トリプルファイヤー|7年待たせた男たちが放り込んできた、脱力と偏執の大怪作
7年である。前作『FIRE』が2017年11月。そこから2024年7月31日の『EXTRA』配信リリースまで、実に7年。この間、世の中はパンデミックを経験し、サブスクが完全に主戦場になり、TikTokがヒットチャートを支配するようになった。バンドを取り巻く環境が地殻変動を起こすには十分すぎる歳月だ。
その7年をトリプルファイヤーは、アルバムを一枚も出さずに、ただライブを重ねて過ごした。吉田靖直(Vo)、鳥居真道(Gt)、山本慶幸(Ba)、大垣翔(Dr)。2006年結成、2010年から現編成のこの4人組は、かつて「高田馬場のジョイ・ディヴィジョン」なる愛すべき異名で呼ばれていた。作詞は吉田、作曲・編曲のほとんどは鳥居。ボーカルの吉田は俳優やエッセイストとしても知られるようになり、正直「もうアルバムは出ないのでは」と思った人間も少なくないはずだ。僕もその一人だった。
アルバム全体の総評
『EXTRA』は全10曲。レーベルはSPACE SHOWER MUSIC。CDは全曲のインストゥルメンタル盤を付けた2枚組(2024年9月25日発売、品番PECF-1197)という強気の仕様だ。歌モノバンドがインスト盤を付ける。これが単なる豪華仕様ではなく「うちの演奏だけで聴く価値がある」という宣言になっているところに、このアルバムの本質が出ている。
実際、本作の演奏は異常だ。ポストパンクの残り香なんてとうに蒸発し、ファンク、アフロビート、ブラジル音楽までもが、粘土をこねくり回すように混ぜ込まれている。レーベルの紹介文が「高田馬場のジョイ・ディヴィジョン」というかつての異名すら手放して、もはや「高田馬場のトリプルファイヤー」としか形容できないと白旗を上げているのが面白い。その通りだと思う。参照点を挙げること自体が無意味になった音楽。これを独創と呼ばずに何と呼ぶ。
池田若菜(Flute)、沼澤成毅(Keyboards)、シマダボーイ(Percussion)らのサポート、馬場友美の録音、The Anticipation Illicit Tsuboiのミックス・マスタリングという布陣も効いていて、音の解像度はキャリア最高。その精密なグルーヴの上で、吉田があの調子で、酒と自意識とままならない人生をぼそぼそと歌う。演奏の偏執と歌詞の脱力。この温度差こそがトリプルファイヤーであり、本作でその落差は過去最大に開いた。
お酒を飲むと楽しいね
このタイトルを1曲目に置く度胸よ。約20秒の吉田の独唱からバンドが雪崩れ込む幕開けで、ファンクネスは健在のままギターはよりフリーキーに、歌はよりメロディアスになった。後半ではキャリア初と思われるオートチューンまで大胆に導入。7年ぶりの第一声が「お酒を飲むと楽しいね」。この人を食った態度がすべての始まりとして完璧だ。これは刺さる。
BAR 2曲連続で酒。
狙っているとしか思えない流れだが、印象的なドラムとギターのイントロから、ベースとギターが掛け合いながら進むアンサンブルは職人芸だ。盛り上げようとしないのに確実に体を揺らしにくるサビ。パーティーの手前の、まだ理性が残っている時間帯の音楽。
スピリチュアルボーイ
タイトルだけで笑ってしまう。スピリチュアルとボーイの組み合わせが放つ胡散臭さと哀愁。この語感センスは吉田の真骨頂で、曲名を眺めるだけで世界観に引きずり込まれる。
ユニバーサルカルマ
不穏なキーボードで幕を開ける、彼らにしては珍しい変拍子気味の一曲。ファンキーだが陽気さはなく、徹底してビター。吉田は普段より1オクターブ低い声で淡々と歌うという。タイトルの語が歌詞に出てこないのも含めて、アルバム前半の影を担う重要曲だ。
サクセス
