『Goodbye My Roots』。自分のルーツに、さよならを。

このタイトルを、テクニカルなプレイで名を上げてきたバンドが掲げる。この時点で、ただ事ではない。普通、自分の武器で評価されたバンドは、その武器を磨き続ける。速さで売れたら、もっと速く。手数で沸かせたら、もっと手数を。だがSuspended 4th、通称サスフォーは、真逆をやってきた。自分を評価させた「ルーツ」に、別れを告げるアルバムを作った。

名古屋発の4人組、ワシヤマカズキ(Vo/G)、サワダセイヤ(G)、フクダヒロム(B)、そして2024年12月に正式加入した吉村建太郎(Dr)。海外メディアが彼らのフレットボード捌きを「制御された科学的カオス」と評したように、超絶技巧のプログレッシブなロックで知られてきたバンドだ。その彼らの2ndフルアルバムが、2026年7月8日、PIZZA OF DEATH RECORDSからリリースされた。前作『Travel The Galaxy』(2022年7月)から約4年ぶり。

これは「上手いバンドの上手いアルバム」を期待して聴くと、良い意味で裏切られる。ここにあるのは、上手さのその先。

アルバム全体の総評

このアルバムを貫くキーワードは「コンパクト」と「洋楽感覚」だ。

全14曲で約36分。1曲あたり、短いものは1分半、長くても4分弱。この潔さが、まず過去のサスフォーと決定的に違う。ボーカルのワシヤマ自身がインタビューで語っているように、海外アーティストのシングルが2分前後と短いことを意識し、その感覚をバンドに取り込んだという。事実、本作は今の海外のメインストリームのロックを聴いている感覚に驚くほど近い。唐突に終わる曲の切り上げ方すら、洋楽的だ。

超絶技巧のバンドが陥りがちな罠は、「弾けるから弾いてしまう」ことだ。ソロは長く、展開は多く、尺は膨れ上がる。だがサスフォーは本作で、その誘惑を断ち切った。必要なものだけを、必要な長さで鳴らす。これこそがタイトル『Goodbye My Roots』の意味だと僕は思う。技巧をひけらかす自分に、さよならを告げたのだ。もちろん演奏は相変わらず異常に上手い。制作中にスランプに陥ったというフクダのベースは、それを微塵も感じさせないほどテクニカルだ。だが、その上手さは、もはや目的ではなく手段に降格している。この成熟は、見事という他ない。

構成も抜かりない。ムーディーなインストゥルメンタル「Intermission」を3曲挟むことで、14曲という多さを感じさせず、アルバム全体が一つの流れとして設計されている。過去との決別を匂わせる「Intermission #1」で幕を開ける、その演出からして確信犯だ。

Intermission #1

わずか1分12秒。過去との決別を予感させるムーディーなイントロダクション。いきなり爆発せず、まず深呼吸から入る。この余裕が、ネクストステージに立ったバンドの風格だ。

Stray God

先行MVにもなったショートチューン。1分39秒で駆け抜ける。海外メディアが「剃刀のように鋭いリフと弾力的なグルーヴ」と評した通り、ブルースの回路をプログレのエンジンで焼き切るような一曲。短い。短いが、爪痕は深い。これは刺さる。

SUNBURST

2026年4月にシングルリリースされた楽曲の、若干異なるミックス版。アルバムのテーマ『Goodbye My Roots』は、この曲ができた頃に生まれたという。つまり本作の起点であり、方向転換の号砲だ。シングルで見せた新機軸が、アルバムで大々的に開花する、その入口。

Velvet Poison Pie

1分34秒。ベルベットの毒入りパイ、という悪趣味で洒落たタイトル。短尺に毒を凝縮したような一曲だろう。この曲名のセンスに、バンドの遊び心と余裕が滲む。

My Syntax

私の構文。プログラミング用語を持ち出すあたり、理系的というか、サスフォーらしい。2分5秒とこれもコンパクト。技巧派バンドが「構文」を歌にすると、演奏そのものが文法の実演になる。

What’s the Move

音楽ナタリーがアルバム前半のハイライトと名指しした一曲。ワシヤマのボーカルにワウエフェクトをかけ、バンドのグルーヴと相まって強烈なファンキーさを打ち出す。技巧一辺倒ではなく、身体を揺らすファンクへ舵を切るこの感覚。これは効いている。ルーツにさよならを告げた先に、こんな景色があったか。

Intermission #2

2つ目のインタールード。1分23秒。ここで一度、アルバムの空気を入れ替える。前半のファンクネスから後半のメロウゾーンへの、見事な蝶番だ。

Prince “Skyline” S54B

BMWの型式番号を思わせるタイトル。シティポップやジャズの雰囲気を漂わせる一曲だという。超絶技巧のバンドが、都会的で洒脱なムードを鳴らす。この振り幅こそ本作の肝だ。速く弾けることより、こういう「間」を鳴らせることの方が、実はずっと難しい。

