CRYAMY | バンド名は打ち間違い、1stアルバムは実質ベスト盤。その全部が正しかった
このバンドの名前は、打ち間違いである。
カワノという男が「cream」にちなんだ名前をつけようとして、スペルを間違えた。それがCRYAMYになった。読みはクリーミー。
普通、気づいた時点で直すが直さなかった。
そして2021年3月3日、彼らは初の全国流通盤にして1stフルアルバムをリリースする。ところがこの作品、廃盤になった自主制作盤からの再録を大量に含んでいて、公式サイト自らが「事実上、この時点のCRYAMYのベストアルバムとなった」と書いている。
1枚目なのにベスト盤。順番が間違っている。
さらに言えば、このリリースの後、バンドは一度解散危機に陥っている。周囲の尽力で翻意したが、集大成を出した直後に終わりかけた。
名前を間違え、順番を間違え、出した直後に壊れかける。
そして、この間違いだらけの1枚が、2020年代の日本のインディーロックでもっとも参照される作品のひとつになった。
総評 ─ 「敗北の生々しい記録」と、公式が言い切る潔さ
まず、このアルバムについて公式サイトに書かれている一文を紹介したい。
この作品は「ある一人の男の回想録」でもあり、「敗北の生々しい記録」という側面もある、と。
自分たちの1stフルアルバムを、敗北の記録と呼ぶ。
宣伝文句として、これほど売る気のない言い方もない。だが、これがこのバンドの本質を正確に射抜いている。
CRYAMYは2017年、弾き語りで活動していたカワノがドラムのオオモリユウトを誘い、そこにギターのフジタレイが加わって始動した。同年11月にdemoを会場限定でリリースするも活動休止。2018年5月にベースのタカハシコウキが加入して現体制となり、活動を再開する。
同年8月、自主制作の1st EP『CRYAMY#2』をライブ会場で販売。初回300枚が即完し、同年12月に累計1500枚を売り上げて廃盤となった。
つまりこのバンドは、最初期の音源が手に入らない状態のまま人気だけが膨らんでいった。それを一気に解消したのが本作である。
だから16曲になった。だからベスト盤みたいになった。それは戦略ではなく、必要に迫られた結果だ。
そして、そういう「かっこ悪い理由」を隠さないところが、このバンドの根幹にある。
音楽性としては、下北沢周辺のグランジの匂いがするバンド群の中でも異物だった、という同時代の証言がある。w.o.d.のサイトウタクヤが、出会った頃のCRYAMYはその中でいろいろぶっちぎっていた、という趣旨を語っている。カワノ自身はsyrup16gとART-SCHOOL、そしてニルヴァーナを影響源として挙げている。
ここで注目したいのが、影響源の並びだ。syrup16g、ART-SCHOOL、ニルヴァーナ。全部、うまく生きられない人間のための音楽である。
そのど真ん中に、このアルバムは立っている。
1曲ごとの感想
なお個別の再生時間は資料で確認できなかったため、本稿では記載していない。
ten
結成当初からライブで演奏されてきた定番曲で、バンドバージョンとしてはこれが初収録。
つまり1曲目からして「ようやく音源になった曲」だ。ライブに通っていた人間だけが知っていた曲が、ついに全国流通盤の1曲目に置かれる。この配置は、既存ファンへの返答であり、同時に新規への挨拶でもある。ここは刺さる。
ディスタンス
カタカナ4文字。距離。1曲目の「ten」という数字の後に、いきなり抽象的な距離の話が来る。序盤2曲でタイトルの手触りが全く違うのが、このアルバムの雑多さを早々に予告している。
変身
歪みが効いたスピード感のある曲、と紹介されている。カフカを思わせる2文字だが、このバンドの文脈では文学的な参照というより、もっと直接的な自己変容の話だろう。序盤の加速装置として機能している。
鼻で笑うぜ
オーディエンス人気の高い曲。そしてこのタイトルだ。
「鼻で笑うぜ」。誰かを見下しているようで、実は自分が笑われる側にいることを知っている人間の言い方である。この屈折が、カワノの言語感覚のいちばん分かりやすい標本だと思う。強がりの構文なのだ。
普通
2文字、漢字。そして「普通」。
16曲の中でいちばん平凡な単語が、5曲目にぽつんと置かれている。前曲が「鼻で笑うぜ」という威勢のいいタイトルで、その直後がこれ。落差が計算されている。
ギロチン