「成功」を歌ってサマになるバンドではない。だからこそ、このタイトルには皮肉と切実さが二重写しになる。俗な欲望を俗なまま音楽にできるのがこのバンドの強みで、その看板を背負う一曲。
ここではないどこか
PLASTICMAIをゲストボーカルに迎えた一曲。トリプルファイヤーの楽曲に外部の声が入ること自体が事件で、「ここではないどこか」という使い古された言い回しを、彼らがやるとまるで違う響きになる。アルバムの風通しを一気に変える配置も見事だ。
シルバースタッフ
オタミラムズと谷端実によるMVも制作された一曲。銀色のスタッフとは何者なのか。労働と人生の悲哀が滲むワードセンスで、日常の解像度が異様に高い吉田の詞世界が凝縮されている。
諦めない人
「諦めるな」ではなく「諦めない人」。主語を突き放した三人称にすることで、応援歌にも皮肉にも読める両義性が生まれる。この距離感の取り方が絶妙で、安易な共感ソングに堕ちない。
相席屋に行きたい
先行シングルにして本作のハイライト。トーキング・ヘッズの「Crosseyed and Painless」に触発されたというイントロから、テンポアップ後はギターがストイックにカッティングを刻み続ける。スケールの大きいワードの中に「相席屋」という俗の極みを放り込む詞のギャップは、この上なくトリプルファイヤーらしい。壮大な音楽で歌われるのが相席屋。これが7年の答えだ。最高としか言いようがない。
ギフテッド
最後に「ギフテッド」と来る。才能を授かった者、の意のこの言葉で、酒とバーと相席屋のアルバムを締める構成の妙。自虐なのか自認なのか、その曖昧さごと余韻になる。幕引きとして完璧な引っ掛かりを残す。
良かった点
まず演奏の到達点。ファンク、アフロビート、ブラジルまで消化した精密でしなやかなアンサンブルは、インスト盤を付けても商品になるレベルに達している。次に吉田の詞。壮大と俗、切実と脱力を一つの曲に同居させる筆致は本作でさらに研ぎ澄まされた。そして音響。Illicit Tsuboiのミックスにより、偏執的な演奏の細部までくっきり聞こえる。7年分の熟成が、あらゆる面で結果を出している。
物足りなかった点
強いて言うなら、この完成度ゆえの敷居だ。初期の、粗くて不穏でギリギリだったトリプルファイヤーに痺れた人間からすると、本作の洗練は少し眩しすぎるかもしれない。「だらしなさ」の成分は明確に減った。それと7年は、やはり長い。この水準の作品を作れるバンドが7年沈黙するのは、シーン全体にとっての損失だ。次は3年で頼む。
どんな人に刺さるか
まず、歌詞で音楽を聴く人。日本語ロックの詞でここまで笑えて刺さるバンドはそういない。次に、演奏で音楽を聴く人。カッティング一つ、ベースライン一つに唸りたい耳の持ち主なら、インスト盤込みで買う価値がある。つまりほぼ全員だ。逆に、まっすぐな熱血や美メロの洪水を求める人には向かない。ここにあるのは、斜に構えたまま人生と踊る音楽だ。
評価
9点/10点
文句なしの大怪作であり、キャリア最高傑作だ。減点の1点は、7年待たせた罪と、初期の危うさへのわずかな郷愁。それ以外に文句のつけどころが見当たらない。レコ発の渋谷CLUB QUATTROワンマンが即完したのも当然の結果で、この作品は間違いなく、日本のインディーシーンに残る一枚だ。名盤、と言い切る。
締め
7年間、何も出さなかったバンドが、7年分をまとめて回収するアルバムを作ってしまった。「お酒を飲むと楽しいね」で始まり「ギフテッド」で終わる10曲は、くだらない日常を精密機械のようなグルーヴで祝福する、途方もなく贅沢な音楽だ。相席屋に行きたい、という願いのくだらなさと切実さを、これほど壮大に鳴らせるバンドは世界のどこを探してもいない。高田馬場のトリプルファイヤー。もうその名乗りだけでいい。次のアルバムは、頼むから生きているうちに。
ではまた。

