たまにある。「あの時のあれ、いま聴くとめちゃくちゃ早すぎたな」って音楽。

SOUL’d OUTがまさにそれで、この話はちょっとブログでやっておかないと気が済まないので書く。「時代が追いつかなかった伝説のグループ」みたいな扱い、ネット上でちらほら見るようになったけど、個人的にはちょっと違うと思っていて。時代が追いつかなかったというより、時代が一周してやっと隣に並んできた、という方が近い。彼らは止まったままで、世界が回ってきた。今回はそういう話。

まず、彼らが何者だったか整理しておく

Diggy-MO’、Bro.Hi、Shinnosukeの3人組。1999年結成、2003年1月の『ウェカピポ』でメジャーデビュー、2014年解散。SME Records所属。

ここで一個、最初に訂正しておきたいんだけど、ネットでは「無期限活動休止」と書かれていることが多い。正確には2014年に正式に解散している。2009年に各メンバーのソロ活動のために1年の活動休止を挟んでいて、これと混ざって覚えている人が多い印象。最後はShinnosukeの「私的な理由による脱退表明」を受けて、3人での活動継続が不可能になった、というのが公式の経緯。同年7月19日のラストライブで幕を下ろしている。

グループ名の由来も面白くて、「Soul would out(魂を放出する)」と「Sold out(売り切れ)」のダブルミーニング、と公式には言われている。ただShinnosukeが2024年にENCOUNTのインタビューで明かしているのが、「お世話になっていたディスコのDJの先輩が、まだ名前のなかった僕らに『SOUL’d OUT』って書かれた洋楽のレコードを見せて、お前ら使っていいぞ、と勧めてくれた」というエピソード。ジャケに書いてあった文字列を、命名儀式抜きで貰い受けた。この適当さ、嫌いじゃない。

メンバーの話を、もう少し人間として書いておく

ここから資料的に書くと退屈なので、3人それぞれをちゃんと「ひとり」として書く。

Diggy-MO’──クラシックピアノ10年の早口

S.Oの顔。「Diggy節」と言われる、メロディアスなのにタングツイスター(早口言葉)に振り切ったフロウ。ア、アラララァ、ア、アァ!というあの擬音シャウト。一度聴いたら絶対忘れない。

経歴がちょっと意外で、10歳からクラシックピアノを習っていて、美術系大学のデザイン科を出ている。ストリート発のラッパーじゃない。中学高校大学とバンドもやっていた。要するに、音感とコード理論と画面構成の素養を全部背負ったまま、HIPHOPに着地した人。Diggy-MO’のラップの「音楽として完成しすぎている」感じの正体はここにある気がしている。

最近の活動が、彼が何者なのかを一番よく示している。BanG Dream!発のヘヴィメタルバンドAve Mujicaのサウンドプロデューサー。ヒプノシスマイクの『そうぎゃらんBAM』作詞・作曲・編曲。ディズニー映画『モアナと伝説の海2』日本語版新曲挿入歌の訳詞。──アニメ・声優コンテンツ・ディズニー・メタルを縦横無尽に渡り歩いている。HIPHOPの中で完結する人じゃなかった、ということ。

Bro.Hi──ザ・ルーツのRahzelで人生変わった男、いま板前

ヒューマンビートボックス担当兼MC。ニュージーランドにホームステイ経験があって英語が達者で、これがS.Oの英詞濃度の高さに直結している。

ビートボックスを始めたきっかけは、The RootsのRahzel全盛期のライブ。これも本人がインタビューで何度も言っている。Rahzelを実際に観た日本人はそんなにいなくて、その衝撃を持ち帰って日本のメジャーシーンに反映させた──というのは、考えてみるとめちゃくちゃ早い導線。

そして、ここがいちばん書きたかったことなんだけど、Bro.Hiは2024年3月から東京都羽村市で食堂『四季菜』を経営している。自ら板前として握っている。デビュー前から板前を約7年経験していた人で、その延長線。バンドEdgePlayer改めE.P.Oのフロントマンも続けているので、二足のわらじどころか三足くらい。羽村は米軍横田基地が近くて外国人客も多いらしく、Bro.Hiの英語が活きる場所、というのも妙に納得感がある。

