まず、前提を壊しておく

「Ykiki Beat 解散」で検索してくる人がそれなりにいる。2016年を最後に音沙汰がなく、メンバーは別のバンドで動いていて、実質的に終わっているように見えるからだ。

だが事実として、このバンドは解散していない。

2017年1月、オフィシャルサイトで発表されたのは活動休止だった。しかも「昨年末をもって活動を休止することとなりました」という、完全な事後報告である。

つまりこうだ。2016年12月のどこかで、このバンドは静かに止まった。誰にも告げず、年が明けて、しばらくしてから「そういえば止まってました」と知らされた。

解散ライブはない。ラストシングルもない。休止の理由も明かされていない。

日本のバンドの終わり方として、これは相当に異様だ。そして僕は、この素っ気なさこそがYkiki Beatというバンドの本質だったと思っている。

何者だったのか、事実から積み上げる

Ykiki Beatは2012年、明治学院大学のサークル内で結成された東京の5人組。

メンバーは秋山信樹(Vo/Gt)、嘉本康平(Dr)、加地洋太朗(Ba)、そして野末、関口の5人。ソングライティングは基本的に秋山が担い、一部の曲を嘉本と共作している。

活動の初期段階から、動き方が普通の邦楽インディーバンドと違っていた。

2013年12月、1st EP『Tired of Dreams』をBandcampでリリース。日本のライブハウスで手売りCD-Rを配るのではなく、いきなり海外のプラットフォームに置いた。

2014年2月には、初来日するSummer Campの前座をミツメとともに務める。同年4月、パリのセレクトショップColetteとBonjour Recordsによるコンピレーション・アルバムに参加。そして同年12月、The Drumsのオープニングアクトに抜擢される。

結成から2年で、パリのコンピに載って、The Drumsの前座に立っている。

日本のシーンで実績を積んでから海外に出る、という順番を完全に無視していた。というより、最初から国内シーンの階段を上る気がなかったように見える。

そして2014年、シングル「Forever」。リリックビデオがYouTubeで公開されたことをきっかけに一気に知られるようになった。ここで彼らは、当時の日本ではかなり珍しい層に届く。「これ、洋楽じゃないんだ」という驚きとともに広まったバンドだった。

唯一のフルアルバム『When the World is Wide』

2015年7月22日、1stアルバム『When the World is Wide』がP-Vine Recordsからリリースされる。

全8曲。収録は以下の通りだ。

  1. The Running
  2. Modern Lies
  3. Never Let You Go
  4. Dances
  5. Forever
  6. All The Words To Say
  7. Winter
  8. Vogues of Vision

まず8曲という潔さに触れておきたい。

フルアルバムを名乗って8曲。しかも前半4曲は全部3分台で、後半4曲が4分台。前半で走り、後半で伸ばす。曲順の設計がここまで露骨に前後で切り替わるアルバムも珍しい。

1曲目「The Running」で走り出して、8曲目「Vogues of Vision」で視界の話に着地する。走ることから始まって、見え方で終わる。タイトルの並びだけで、このバンドが何を撮ろうとしていたかがわかる。

音の系譜としては、ポストパンク以降の英国的な湿度と、2010年代の欧米インディーの乾いた質感が同居している。The Drumsの前座に呼ばれたのは偶然ではないし、当時のリスナーがジーザス&メリーチェインやエコー&ザ・バニーメンの名前を引き合いに出したくなったのも理解できる。

ただ、ここで正直に書いておきたい。

このアルバム、当時の日本のインディーシーンにおいては「よくできた輸入品」に聞こえるリスクを常に抱えていた。参照元がはっきりしすぎている、という批判は成立する。全編英詞で、リズムの重心も明確に海外を向いている。日本語でどう鳴らすか、という問題から降りている。

だがそれは弱点であると同時に、彼らの立場表明でもあった。国内の文脈で勝負しない、という選択を、1枚目で堂々とやっている。

そして結果的に、彼らの残したフルアルバムはこれ1枚だけになった。

そして、何も言わずに止まった

2016年、バンドは大型フェスに立っている。RISING SUN ROCK FESTIVAL 2016 in EZO、そしてWORLD HAPPINESS 2016 夢の島 THE LAST。同年5月には「Forever」が12インチシングルとして再発もされている。

外から見る限り、上り調子だった。

そして年末、止まった。

2017年1月、オフィシャルサイトに掲載された文章の要旨はこうだ。昨年末をもって活動を休止することになった。新しい音楽を生み出すこと、活動を通して新しい人や音楽と出会うことは常に刺激的だった。多くの魅力的な経験に感謝している。応援してくれた人にありがとう。今後はメンバーそれぞれの形で音楽を続けていく。2017年が良い一年になりますように。

