オアシス、兄弟喧嘩からの再結成。あの15年は何だったのか
世界で最も有名な兄弟喧嘩が、終わった。あるいは、終わったことになっている。
2024年8月27日、オアシスが再結成を発表した。前日、公式アカウントと兄弟それぞれのSNSに「27.08.24」「8am」とだけ映した動画が投稿され、世界中が半信半疑でその時刻を待った。そして発表された声明が、これだ。銃声が静まり、星が一列に並んだ。長い待ち時間は終わりだ。テレビ放映されることはないから、ぜひ観にきてくれ。
かっこよすぎる。悔しいが、認めるしかない。15年間「絶対にありえない」と言われ続けた再結成を、たった数行でやってのける。この文章力もまた、ノエル・ギャラガーの作曲能力と地続きのものなのだろう。
今日はこの再結成について書く。ただし、感動の物語としてではない。あの喧嘩は何だったのか、そして本当に彼らは仲直りしたのか。少し意地の悪い角度から検分していく。
2009年8月28日、パリで何が起きたか
まず、終わりの日を確認しておこう。
2009年8月、フランスの音楽フェス、ロック・アン・セーヌへの出演直前。楽屋で例によって兄弟喧嘩が勃発する。伝えられるところでは、この時リアムがノエルのギターを壊した。ノエルはフェス出演を取りやめ、公式サイト上で脱退を表明。8月28日、これが事実上のオアシス解散となった。
つまりオアシスは、アルバムのセールス不振でも、方向性の違いでもなく、ギター一本を壊されて終わったのだ。世界で最も成功したロックバンドの一つが、である。この解散理由の身も蓋もなさこそ、このバンドの本質を表している。
その後、残されたメンバーはリアムを中心にビーディ・アイを結成。ノエルはノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズとしてソロ活動を開始する。以降15年、両者は互いをSNSやインタビューで罵り合い続けた。ファンにとってその応酬は、悲しみであると同時に、正直なところ娯楽でもあった。ここが重要な点だ。
喧嘩は、資産だった
冷徹に言えば、ギャラガー兄弟の不仲は、この15年間ずっと「コンテンツ」だった。
ノエルが皮肉を言い、リアムがSNSで暴言を返し、メディアがそれを見出しにする。そのたびに人々はオアシスを思い出し、あの曲を聴き直した。不仲であることが、解散したバンドの存在感を維持し続けたのだ。仲良く円満に解散していたら、この15年でここまで話題が持続しただろうか。たぶん、しなかった。
そして皮肉なことに、その不仲が長ければ長いほど、再結成のカードの価値は上がっていく。絶対にありえないと言われれば言われるほど、それが起きたときの衝撃は大きくなる。喧嘩は、時間をかけて熟成される資産だった。
だから僕は、再結成を「和解の物語」として消費するのには、少し慎重でいたい。彼ら自身、再結成のきっかけとなった大きな啓示の瞬間はなく、時が来たという認識が徐々に広まっただけだと説明している。劇的な和解の場面は、なかったのだ。抱き合って涙を流したわけでも、どちらかが謝ったわけでもない。ただ、頃合いだった。それだけである。
もっとも、この素っ気なさは信用できる。感動的な和解のエピソードを用意された方が、よほど嘘くさい。
そして、実際に起きたこと
さて、皮肉はここまでだ。ここからは、実際にツアーで何が起きたかを見ていく。
OASIS LIVE ’25は2025年7月4日、ウェールズのカーディフで幕を開けた。地元マンチェスターのヒートン・パークで5公演、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで7公演。ヨーロッパからアジア、オーストラリア、南北アメリカへと渡り、全41公演。11月、ブラジル・サンパウロで全日程を終えた。
そして日本。2025年10月25日と26日、東京ドームで2公演。2009年のフジロック以来、16年ぶりの来日だ。2日間で計10万人超のチケットが完売し、オープニングアクトはASIAN KUNG-FU GENERATIONが務めた。会場には40代50代の「オアシス世代」だけでなく、全盛期を知らない若者も大量に押し寄せた。日本の音楽業界が、低迷する洋楽復権の狼煙になればと期待を寄せたのも無理はない。
ここで注目したいのが、リアム・ギャラガーの変化だ。あるライブレポートは、再結成後のリアムについて興味深い指摘をしている。かつての彼は予測不能なヤンチャさと不思議な虚無感が魅力であり、同時に弱点でもあった。だが15年以上、ビーディ・アイやソロでバンドの中心としての責任を果たしてきた経験と、隣に兄がいる安心感が両輪となり、そのフロントマンとしての存在感は他に類を見ないものになった、と。
つまり、15年の別離は無駄ではなかったということだ。弟は、兄がいない場所で一人前になって帰ってきた。もし2010年に何事もなく再結成していたら、この成長は起きていない。喧嘩が資産だったというのは、話題性の意味だけではなかったわけだ。
数字も凄まじい。再結成の発表以降、Spotifyの月間リスナーは3,200万人を超え、発表前からほぼ50パーセント増加した。全プラットフォームでの再生回数は125億回近くに達している。90年代のバンドが、ストリーミング時代のど真ん中で数字を叩き出す。「懐かしのバンド」の枠を完全に踏み越えた。
そして、また黙った
だが、ここからがこの話の一番面白いところだ。
ツアー終了直後の2025年12月、ファンが2026年の追加公演を期待して問いかけたところ、リアムはSNSでこう返した。2026年は何もやらない、と。1996年に伝説を作ったネブワースへの凱旋説にも、それは起きない、と断言。来年あるのはワールドカップだけだ、とまで言い放った。そして、2027年まで何もすることがない、とも。
バンド自身も、これから省察の期間としての休止に入る、という趣旨の投稿を残している。
僕はこれを聞いて、少し安心した。
彼らは、燃え尽きるまで走らなかったのだ。史上最大級の熱狂を巻き起こしたツアーを41公演でぴたりと止め、追加公演の誘惑を蹴って、休む。金だけが目当てなら、絶対にこの判断はしない。需要が最高潮の瞬間にツアーを畳むというのは、商売としてはむしろ愚かだ。
だが彼らは知っている。この兄弟は、走り続ければ必ずまたぶつかることを。だから、ぶつかる前に止まる。15年かけて学んだのは、たぶん和解の方法ではなく、距離の取り方だ。
仲直りしてなんかいない
結論を書く。ギャラガー兄弟は、たぶん仲直りしていない。
彼らがやったのは和解ではなく、停戦だ。互いに一発ずつ殴り合った後で、リングの隅に戻って呼吸を整えているだけである。だからこそ、この再結成は続くのだと僕は思う。完全に仲良くなろうとしないから、壊れない。適切な距離で、適切な期間だけ、同じステージに立つ。それ以外の時間は、それぞれの場所で過ごす。
考えてみれば、これは兄弟というものの本質でもある。血の繋がりは切れないが、だからといって常に一緒にいられるわけではない。喧嘩して、離れて、それでも人生のどこかでまた並んで立つ。オアシスがやってのけたのは、そういう極めて普遍的なことを、スタジアム規模でやったという、ただそれだけの話なのかもしれない。
あの15年は何だったのか。無駄な空白ではなかった。あれは、二人が別々に大人になるために必要だった時間だ。そして今、次の再会は2027年以降だという。また待たされる。だが、待つのは慣れっこだ。こっちは15年待ったのだから。
星が一列に並ぶのを、また気長に待つとしよう。
ではまた。

