Jeepta|千葉のライブ怪獣が、消える前に置いていった1枚
『傾向と対策』。参考書みたいなタイトルだ。受験生が赤本と一緒に買うやつ。ロックバンドのファーストフルアルバムに、この地味で実務的な四文字を選ぶセンス。ここに、このバンドの正体が全部出ている。
Jeepta(ジプタ)。2004年12月、千葉県で石井卓(Vo/Gt)、サトウヒロユキ(Ba)、佐藤雅文(Gt)により結成。バンド名は絵本『しょうぼうじどうしゃじぷた』に由来する。名付け親は石井だ。千葉市の稲毛K’s Dreamを拠点に、年間100本近いライブをこなす叩き上げ。2006年7月にchoro(Gt)が加入し、ドラムには紅一点の青木奈菜子。この編成で2009年6月、インディーズレーベルMagnifiqueから放たれた初のフルアルバムが本作である。
全12曲。エンジニアは9mm Parabellum Bulletなどを手掛けた林純正。そして、この作品はバンドにとって初のオリコンチャート入りを果たした一枚であり、同時に青木奈菜子が在籍した最後の作品、インディーズ時代最後の作品でもある。
先に言っておく。これは「バンドが一番いい形で全部見せた」アルバムだ。そして、そのすぐ後に彼らは形を変えてしまう。だからこの12曲には、二度と戻らない編成の音が閉じ込められている。
アルバム全体の総評
このアルバムの核は、和と激情の混合比にある。
歌謡曲的な、日本人の耳に染みつく哀愁のメロディ。それを、テクニカルなギターとパンキッシュなリズムで殴りつける。CDジャーナルは「エモーショナルなサウンドを構築する激情と憂い」と評したが、まさにその通りだ。マスロック的な複雑さの影もちらつくが、根底にあるのはパンクへの愛着。だから小難しくならない。理屈より先に、感情が飛んでくる。
石井卓の声がいい。技巧派ではない。だが、言葉が直球で飛んでくる。あるリスナーが「言葉の一つ一つが聴くものの心に直球のように飛び込んでくる」と書いていたが、この評は的確だ。うまく歌おうとしていない。伝えようとしている。年間100本のライブで鍛えられた喉は、レコーディングでも客の顔を見ながら歌っているような温度を保っている。
構成も見事だ。既存曲の再録、ライブ会場限定音源の正式収録、新曲、そしてストリングスや弾き語りといった新機軸。バンドの過去と現在と未来を、12曲に詰め込んでいる。ファーストフルアルバムの理想形と言っていい。
ただ、その「全部入り」ゆえの散らかりも、正直ある。次の項で書く。
日々無情
1stミニアルバム『シナリオ』収録曲のリテイク。バンドの初期を代表する曲を1曲目に据える判断が、まず強い。過去の自分たちに再挑戦する形での幕開けだ。無情、という重い言葉を掲げながら、音は前へ前へと進む。この矛盾がJeeptaだ。
心
本作の顔。VMCのチャートで7位を記録し、初回盤にはこの曲のプロモーションビデオを収録したDVDが付いた。ライブ会場限定シングル「心とsorry」からの正式収録で、バンドが最も広く届いた瞬間の曲だ。タイトルが「心」の一文字。飾らない。だからこそ強い。これは刺さる。
sorry
「心」と対になる楽曲。謝罪の言葉を英語一語で置く。日本語で「ごめん」と書けば湿っぽくなるところを、sorryにすることで軽さと距離が生まれる。2曲続けての限定音源からの収録で、アルバム序盤の推進力を担う。
human
公式の紹介文では、それまでにないキャッチーなメロディーラインの曲と説明されている。つまり、この曲でバンドは意図的にポップの側へ手を伸ばした。激情バンドがキャッチーさを獲得しようとする瞬間は、だいたい面白い。ここは効いている。
六法全書
複雑な曲構成を持つ一曲。タイトルが六法全書である。法律の分厚い条文集を曲名にするセンスと、アルバム名『傾向と対策』の参考書感覚が、ここで完全に繋がる。硬質な言葉で構築される、バンドの技巧派としての顔。ライブでの再現難易度が高そうな一曲だ。
130
数字だけのタイトル。BPMなのか、何かの符丁なのか。この素っ気なさが、逆に想像を掻き立てる。アルバム中盤に置かれた、意味を説明しない曲。こういう余白のある曲が一つあるだけで、作品の奥行きは変わる。
虹
硬質なタイトルが続いた後の、一文字の「虹」。ここでアルバムの空気が明らかに変わる。六法全書の直後に虹が架かる並びは、たぶん狙っている。振れ幅の大きさこそがJeeptaの武器だ。
旅路
