バンドの解散理由など、だいたい相場が決まっている。不仲、方向性の違い、セールス低迷、燃え尽き。「音楽性の違い」という便利な言葉の裏には、たいてい湿った人間ドラマが隠れている。

だが、日本のロック史にただ一組、まったく逆の理由で消えたバンドがいる。曰く——完全に出来上がってしまったから。人気は絶頂、評価は国内外でうなぎ登り、ライブは過去最高の充実。その頂点で、彼らは自らバンドを終わらせた。ゆらゆら帝国である。

今日はこの「完璧な状態での解散」という極北の美学を、結成の地下時代から、異常なまでの制作体制、最後のアルバム『空洞です』の正体、そして解散声明の一言一句まで、徹底的に掘り下げたい。長くなる。だが、この物語は端折るには惜しすぎる。

吉祥寺の地下、カセットテープの時代

始まりは1989年2月。大学2年生だった坂本慎太郎が、学友を誘って結成した。活動拠点は、吉祥寺の曼荼羅、高円寺の20000V。東京の地下シーンのど真ん中だ。当初から掲げていたコンセプトが「日本語の響きとビート感を活かした、日本独自のオリジナルロック」。この旗を、彼らは解散まで一度も下ろさなかった。

翌1990年、ベースに亀川千代が加入。長髪を垂らして直立する、あの異様な存在感のベーシストだ。1991年からは自主制作のカセットテープを次々と制作・販売する。「生き物万歳」「砂糖人間」「お花もどき」——タイトルからしてすでに、どこかいびつでユーモラスな世界観が漏れ出している。1992年にインディーズから1stアルバムを出し、ドラムの柴田一郎を含むトリオ編成へと収斂しながら、ヒッピー風の風貌とディープなサイケデリックサウンドで、中央線沿線のカリスマへとのし上がっていく。

そして1998年、アルバム『3×3×3』でメジャーデビュー。「発光体」「ゆらゆら帝国で考え中」「ラメのパンタロン」といったキャッチーで勢いのあるナンバーを連発したこの中期は、彼らの一般的な知名度が最も高まった時代だ。歌謡曲のいかがわしさとガレージの衝動が混ざった、誰にも似ていない日本語ロック。気づけば彼らは、地下の帝国から、シーン全体を見下ろす存在になっていた。

メジャーの中の、完全なる自治区

ここで、あまり知られていない重要な話をしたい。ゆらゆら帝国の制作体制は、メジャーのバンドとして異常だった。

彼らのサウンドは、坂本とプロデューサーの石原洋が方向性を詰め、エンジニアの中村宗一郎が「だったらこうする?」と提案し、納得がいくまで実験を重ねて作られていた。ベーシックの録音が終われば、あとはほぼこの3人だけで音を練り上げる。そして驚くべきことに、完成したマスターを渡すまで、メンバーと制作チーム以外は誰も音を聴いていない。レコード会社の人間にすら、できたものを渡すだけ。

中村宗一郎の証言によれば、「自分たちだけで作る」ことこそが、彼らがメジャーでやるための条件だったという。つまりゆらゆら帝国は、メジャーの資本の中に、完全な自治区を築いていたのだ。口を出されない代わりに、すべての責任を自分たちで負う。この徹底した自己完結が、あの誰にも似ていない音の純度を守り、そして後の「誰にも忖度しない解散」を可能にした。体制からして、すでに彼らは普通のバンドではなかった。

『空洞です』——「ないない尽くし」の到達点

すべての鍵は、2005年の『Sweet Spot』を経て、2007年10月にリリースされた『空洞です』にある。

このアルバムが、いかに異常か。当時の音楽メディアの評を借りれば、こうだ。アルバム全体の起承転結は、ほぼ皆無。肉体的なカタルシスやダイナミズムとも一切無縁。8ビートや3コードといったロックの定型も完全に無視。そもそも、ギターソロすらない。ないない尽くし。それなのに、どうしようもなく心を惹きつけられる——。