売れたラッパーが食堂やってる」って字面、いいですよね。ヤンキー漫画の最終話みたいで。

Shinnosuke──全体の屋台骨、Prince直系

サウンドの背骨。1975年4月23日生まれ、東京都出身、本名は高橋新之助、と本人プロフィールでオープンになっている。S.Oで唯一、公式に生年月日と本名を出している人。

影響源リストがえげつなく洋楽プロダクション直系で、Jam & Lewis、Timbaland、The Neptunes、Teddy Riley、Babyface、Rodney Jerkins、Nile Rodgers、Prince。90〜00年代のアメリカR&B/HIPHOPプロダクションのトップランナーをほぼ全網羅。S.Oの音が「日本のHIPHOPの内部進化形」ではなく「アメリカ式プロダクションを血肉化した上で日本語と接続したもの」に聴こえる理由は、完全にここに帰着する。

楽曲提供先も嵐、Every Little Thing、BoA、中川翔子、AZUとメジャーど真ん中。解散後はソロプロジェクトS’capade、声優・森久保祥太郎とのbuzz★Vibes、そして現在のgl∞be(globe)のキーボードとしても活動中。2016年からは尚美ミュージックカレッジの講師。

再結成については2024年のENCOUNT取材で「可能性はゼロではない」と言っている。ゼロではない、という言葉のニュアンスが、まさに彼っぽい。

なぜ「時代が追いつかなかった」と言われるのか

ここがこの記事の本題。

理由を整理すると、たぶん4つある。

ひとつ目は単純で、カラオケで歌えない。Diggy-MO’のフロウは英語ネイティブ並みの発音と子音タングツイスターで構築されていて、素人が歌うのは無理に近い。2000年代はカラオケ可不可がヒットの裏のKPIで、ここを越えられないと「みんなで歌う曲」リストから外れる構造があった。S.Oはそこに入らなかった。

ふたつ目、ジャンル越境のトラック。Shinnosukeのプロダクションは、HIPHOPを軸にしながらジャズ、ファンク、ロック、エレクトロ、ラテン、ボサノヴァ、80sダンスクラシックを継ぎ目なく接続する。Bro.Hi自身が2020年のインタビューで「洋邦問わずチャート音楽からアンダーグラウンド、クラシックや映画・ゲーム音楽まで幅広く聴いていた」「フィルターを通って生み出される作品は複雑だし、独自の面白さだったんじゃないか」と語っている。これは2024年現在の感覚だと「アリ」だけど、2005年だと「分類不能」で、メディアが扱いに困った。

3つ目、HIPHOPシーンの内部政治。2000年代前半の日本HIPHOPは「アンダーグラウンド=本物、メジャー=偽物」の二項対立がまだ濃くて、S.Oのようなメジャー大文字HIPHOPは批判対象になりやすかった。実際、K DUB SHINEの2004年の『なんでそんなに』には「変な曲 何語だそれ そうだそういや Sell Outの過去形」というラインがあって、これがS.Oをターゲットにしたディスだと言われている。S.O側は2か月後の5thシングル『1,000,000 MONSTERS ATTACK』のカップリング『ラジカルメッセージ〜Culture Of Destruction〜』でアンサーしている、という説が定着していて、当時の対立構造の中心に彼らはいた。

4つ目、これがいちばん本質だと思っているんだけど、同時代の比較対象がいなかった。KICK THE CAN CREW、RIP SLYME、Dragon Ash、HOME MADE家族、BENNIE K──同じメジャーHIPHOPの棚に並べられていたグループはあったけど、S.Oだけ明らかにベクトルが違った。みんなが「日本語ラップ+ポップ歌唱+キャッチーなフック」で陣地を取りに行っていた時に、S.Oは「アメリカ式プロダクション+英語比率高+技巧フロウ」で別の山を登っていた。比べるべき同時代の隣人がいない状態で、メディアは扱いに困り、リスナーは口コミの足場を失った。