これも『シナリオ』からのリテイク。ライブの定番曲を、フルアルバム用に録り直した。旅路という王道のモチーフを、彼らの憂いのあるメロディで歌う。中盤の情感パートを支える一曲。
シナリオ
1stミニのタイトル曲にして、バンドの代表曲の再録。ここに置かれることで、アルバムは終盤へと大きく舵を切る。過去の名刺を、より鍛え上げた演奏で提示し直す。3曲のリテイクの中でも、これが最も重要な一曲だろう。
傾向と対策
表題曲。ここまでの9曲を経て、ようやくアルバムの名前を冠した曲が現れる構成だ。参考書のタイトルを掲げながら、歌われるのはたぶん人生の攻略法などではない。傾向を分析しても対策できないもの、それが人生であり音楽である。そういう皮肉が効いているとしたら、実に彼ららしい。
夢に見たこと
バンドが初めてピアノとストリングスのアレンジを導入した楽曲。激情型のバンドが弦を入れる瞬間には、必ず理由がある。終盤のこの位置で、音の景色が一気に広がる。あるリスナーが「深く豊かで心地よいサウンドと構成」と評したのが、表題曲とこの曲だ。挑戦が結実している。
the present song
弾き語りで幕を閉じる。全12曲、激情と技巧で駆け抜けた最後に、楽器を降ろして声だけを差し出す。この着地は勇気がいる。だが、これがあるからアルバムは「ただ激しいだけの作品」にならなかった。プレゼントであり、現在(present)でもあるタイトルの二重性も含めて、締めくくりとして完璧だ。余韻でノックダウンされた、という当時のリスナーの感想も残っている。
良かった点
第一に、振れ幅。六法全書のような複雑な構成から、弾き語りまで。ストリングスも導入する。12曲でこれだけの表情を見せながら、散漫にならず一本の芯が通っているのは、石井の声と言葉の強度ゆえだ。第二に、再録の使い方。ライブ定番曲3曲を録り直してフルに収めることで、初めてこのバンドに触れる人への完璧な入門書になっている。まさに『傾向と対策』だ。第三に、音の説得力。9mmなどを手掛けた林純正のエンジニアリングが、テクニカルな演奏の輪郭をきっちり立たせている。
物足りなかった点
一方で、その「全部見せ」が焦点を薄めている面は否めない。再録、限定音源、新曲、新機軸を全部詰め込んだ結果、アルバムとしての物語性より、名刺の束のような印象が残る。特に中盤、硬質な曲と叙情的な曲が交互に来る並びは、聴き手の体勢を何度も組み替えさせる。それと、当時の彼らのライブは年間100本を数える怪物ぶりだったと伝えられているが、その熱量が音源に完全に閉じ込められているかというと、まだ余白がある。この作品を聴いて「ライブが観たい」と思わせる時点で、音源としては半歩譲っているとも言える。
どんな人に刺さるか
9mm Parabellum Bulletが好きな人。これは明確に相性がいい。エンジニアが同じというだけでなく、和のメロディを激情とテクニックで鳴らすという設計思想が近い。加えて、2000年代後半の日本のインディーロック、ライブハウス叩き上げのバンドの音が好きな人。歌謡曲的なメロディに弱い人。そして、活動休止したバンドの「一番いい時期」を掘り起こすのが好きな人にこそ届く。逆に、洗練された録音と一貫したコンセプトを求める人には、少し粗く映るかもしれない。
評価
7点/10点
楽曲の粒は揃っている。振れ幅も、演奏も、言葉も、水準を超えている。だが、アルバムとしての一貫した物語より「名刺の束」に留まった点で、満点からは遠い。7点という数字は、この作品の弱さではなく、Jeeptaというバンドのポテンシャルの高さゆえの厳しめの採点だと受け取ってほしい。ライブで観たら、たぶん僕はこの点数を後悔する。そういう種類の7点だ。
締め
Jeeptaは2013年7月14日のMURO FESTIVALのライブをもって、無期限の活動休止に入った。本作の後、青木奈菜子は体調不良による離脱を経て、2009年10月24日のライブを最後に脱退。小笠原大悟が加入し、バンドはメジャーへと進んでいく。つまり『傾向と対策』は、あの5人でしか作れなかった最後の記録だ。
参考書のようなタイトルをつけた彼らだが、この12曲を聴いても、人生の傾向も対策もわからない。わかるのは、千葉のライブハウスで年間100本鳴らし続けた4人が、その時点で持っていたものを全部机の上に並べた、ということだけだ。傾向は分析できても、対策なんて立てられない。それでも鳴らす。そういうバンドの音が、ここにある。まだ聴いたことがないなら、1曲目から通しで。試験範囲は12曲だ。
ではまた。

