で通用しすぎる才能を持っていた。一つの器に、強烈な個性が5つも詰まっていたのだ。2006年に一度活動を再開するものの、2008年6月、同年9月のツアーをもって解散することを発表。9月13日、日比谷野外大音楽堂でのライブを最後に、バンドは幕を閉じた。
永積は解散に際し、独特の言い回しでこう綴っている。5年ほど休憩して新たに始めた1年の中で、5人ではうまくバランスのとれない気持ち・情熱・熱量が、自分にもメンバー一人一人にもあることに気づいた。これはきちんとはっきりせねば、お互い次の人生にきっちり進めない、と確信して話し合って決めた、と。誰かが悪いのではない。むしろ全員が、それぞれの場所で大きくなりすぎた。才能が、一つのバンドから溢れ出てしまったのだ。
ここからが本題——なぜ「ファンクバンド」は日本で続かないのか
メンバーの才能が溢れた、というのは確かに解散の直接の理由だ。だが、もう一歩踏み込みたい。なぜファンクバンドのメンバーは、こうも「外」に活路を見出しやすいのか。そこには、日本という土壌に特有の、ファンクバンドの構造的な宿命があると思う。
ひとつ、残酷な事実を指摘しよう。日本では、ファンクという音楽そのものの需要が、ほとんどないに等しいと言われる。だから純正のファンクバンドは非常に少ない。ファンクを演奏するにしても、歌謡曲風のメロディを乗せてファンク要素を薄めないと、一般のリスナーには届きにくい。さらに、「ファンク」とカテゴライズした途端、一般リスナーが聴かず嫌いして売れない、という事情まである。
これは、ファンクバンドにとって地獄のようなジレンマだ。本格的なファンクをやればやるほど、コアなファンは熱狂するが、一般層には届かない。かといってファンク要素を薄めて歌謡曲に寄せれば、今度はファンク好きが満足しない。どちらに転んでも、大きな商業的成功は遠い。日本のファンクシーンが盛り上がりきらない根本原因が、ここにある。
SUPER BUTTER DOGは、まさにこの罠のど真ん中にいた。彼らは本物のグルーヴを持っていた。だからこそライブは伝説的だった。だが、その本物さは、CDセールスという数字には変換されにくい。ライブで最高であることと、音源が大量に売れることは、ファンクにおいては必ずしも一致しないのだ。
才能の「逃げ場」としてのソロ、そして日本語
ここで、メンバーの才能の話と、ファンクの構造の話が、一本に繋がる。
ファンクバンドという形態が、商業的に天井にぶつかりやすい。一方で、メンバー一人一人は卓越した才能を持っている。さて、彼らはどうするか。答えは明白だ。バンドという「届きにくい形態」に固執するより、自分の才能を、より広く届く形に作り替える。
永積タカシは、ハナレグミとして、ファンクのグルーヴを保ちながらも、日本語の歌と弾き語りという、はるかに広く届く形式へ移行した。池田貴史は、レキシとして、ファンクを「日本史」という人を食ったコンセプトとユーモアで包み、誰もが笑って踊れるエンターテインメントに変換した。二人とも、ファンクの素養を捨ててはいない。むしろ、ファンクを「日本のリスナーに届く形」に翻訳することで、大成功を収めたのだ。
これは示唆的だ。日本でファンクが生き延びる道は、純度の高いバンドのままでいることではなく、個人の才能として、ポップスや歌や笑いの中に溶かし込むことだったのかもしれない。SUPER BUTTER DOGというバンドの解散と、メンバーのソロでの大成功。この対比そのものが、「日本ではファンクは、バンドの形では続きにくく、個人の翻訳としてなら花開く」という、ひとつの答えを示している。
先人たちも、同じ道を辿った
この構造的宿命は、SUPER BUTTER DOGに限った話ではない。日本のファンク史を遡ると、同じパターンが繰り返されている。
たとえば、日本のファンク/オルタナの伝説的バンド、JAGATARA(じゃがたら)。パンク、ファンク、レゲエ、アフロビートなど多彩な音楽性で唯一無二の存在感を放ったが、中心人物・江戸アケミの急死によって解散した。あるいは、シャネルズ/ラッツ&スターのように、ブラックミュージックを日本に広めた重要なグループも、純粋なファンクというよりは歌謡曲やドゥーワップと融合した形で大衆性を獲得していった。
純度を保てば届かず、届けようとすれば純度が薄まる。あるいは、強烈な個性に依存するがゆえに脆い。日本のファンクバンドは、形は違えど、この宿命と向き合い続けてきた。SUPER BUTTER DOGの解散は、その長い歴史の中の、最も鮮やかな一例なのだ。
おすすめCD——伝説のグルーヴに触れる
『FREEWAY』(1997年)——すべての出発点
メジャーデビューアルバム。彼らのファンクネスの原点が詰まった一枚だ。ハナレグミから遡って聴き始める人も多い。永積タカシの、後のハナレグミとはまた違う、バンドの中で炸裂するボーカル。まずはここから、SUPER BUTTER DOGという生き物のグルーヴに触れてほしい。
「サヨナラCOLOR」を含む作品——不朽の名バラード
2001年にリリースされ、竹中直人が同名映画を作るほどの名曲となった「サヨナラCOLOR」。ファンクバンドのイメージとは異なる、染み入るようなバラードだ。この曲の懐の深さを知ると、彼らが単なる「踊れるバンド」ではなかったことがよく分かる。後にハナレグミと忌野清志郎がコラボした音源も生まれた、世代を超えて愛される一曲だ。
ライブ音源/映像——本質はここにある
そして、これが最も重要かもしれない。SUPER BUTTER DOGの本質は、間違いなくライブにある。スタジオ盤も素晴らしいが、彼らがフェスやワンマンで放っていたあの一体感と熱量は、できれば映像や live 音源で体感してほしい。CDのセールスでは測れなかった彼らの真価が、そこにこそ刻まれている。なぜ多くの人が「最高のライブバンド」として彼らの名を挙げるのか、その理由が一発で分かるはずだ。
まとめ——溢れた才能の、幸福な散開
SUPER BUTTER DOGは、1994年結成の最高のファンクバンドだった。ライブバンドとして圧倒的な評価を得ながら、メンバー全員の才能が個別に開花しすぎたこと、そして日本ではファンクという音楽が商業的な天井にぶつかりやすいという構造的宿命を背景に、2008年に解散した。永積タカシはハナレグミへ、池田貴史はレキシへ。彼らはファンクを個人の才能として翻訳し、それぞれ大きな成功を掴んだ。
考えてみれば、これは悲劇ではないのかもしれない。バンドという器が小さすぎたから、5人はそれぞれもっと広い場所へ散っていった。ファンクが日本でバンドとして続かないなら、その魂を別の形で生かせばいい。彼らはそれを、見事にやってのけた。解散は、才能の行き止まりではなく、幸福な散開だったのだ。
それでも、ときどき思う。あの5人が、あのグルーヴのまま、ずっとバンドを続けていたら——と。それは叶わぬ願いだ。だからこそ、SUPER BUTTER DOGがライブで放っていたあの一瞬の輝きは、永遠に色褪せない。ファンクは、その場限りのグルーヴにこそ宿る。ならば、終わってしまったことすら、ファンクらしい潔さなのかもしれない。
まずは『FREEWAY』を、できれば大きな音で。体が勝手に揺れ始めたら、あなたはもう、この伝説の入り口に立っている。
ではまた。