ほぼ全曲がクリーントーンのギターで演奏され、アップテンポの曲ですら劇的な展開を迎えることなく、一定の生ぬるいテンションのまま進んでいく。歌詞もまた空洞だ。「できない」「あえて抵抗しない」といった言葉が並び、ある種の諦観が漂う。サウンドも空洞、歌詞も空洞。熱くもなければ冷たくもない。ある評者はこの作品の革新性を、「熱がない(=冷たい)」のではなく「温かいとも冷たいとも言えない温度感」に到達した点に見出している。

ロックは足し算の音楽だ。音を重ね、熱を上げ、カタルシスへ向かう。ゆらゆら帝国は、その全部を引き算した。そして引き算の果てに、空洞そのものを鳴らした。映画『愛のむきだし』の主題歌にもなった表題曲「空洞です」、そして「上品なクソがいい」という強烈な歌い出しで聴く者の脳を揺さぶる「美しい」。このアルバムは今や、邦楽ロックの名盤談義にほぼ必ず登場する一枚であり、音楽マニアからの評価が最も高い時代の頂点に立つ作品だ。

バンドは、長年追い求めた「日本独自のロック」の極限に、ここで触れてしまった。そして、それが命取りになる。

解散声明——「完全に出来上がってしまった」

2010年3月31日、ゆらゆら帝国は公式サイトで突然解散を発表する。解散ライブなし。お別れツアーなし。あったのは、坂本慎太郎による一通の文章だけだった。その内容が、ロック史に残る。

坂本は綴っている。解散の理由は、結局『空洞です』の先にあるものを見つけられなかったということに尽きる。ゆらゆら帝国は完全に出来上がってしまったと感じた、と。実際、前年には新曲を作り、旧曲のライブアレンジで新たな試みを重ね、この「出来上がってしまった感」「安定感」をなんとか打破しようと試行錯誤していたという。だが、次のアルバムに繋がるワクワクする感覚は、ついに訪れなかった。

そしてメンバーで話し合い、「この3人でやれることは全てやり切った」「これ以上続けてもルーティンワークになるだけ」という結論に、全員が納得して至った。当時の声明には、バンドが過去最高に充実した状態、完成度にあると感じたため、という言葉まで添えられていた。

過去最高に充実しているから、解散する。論理が、完全に倒錯している。だが彼らの中では一本筋が通っていた。ワクワクしない音楽を、惰性で鳴らし続けること。それは彼らにとって、解散よりもはるかに大きな死だったのだ。

なぜ、これが「極北」なのか

多くのバンドは、頂点を過ぎても続く。それ自体は悪ではない。だが結果として、かつての名曲を再演する装置になり、新作は常に過去の傑作と比べられ、ファンとともに緩やかな下り坂を降りていく。それもひとつの誠実さではある。

ゆらゆら帝国は、その下り坂を全否定した。頂点に立った瞬間に、自分で舞台の電源を落とした。だから僕らの記憶の中で、彼らは永遠に登りつめたままだ。劣化も、停滞も、自己模倣も、一切記録されていない。完璧な状態のまま、時間が凍結されている。

この決断の重さを考えてみてほしい。メジャーの中に自治区を築き上げ、国内外の評価を獲得し、2005年にはニューヨーク公演を成功させ、結成20周年の2009年には日比谷野音を満員にした。捨てるものが最も大きいタイミングで、最も潔く捨てた。プライド、自己への厳しさ、引き際の美学——その全部が揃わないとできない芸当だ。だから「極北」と呼ぶしかない。

帝国の死後も、帝国は生きている

興味深いのは、解散後の彼らの「生き方」だ。

普通、解散したバンドは緩やかに忘れられていく。ところがゆらゆら帝国は逆だった。解散後も写真展や爆音上映会が開催され、人気はまるで衰えない。解散から10年後の2020年3月には、5本のMVがYouTubeで公開され、新しい世代のリスナーに「発見」され続けている。CMに楽曲が起用されたこともある。死んだはずの帝国が、文化として生き続けているのだ。完璧な状態で封印されたからこそ、開けるたびに新鮮なまま香り立つ。皮肉なことに、解散こそが彼らを不滅にした。