これを総合すると、「時代が追いつかなかった」というよりは、S.Oが立っていた場所そのものが、当時の日本のポップ消費の地図に載っていなかった、というのが正確かもしれない。地図に載らなかったので評価軸が定まらず、結果的に売れ方も「同時代のヒット曲」の枠で評価され、本来あるべきカルチャー的評価が遅れて来た。

名盤を独断で並べる

ディスコグラフィーを全部追うのもアレなので、入り口になる3つだけ書いておく。

『SOUL’d OUT』(2003) ── 1stアルバム。新人デビューアルバムで約50万枚売れたという、いま思うと意味不明な数字を叩き出している。『ウェカピポ』『Flyte Tyme』『Dream Drive』『Shut Out』『Love, Peace & Soul』を収録。一発目から完成しすぎていて、後から聴くと逆にこわい。「最初の作品で全部やってしまった」感がある。

『ALIVE』(2006) ── 3rdアルバム。個人的にはここがピークだと思っている。『ALIVE』『TOKYO通信〜Urbs Communication〜』『イルカ』『Catwalk』収録。Diggy-MO’本人が「S.O史上一番クオリティの高い曲」と言ったTOKYO通信のアルバムバージョンを聴くためだけに買っても元が取れる。シングル版とアルバム版の作り込みの差が異常で、Shinnosukeの本気を浴びる体験ができる。

『ATTITUDE』(2008) ── 4thアルバム。『MEGALOPOLIS PATROL』『TONGUE TE TONGUE』『COZMIC TRAVEL』など3か月連続シングルを束ねた、技巧と総合力のピーク。月周回衛星「かぐや」公式サポートソング『COZMIC TRAVEL』を聴いて、2008年の日本宇宙開発の文脈にHIPHOPが食い込んでいたことを再認識すると、当時のS.Oの異常さが分かる

あと忘れちゃいけないのが、10周年記念ベスト『Decade』(2013)。これがS.Oを初めて通しで聴くのに一番効率がいい。ファン投票で選ばれた構成なので、エントリーポイントとしては理想的。

代表曲、最低限これだけは

ウェカピポ』(2003)。「Wake up, People!」のカタカナ表記。1stシングルにしてS.Oの代名詞。荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第7部スティール・ボール・ランに同名キャラクターが登場していることから分かるとおり、後にカルチャーアイコン化した曲。

1,000,000 MONSTERS ATTACK』(2004)。Creepy NutsのR-指定がラジオで「11歳ぐらいの頃、なか卯で家族と牛丼食ってる時に流れてきて衝撃を受けた」と語っていて、これがR-指定がHIPHOPを聴き始めた原体験になっている。いまの日本HIPHOPの中心にいる人を生み出した曲、という見方ができる。

COZMIC TRAVEL』(2007)。月周回衛星「かぐや」公式サポートソング。ペルセウス座流星群の星 No.9990に「SOUL’d OUT星」と命名されている、というよくわからない実績がある。宇宙にも刻まれた。

TOKYO通信〜Urbs Communication〜』(2006)。Diggy-MO’本人が「S.O史上最高クオリティ」と言った曲。理屈じゃなく聴くしかない。

Catwalk』(2006)。ジャケットイラストを荒木飛呂彦本人が描き下ろしている。キラークイーンの顔を持つ女性化されたメンバー3人。荒木がアーティスト本人のジャケを描いた例は極めて稀。

VOODOO KINGDOM』(2007)。劇場版『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』テーマソング。これはShinnosukeと荒木の親交から実現したコラボで、ジョジョ史上で邦楽アーティスト由来のキャラ命名コラボの第一号になった。

