バンドがセルフタイトルのアルバムを出すとき、そこには必ず意味がある。「これが俺たちだ」という名刺か、「ここから仕切り直す」という決意表明か。そのどちらでもある一枚が、Brian the Sunがインディーズ期の最後に放った2ndフルアルバム『Brian the Sun』だ。

2014年12月3日、SPACE SHOWER MUSICからリリース。全11曲、約49分。大阪の4人組、森良太(Vo/Gt)、小川真司(Gt/Cho)、白山治輝(Ba/Cho)、田中駿汰(Dr/Cho)。楽曲はすべて森の作詞作曲だ。2007年結成、2008年に閃光ライオットで約5000組の中から準グランプリを獲得した早熟の才は、この時点でキャリア7年。そしてこのアルバムの直後、2015年にスペースシャワー列伝へ出演し、2016年には「HEROES」でメジャーデビューを果たすことになる。

つまりこれは、ブレイク前夜の記録だ。売れる直前のバンドだけが持つ、あの飢えと確信が同居した空気。それがパッケージごと真空保存されている。そして何より、このアルバム、リード曲のタイトルが「神曲」である。自分の曲に「神曲」と名付ける。この気迫を、まず買ってほしい。

アルバム全体の総評

Brian the Sunの音楽は「文学性溢れるエモーショナル・アートロック」と紹介されることが多い。実際、森良太の書く詞は独特の言語感覚に貫かれていて、ひと癖あるタイトルの並びを見るだけでもそれが伝わる。「忘却のすゝめ」「13月の夜明け」「早鐘」。言葉の選び方が、すでにバンドの体温を持っている。

本作の構成は、エモあり、ポップあり、弾き語りありと、当時の彼らの引き出しを全部開けて見せる総覧的な作りだ。前作のミニアルバム『彼女はゼロフィリア』から約9ヶ月、フルとしては1st『NON SUGAR』(2013年6月)から約1年半。その間に蓄えた楽曲と、バンド初期からの持ち曲「13月の夜明け」を一枚に同居させている。過去と現在を一つの盤に載せて、「これがBrian the Sunです」と差し出す。セルフタイトルの名に恥じない編集方針だ。

ただ、総覧的であるがゆえの散らかりも、正直ある。多彩と雑多は紙一重で、本作はその境界線上を綱渡りしている。それでも一本の筋が通って聴こえるのは、森のボーカルと言葉の強度が全曲を貫いているからだ。歌が、アルバムの背骨になっている。

Intro

文字通りのイントロダクション。セルフタイトル作の開幕に短い序曲を置く構成は、「ここから自己紹介を始めます」という宣言でもある。折り目正しい幕開けだ。

13月の夜明け

バンド初期からの楽曲を、この位置に再配置。存在しない13番目の月の夜明け、というタイトルの詩情がすでに森良太印だ。初期曲をアルバムの実質的な一曲目に据えるということは、原点をもう一度名乗り直すということ。憎い構成だ。

神曲

リード曲にして、本作の心臓。自分の曲に「神曲」と名付ける不遜。だがこの曲は、音楽を鳴らす自分自身への宣誓とも受け取れるリアルな感情を歌った一曲だと評されている。つまりこれは大言壮語ではなく、祈りに近い自己言及だ。ダンテの『神曲』と、ネットスラングの「神曲」の二重写し。このタイトルセンス一つで、バンドの知性と野心が同時に伝わる。これは刺さる。

早鐘

心臓の鼓動を意味する言葉をタイトルに。「神曲」の直後に「早鐘」が来る流れは、宣誓の後の高鳴りそのもの。焦燥感を帯びた配置の妙。

Sepia セピア。

色褪せた記憶の色だ。前半の熱から一度温度を下げ、ノスタルジーのゾーンへ。アルバムに濃淡をつける重要な変わり目だろう。

タイムマシン

エモやロックバンドが繰り返し扱ってきた王道モチーフ。Sepiaからタイムマシンへ、と過去を巡る流れが続くのは偶然ではないはずだ。中盤に「時間」の物語を置く設計が見える。