フォークロック風の曲だという。処刑器具の名前をつけた曲がフォークロック。この組み合わせが完全にこのバンドだ。
激しい言葉と、穏やかな演奏。あるいはその逆。CRYAMYはこの反転を頻繁にやる。
雨
アルバム中で最も短いタイトル。1文字。
「ギロチン」の直後に「雨」。ここで一度、アルバムの視界が晴れる、というより濡れる。前半戦の折り返しにあたる位置で、テンションが一度落ちる設計になっている。
やってらんねー
生活感の中にどこか哀愁が漂う曲、と評されている。
そしてこのタイトル。口語そのままで、伸ばし棒で終わる。歌詞にする前の、日常の愚痴の形をしている。前曲の「雨」という詩的な1文字から、いきなり居酒屋の会話みたいな言葉に落ちる。
この落差の作り方が本当にうまい。ここが前半のハイライトだと思う。
twisted
アルバム中、唯一の全小文字英語タイトル。ねじれている、という意味。
前後を日本語タイトルに挟まれて、ここだけ表記が異質だ。16曲もあるアルバムで、こういう小さな異物を中盤に置けるのは、曲数の多さゆえの余裕でもある。
兄弟
そして「兄弟」。
このバンドの歌詞世界において、家族というモチーフはかなり重い意味を持つ。カワノは後年のインタビューで、10代のうちに肉親と決別した経緯や、故郷に対する敗北感について語っている。
その文脈を知ったうえでこの曲名を見ると、10曲目という位置の重さが変わってくる。
HAVEN
ここが分岐点だ。
リリース当時のインタビューで、このアルバムは「HAVEN」を境に前半と後半で雰囲気がガラリと変わる、という指摘がなされている。前半は歪みとうるささが際立ちながら、それでも歌がしっかり聴こえる絶妙なバランスだった、と。
HAVENは避難所、安息の地という意味だ。16曲の折り返しをやや過ぎたあたりに、避難所を置く。そこから先、アルバムの空気が変わる。
シングル『YOUR SONG』にはSingle Versionが収録されていた曲でもある。
まほろば
避難所の直後に「まほろば」。素晴らしい場所、住みやすい土地を意味する古語だ。
HAVENとまほろばを連続で置く。英語と古語で、同じ意味の言葉を2回言っている。これは偶然ではないはずだ。後半に入って、このアルバムは明確に「どこか安心できる場所」を探し始める。
完璧な国
力強いメロディで進行する名曲、と公式が名指ししている1曲。
そして、まほろばの次が「完璧な国」である。11曲目から13曲目まで、避難所、理想郷、完璧な国。理想の場所の話が3曲続く。
ただし、このバンドが「完璧な国」と歌うとき、それが素直な理想の提示であるはずがない。ここまで13曲かけて描かれてきたものを踏まえれば、この完璧さは皮肉として機能する。
戦争
そして次が「戦争」だ。
完璧な国の直後に戦争。この2曲の並びだけで、アルバム後半のテーマが読み取れる。理想の場所を思い描いた直後に、それが壊れる。
13曲目と14曲目の連結は、この16曲でいちばん残酷な場所だと思う。
優しい君ならなんて言っただろうね
約8分に及ぶ弾き語りのバラード。
16曲入りのアルバムの、終わりの手前に8分の弾き語りを置く。これは常識的な構成ではない。ここまでバンドサウンドで押してきて、最後の直前で全部剥がす。
そして問いかけの形で終わるタイトル。「なんて言っただろうね」。答えは返ってこない。返ってこないことを知ったうえで訊いている。
このアルバムを「敗北の生々しい記録」と呼ぶなら、その敗北がいちばん剥き出しになるのがここだ。
テリトリアル
そしてラスト。縄張り意識、という意味。
8分の弾き語りで裸になった直後に、縄張りの話で終わる。守るべき場所、自分の領域。
前半で暴れて、中盤で避難所と理想郷を探して、終わりの手前で全部剥がして、最後に自分の縄張りに戻ってくる。
16曲、この構成は伊達ではない。
良かった点
まず、16曲という異常な物量。
普通、1stフルアルバムでこの曲数はやらない。散らかるからだ。だがこのアルバムは散らかっていない。前半と後半で明確に色が変わり、後半は避難所、理想郷、完璧な国、戦争という並びでテーマが連結していく。
物量が構成に負けていない。これは端的にすごい。
次に、自主レーベルであること。