そして坂本慎太郎本人は、2011年に自身のレーベル「zelone records」を設立し、ソロへ移行する。1st『幻とのつきあい方』は、コンガやマラカスが揺れる脱力した歌謡ファンクとでも呼ぶべき作品で、ゆら帝のヒロイックな轟音とは別世界。これが海外でもリリースされ、国外のミュージシャンからも厚い支持を受けた。以降も作品を重ね、2017年にはドイツでライブ活動を再開。つまりあの解散は、終わりではなく、稀代の作家が次の人生へ移るための脱皮だった。帝国を完璧な姿のまま標本箱に納め、本人は身軽になって歩き出したのである。

おすすめCD——帝国への入り口はこの3枚+1枚

『空洞です』(2007年)——まず頂点から飛び込め

変則的だが、最高到達点から入ることを薦める。これがバンドを解散にまで追い込んだ「完成形」そのものだからだ。起承転結なし、カタルシスなし、ギターソロなし。なのに、一度ハマると抜け出せない。「ないない尽くし」の音楽がなぜこれほど中毒的なのか、自分の耳で確かめてほしい。表題曲「空洞です」のあの浮遊感と、「美しい」の人を食ったような歌詞。これが日本語ロックの、ひとつの臨界点だ。

『3×3×3』(1998年)——キャッチーで凶暴な中期の入り口

メジャーデビュー作にして、彼らの「わかりやすい凄さ」が詰まった一枚。「発光体」のようなキャッチーで勢いのある楽曲はこの時期の真骨頂で、一般的な知名度が最も高いのもこの中期だ。『空洞です』の静謐とは対極の、ガレージサイケの熱と歌謡曲的ないかがわしさ。同じバンドの両極を聴き比べたとき、彼らが歩いた距離の長さに眩暈がするはずだ。

『Sweet Spot』(2005年)——空洞へ向かう途中の傑作

『空洞です』の2年前、移籍後にリリースされた作品。熱を帯びた中期から、引き算の後期へ。その移行の途中にしか存在しない、絶妙な均衡がここにある。完成形に至る助走として聴くと、『空洞です』の異常さがより立体的に見えてくる。ニューヨーク公演など海外活動を本格化させた時期の充実が、音に刻まれている。

坂本慎太郎『幻とのつきあい方』(2011年)——帝国のその後

ゆら帝を聴き終えたら、必ずここへ。バンドという鎧を脱いだ坂本の、脱力しきった歌謡ファンク。「完璧に終わらせた人」が次に何を鳴らしたのか。その答えがこの一枚だ。解散が逃避ではなく脱皮だったことを、音そのものが証明している。

まとめ——終わり方こそが、最大の作品だった

整理しよう。ゆらゆら帝国は、吉祥寺の地下から「日本語のオリジナルロック」を掲げて登りつめ、メジャーの中に完全な自治区を築き、『空洞です』で日本語ロックの臨界点に到達した。そして「完全に出来上がってしまった」「これ以上はルーティンになる」という、倒錯しているのに完璧に筋の通った理由で、人気絶頂の2010年に自ら幕を引いた。

思うに、あの解散自体が、彼らの最後にして最大の作品だったのだ。どんなバンドも逃れられない劣化と惰性を、彼らは一度の決断で永遠に回避した。だから僕らはいつでも、最高の状態の帝国に会いに行ける。下り坂のゆらゆら帝国を、この世界の誰も知らない。

何かを完璧な状態でやめる勇気。それは、続ける勇気よりも、たぶんずっと重い。次に『空洞です』を再生するとき、その音の完成度と、それをためらいなく手放した3人の覚悟を、同時に味わってみてほしい。空洞の奥から、ただの名盤では済まない何かが、確かに聴こえてくるから。

ではまた。