チョコレートブラウニー

突然の甘味。シリアスな流れに、この人を食ったタイトルを放り込むバランス感覚がいい。文学性一辺倒にならない、ポップバンドとしての愛嬌がこの曲名に出ている。

パワーポップ

ジャンル名をそのまま曲名にする直球ぶり。自分たちのルーツの一つを、照れずに看板として掲げる。セルフタイトルのアルバムに「パワーポップ」という曲がある。この自己言及の入れ子構造は、確信犯だろう。

白い部屋

シンプルな言葉ほど、想像の余白が広がる。終盤に向けて視界を狭め、密室的な内省へ入っていくタイトルだ。

アブソリュートゼロ

本作の白眉となる仕掛け。この曲はピアノ弾き語りバージョンでの収録で、バンドバージョンは配信限定シングル「Absolute Zero」として別途リリースされている。絶対零度、これ以上冷えない温度。その曲を、あえて最も裸の編成で聴かせる。ロックバンドがアルバム終盤で楽器を置く勇気。ここは本作で最も静かで、最も熱い場所だ。これは効いている。

忘却のすゝめ

福澤諭吉『学問のすゝめ』を思わせる古風な言い回しで、「忘れること」を勧めて幕を閉じる。散々記憶や時間を歌ってきたアルバムの最後に、忘却を置く。この皮肉と優しさの同居が、Brian the Sunという文学の締めくくりとして完璧だ。

良かった点

第一に、森良太の言葉。「神曲」「13月の夜明け」「忘却のすゝめ」と、タイトルだけで物語が立ち上がる言語センスは、当時のインディーシーンでも突出していた。第二に、アルバムとしての設計。Introで開き、初期曲で名乗り、宣誓し、時間を旅して、裸になって、忘却で閉じる。11曲49分に起承転結がある。第三に、ピアノ弾き語りの「アブソリュートゼロ」を本編に組み込んだ胆力。バンドの音を誇る作品で、あえて音を減らした一曲を核に据える判断は、若いバンドにはなかなかできない。

物足りなかった点

一方で、多彩さが焦点を薄めている側面は否めない。エモ、ポップ、パワーポップ、弾き語りと引き出しを全部見せた結果、「このアルバムの音はこれだ」という一撃の統一感では、メジャー以降の作品に譲る。また、録音や音圧の面でも、後のメジャー作と比べればインディーズ期の質感が残る。もっとも、それを「粗」と取るか「生々しさ」と取るかは聴き手次第だ。僕は後者を取るが、洗練を求める耳には物足りないかもしれない。

どんな人に刺さるか

まず、歌詞で音楽を聴く人。森良太の文学的な言葉の世界は、読み込むほどに深くなる。次に、バンドの「ブレイク前夜」という瞬間の音が好きな人。閃光ライオット準グランプリからスペシャ列伝、メジャーデビューへと駆け上がる直前の、飢えたバンドの音がここにある。そして、2020年に活動休止した彼らを「HEROES」のバンドとしてしか知らない人にこそ聴いてほしい。アニメタイアップの向こう側に、こんなに文学的で、こんなに必死なバンドがいたのだ。

評価

7点/10点

楽曲の粒、言葉の強度、構成の知性。どれも水準を大きく超えている。減点は、総覧的であるがゆえの散らかりと、音の質感の若さ。だがこの7点は「完成度の7点」ではなく、「原石の7点」だ。ここからスペシャ列伝、メジャーデビューへと続く助走として聴けば、むしろこの荒さこそが愛おしい。セルフタイトルを名乗る資格が、確かにあった一枚。

締め

Brian the Sunは2020年に活動を休止した。だからこのアルバムを今聴くことは、少しだけ切ない行為でもある。「神曲」と自分の曲に名付けた24歳前後の森良太は、この先にメジャーの景色があることも、その先に休止があることも、まだ知らない。知らないまま、全部をこの11曲に注ぎ込んでいる。セルフタイトルのアルバムとは、つまりタイムカプセルだ。あの日の彼らが「これが俺たちだ」と封をした音が、開けるたびに真空のまま鳴る。13月の夜明けは存在しない。でも、このアルバムの中では、いつでも夜が明ける。

ではまた。