2020年に設立されたnine point eightは、リリース、バンドマネージメント、イベント・ライブ制作までを包括する独立レーベルで、メンバー自身が主宰している。さらにメディア部門を発足させ、コラムやインタビューを掲載するサイトを運営し、メンバーとスタッフが自ら編集する雑誌まで出している。
既存メディアや大規模なプロモーションに頼らず、直接リスナーに届ける。それを本当にやり切って、この規模まで到達した。
音源だけでなく、流通の形そのものが作品の一部になっている。
そして、隠さないこと。
1stなのにベスト盤みたいになってしまった理由も、敗北の記録であることも、公式が全部書いている。売り文句を作らない。取り繕わない。それが結果的に、いちばん強い売り文句になっている。
物足りなかった点
正直に書く。16曲は、長い。
前半の歪みと衝動、後半の内省と理想。この二層構造は見事だが、通しで聴くと確実に体力を要求される。特に12曲目から14曲目の「まほろば」「完璧な国」「戦争」という並びは、テーマ的には強固だが、聴取体験としては密度が高すぎて、初めて聴く人間は途中で降りる可能性がある。
そして、これは構造的な問題だ。
再録が多いということは、録音時期の異なる曲が混在しているということでもある。ミックスとしてはかなり突っ込んだ、雑味のある荒々しい音になっていて、そこから好みの音に調整したという趣旨をメンバーが語っているが、それでも曲ごとの音の質感には差が残る。
それを「生々しさ」と呼ぶこともできるし、「統一感の欠如」と呼ぶこともできる。僕は前者寄りに取るが、後者だと感じる人がいても否定できない。
ここは惜しい、というより、この作品が引き受けざるを得なかった代償だ。
もうひとつ。1曲目「ten」がライブ定番曲の初音源化であるように、この作品には「ライブを知っている人ほど深く刺さる」という構造がある。裏を返せば、音源から入る人間は、その文脈を持たないまま16曲を受け止めることになる。
入門盤として設計されていながら、入門者には少し不親切。この矛盾が、最後まで残っている。
どんな人に刺さるか
syrup16gとART-SCHOOLを通ってきた人。うまく生きられない自覚がある人。強がりの構文で書かれた歌詞に反応してしまう人。そして、レーベルもマネージメントも自分たちでやるという生き方に、単純に憧れる人。
逆に、洗練された音像や統一感のあるミックスを重視する人には引っかかる部分があるはずだ。この作品は、そこで勝負していない。
評価
8.8点。
16曲という物量を構成でねじ伏せた手つき、前半と後半の明確な色分け、そして終わりの手前に8分の弾き語りを置く胆力。1stフルアルバムとして、日本のインディーロック史に残る水準にある。
満点に届かないのは、前述の通り、再録主体ゆえの音の質感差と、16曲という尺が要求する体力のためだ。作品としての完成度ではなく、聴かれ方の間口で減点した。
名盤である。しかも、間違いだらけの経緯から生まれた名盤だ。
締め
このアルバムの後、CRYAMYはさらに遠くまで行った。
2023年12月には2ndフルアルバム『世界 / WORLD』をリリースしている。録音はアメリカ・シカゴのエレクトリカル・オーディオ、エンジニアはスティーヴ・アルビニ。マスタリングはシカゴ・マスタリング・サービスのボブ・ウェストン。オーバーダビングなしのアナログテープ一発録音で全曲を録っている。
しかもこのアルビニとの仕事、直接アポを取って実現させたものだ。
そして2024年6月16日、日比谷公園野外大音楽堂でのワンマンライブ『CRYAMYとわたし』。ほぼノンプロモーションのバンドが、3000人規模の会場を埋めた。
その後、カワノは力を使い果たしたとして、同ライブをもっての脱退を表明。バンドは現在、活動を停止している。
スペルミスで始まって、順番を間違えたアルバムを出して、シカゴまで行って、野音を埋めて、力尽きて止まった。
きれいなキャリアではない。だが、この『CRYAMY -red album-』を聴けば、最初からきれいにやるつもりなんて一切なかったことが分かる。
1曲目でライブ定番曲を音源化して、最後に縄張りの話をして終わる16曲。その全部が、うまくやれなかった人間の記録だ。
そしてうまくやれなかった記録のほうが、うまくやった記録より、はるかに長く残る。
聴くなら1曲目から順番に。16曲、途中で降りてもいい。降りたところからまた始めればいい。このアルバムは、たぶんそういう聴かれ方も許してくれる。
ではまた。