Windows ’98

浮遊感のあるメロウな楽曲。古いOSの名を冠したノスタルジックなタイトルと、浮遊するサウンド。ここでのサスフォーは、もう「技巧派」という肩書きから完全に自由になっている。じっくり聴かせるタイプの佳曲だ。

Lost in Tokyo

ソウルフルな一曲、と評される3分42秒。東京で迷子になる、という普遍的なモチーフを、ソウルの手触りで描く。かつてのサスフォーからは想像しにくい、この情感の深さ。バンドが確実に一段、階段を上がった証拠だ。

Floating Cow Farm

浮遊する牛の農場。本作屈指の意味不明なタイトルで、3分32秒。この人を食ったネーミングセンスは健在だ。シリアスな成熟だけで終わらせない、この余白がサスフォーの魅力でもある。

BORDERLESS

国境なし、境界なし。ジャンルの境界を越えてきた本作を象徴するようなタイトルだ。アルバムのテーマを一語で背負う一曲で、ここまでの流れの一つの到達点として機能している。

Intermission #3

最後のインタールード。1分57秒と3つの中で最長。フィナーレへ向けて、静かに助走をつける。この曲があることで、ラストの一曲が特別なものになる。

Pocketful Songs

ポケットいっぱいの歌たち、で締める。3分7秒。過去のルーツにさよならを告げたバンドが、最後にポケットから取り出す新しい歌。締めくくりにこれ以上ふさわしいタイトルはない。旅立ちの余韻を残して、アルバムは静かに幕を閉じる。

良かった点

最大の美点は、成熟の仕方だ。超絶技巧という武器を捨てるのではなく、それを内側に隠して、楽曲の豊かさへと転化させた。速さや手数を誇示する段階を卒業し、ファンク、シティポップ、ソウル、メロウと多彩な表情を、コンパクトな尺で鳴らし切る。この引き算の美学は、実力に裏打ちされていなければ成立しない。次に、14曲36分という編集の潔さ。Intermissionを効かせた流れの設計も含め、アルバムとして一気に聴ける構築力が素晴らしい。そして、この変化を「Goodbye My Roots」と正面から名付けた覚悟。逃げも隠れもしない、その姿勢がいい。

物足りなかった点

一方で、だ。かつてのサスフォーの、暴力的なまでのテクニカル演奏に痺れていた人間からすると、本作の洗練は少し寂しくもある。制御された科学的カオス、あの「やりすぎ」の快感は、本作では意図的に抑制されている。成熟の代償として、初期衝動の過剰さが薄まったのは否めない。また、コンパクトさを追求したぶん、一曲一曲で腹一杯になる前に次へ行ってしまう物足りなさもある。もっとこの世界に浸っていたい、と思った矢先に曲が終わる。それが洋楽感覚だと言われればその通りなのだが、聴き手を焦らす作りでもある。

どんな人に刺さるか

今の海外のメインストリームのロックを聴いている人。プログレッシブでファンクネスのある洋楽ロックの感覚が好きな人には、この洗練は間違いなく刺さる。同時に、テクニカルなバンドが「その先」に行く瞬間を目撃したい人にも。逆に、サスフォーに超絶技巧の見世物を期待している人は、少し肩透かしを食らうかもしれない。だが、その肩透かしこそが、このバンドの成長の証だ。技術で殴られたい人ではなく、技術の使い方の変化を味わえる人に向いている。

評価

8点/10点

高評価だ。理由は明快で、これは「上手いバンドが上手いことをやめる」という、最も難しい選択を成功させたアルバムだからだ。武器を捨てる勇気、それを楽曲の豊かさに変換する実力、そして全体を貫くコンパクトな美学。減点の2点は、初期の過剰なテクニカル演奏への個人的な郷愁と、コンパクトさゆえの物足りなさ。だが、これは間違いなくバンドの新章を告げる一枚であり、『Goodbye My Roots』というタイトルに恥じない、堂々たる決別の書だ。

締め

自分のルーツに、さよならを告げる。言うは易く、行うは難い。多くのバンドが、自分を売れさせてくれた武器にしがみつき、同じことを繰り返して緩やかに擦り切れていく。だがサスフォーは、まだ武器が輝いているうちに、あえてそれを鞘に納めた。速く弾けること、上手く弾けること。その誇りを手放して、彼らは「歌」を選んだ。ポケットいっぱいの、新しい歌を。ルーツを捨てた場所から、本当の意味での彼らの旅が始まる。さよならは、いつだって次の始まりだ。名古屋のこの4人が、次にどんな景色を見せるのか。ルーツを捨てた男たちの行き先を、しっかり見届けたい。

ではまた。