以上である。

理由は、一言も書かれていない。

各メディアも「休止の理由は明かされていない」と報じている。方向性の違いも、体調も、金銭的な事情も、何も出てこない。ただ止まった、とだけ告げられた。

日本のバンドの解散・休止発表には、たいてい様式がある。長文の心情、メンバー個別のコメント、最後のツアー、ラストライブ、そして涙。それが一種の儀式になっていて、リスナーもその儀式を消費することで区切りをつける。

Ykiki Beatは、その儀式を一切やらなかった。

年末に黙って止まって、年明けに数行で報告する。感傷を要求しない。物語を提供しない。

正直に言うと、当時これを読んで少しムッとした記憶がある。もっと説明してくれよ、と思った。だがいま振り返ると、この処理の仕方は、彼らが最初からやっていたことと完全に一貫している。国内の作法に乗らない。それだけの話だった。

「後継バンド」という誤解

ここが、この記事でいちばん訂正したいところだ。

Ykiki Beatの休止を語るとき、必ずと言っていいほど「メンバー3人はDYGLへ」という文脈で語られる。そして多くの人が、Ykiki Beatが終わったからDYGLが始まった、と理解している。

これは事実誤認だ。

DYGLもまた、2012年に大学のサークル内で結成されている。つまり同じ年だ。秋山信樹、加地洋太朗、嘉本康平の3人は、最初から両方のバンドを並行してやっていた。DYGLは2016年に1st EP『Don’t Know Where It Is』をリリースしており、これはYkiki Beatの休止より前の出来事である。

だから正確に言えば、Ykiki Beatが終わってDYGLになったのではない。5年間並走していた2本のうち、片方が止まっただけだ。

この構造が分かると、休止の説明がなかった理由も少し見えてくる。片方が止まることを「解散」として演出する必要が、彼らの中になかったのではないか。バンドという単位に人生を賭けて、終わるときは物語として終わる、という日本的な様式そのものが、この人たちにはたぶん最初から無かった。

休止発表の数日後、秋山はSNSで各メンバーの行き先に触れている。自分と嘉本と加地はDYGLとして、ミズキはCairophenomenonsとPrince Gravesのサポートメンバーとして、野末はまた彼の形で、音楽を続けていく、と。

淡々としている。誰も辞めない。ただバンドが1本減った。

そしてDYGLはその後、2017年に渡米し、ザ・ストロークスのアルバート・ハモンドJr.をプロデューサーに迎えて『Say Goodbye to Memory Den』を発表する。2019年には『Songs of Innocence & Experience』。Ykiki Beatが1枚で止まったぶんの何かを、こちらが引き受けたようにも見える。

で、いま聴く価値はあるのか

ある。しかも、休止から時間が経ったことで、むしろ聴きやすくなった。

リリース当時、このバンドには「日本人なのに洋楽っぽい」という文脈がべったり貼り付いていた。それは称賛でもあり、同時に呪いでもあった。海外っぽさが評価軸になると、音そのものが正当に聴かれなくなる。

2020年代のいま、日本のインディーが英詞で海外レーベルからリリースするのは特別なことではなくなった。前提が変わったぶん、『When the World is Wide』はようやく「洋楽っぽい邦楽」ではなく、ただの1枚のインディーロックアルバムとして聴ける。

そして単体の作品として見たとき、8曲34分弱のこの盤は、素直によくできている。捨て曲がない、というより捨てる余地がない。

入口としては「The Running」か「Forever」。どちらもMVがある。「Forever」から入る人が多いだろうが、僕は1曲目の「The Running」を推したい。このバンドの走り方が、いちばん端的に出ている3分5秒だ。

まとめ

Ykiki Beatは2012年に明治学院大学のサークルで結成された5人組。2013年12月にBandcampで1st EP、2014年にThe Drumsの前座、2015年7月22日にP-Vineから唯一のフルアルバム『When the World is Wide』をリリース。2016年末をもって活動を休止し、翌年1月に事後報告された。理由は明かされていない。解散ではない。

そして重要なことをもう一度。DYGLは後継バンドではない。同じ2012年に始まり、5年間並走していたもう1本だ。

このバンドの終わり方に、僕は最初ムッとして、いまは納得している。

解散ライブで泣かせて、涙で記憶を上書きして、10年後に再結成する。日本のバンドの終わり方には、ある種の消費の形式がある。そこに乗らないと、リスナーは区切りをつけられない。

Ykiki Beatは、その形式を拒否したまま消えた。区切りをくれなかった。だから休止から年月が経ったいまも、「解散」で検索する人がいなくならない。

区切りがないというのは、終わっていないということでもある。

そういう終わり方も、たぶんアリだ。

まずは『When the World is Wide』を通しで。8曲、34分弱。長くないので、飛ばさずに最後まで。

ではまた。