ジョジョ繋がりを2つも書いたのは偶然じゃなくて、荒木飛呂彦とS.Oの関係性は、彼らのカルチャー的位置づけを語る上でめちゃくちゃ重要だと個人的に思っているから。荒木さんに見出されていた、というのは結構な勲章。

再評価の話、ただし正直に書く

ここはちょっとフェアに書きたい。

国内では確実に再評価の波が来ていて、具体的には

  • 2022年6月、Twitterトレンドに「SOUL’dOUT」が突如出現(モノマネ動画とスタバ新作の「Sold out」誤変換が偶発的に重なったらしい)。Diggy-MO’本人が「ありがとうございますアッアrrrrアッアー」と擬音で反応している。この反応の速度と内容、もう完璧。
  • 2022年12月、NHKのど自慢で長崎県在住の28歳男性が『ウェカピポ』を歌唱して優勝した。これは普通に事件で、Bro.Hi本人が「ちょっ!ウチらのがベテランなのに〜笑、おめでとちゃんです」と祝福している。
  • 2024年8月27日、1stアルバム発売日に合わせてグループ公式TikTokが開設された。第1弾はウェカピポMV。解散から10年後にTikTok始めるグループ、いる?

これは紛れもなく再評価のうねり。一方で、海外バイラルの話は、正直に書いておくとちょっと誇張されている

英語圏でのS.Oの認知の中心は、明確に『ジョジョの奇妙な冒険』経由。荒木飛呂彦のキャラ命名が邦楽アーティスト由来として極めて稀だったため、海外のジョジョファンが「Wekapipoって曲名なのか!」と発見する流れが主導線。YouTube公式MVの英語コメント欄も、ほぼジョジョファンで埋まっている。「One of the best parts of Jojo’s is getting exposed to awesome bands I never would have encountered under any other circumstances」みたいなコメント。これはこれで素晴らしいんだけど、Pitchforkとかが取り上げたとか、Reddit主流で爆発したとか、そういう「英語圏発の自然発生的バイラル」ではない。

このへんを混ぜて「海外で再評価爆発中!」と書いてしまうと、ライターとしては誇張なので、「英語圏のジョジョコミュニティを核に、密度の高い再発見が起きている」くらいが正確だと思う。それでも十分に熱い現象だし、それ自体が彼らのカルチャー的レンジの広さの証明でもある。

で、まとめると何が言いたいかというと

冒頭に書いた話に戻る。

「時代が追いつかなかった」というフレーズ、SOUL’d OUTのことを語る時に便利だから使われがちなんだけど、これだとちょっと彼らを「不遇な被害者」みたいな位置に押し込めてしまう。実際の彼らは、デビュー作50万枚売って、武道館を埋めて、Mary J. Bligeの来日ツアーオープニングアクトを務めて、月周回衛星のサポートソングを書いて、荒木飛呂彦に愛された。不遇じゃない。むしろ全方位で勝ってる

ただ、彼らがやっていたことの意味が、当時の評価軸では汲み取れなかった。アメリカ式プロダクションを血肉化した上で日本語と接続する、というスタンスを、2004年の日本ポップス批評の言語で評価する語彙が無かった。だから売れたけどカルチャー的言説の中心に置かれなかった。それがいま、Creepy Nutsが日本HIPHOPの中心に立って、Diggy-MO’をリスペクト発言し、TikTokで若い世代が『ウェカピポ』を見つけ、NHKのど自慢でアラサーが歌って優勝する。評価軸の方が、ようやくS.Oの位置に来た、という構図。

時代が追いつかなかった、じゃない。S.Oがあそこに先に立っていただけ

そして3人とも、いまそれぞれの場所でちゃんと音楽を続けている。Diggy-MO’はAve Mujicaとモアナ、Bro.Hiは食堂とE.P.O、Shinnosukeはgl∞beと講師業。再結成は「ゼロではない」、らしい。ゼロではない、という言葉を、ずっと信じていたい派です、自分は。

聴いたことない人はとりあえず『ALIVE』からどうぞ。たぶん2曲目でビビります。

ではまた。