映画のエンドロールが流れ始めたら、それは終わりの合図だ。席を立つ人がいる。照明が点く準備が始まる。物語はもう動かない。

だからアルバムに『END ROLL』と名前をつけて、9曲目に「end roll」という曲を置いたなら、そこで終わるのが筋である。

Rudoは終わらせなかった。

エンドロールの後に、10曲目「とある歌」がある。

このアルバムを聴いていて、僕が最初に「あ、こいつら分かってやってるな」と思ったのが、この一点だった。

神戸・六甲、2020年結成の4人組。里成輝(Gt/Vo)、小林香月(Gt)、神田隆克(Ba)、寶田宗(Dr)。読みはルド。

この作品はメンバー全員が大学を卒業するタイミングで出されている。タイトルに込められた意味は、好き放題生きてきた夢のような学生生活の終わり、そして新たな始まり。

つまり、これは卒業アルバムである。

総評「サブスクネイティブ世代が、あえて4ピースを鳴らす」という選択

このバンドの立ち位置を説明する上で、公式の紹介文が的確だった。

デスクトップであらゆる形態の音楽がクリエイトできるこの時代に、スタンダードな4ピースを純粋無垢なバンドサウンドで鳴らす4人組。サブスクネイティブ世代による新しい価値観を提示する全10曲。

ここが重要だ。

2020年に結成されたバンドである。コロナ禍のど真ん中で、ライブハウスがまともに動いていない時期にスタートしている。しかもメンバーは全員、生まれた時からインターネットがあり、物心ついた頃にはサブスクで何でも聴けた世代だ。

そういう人間が、宅録でもDTMでもなく、ギター2本とベースとドラムという、40年以上変わっていない編成を選んだ。

この選択には、明確な意思がある。

だから「懐かしい」とか「王道」といった言葉でこのバンドを片付けるのは的外れだ。彼らにとって4ピースのバンドサウンドは、継承した伝統ではない。数ある選択肢の中から能動的に選び取った、ひとつの形式である。

その前提で聴くと、このアルバムの手触りが変わってくる。

なお活動歴を整理しておくと、2020年に1stアルバム『6』、2021年に2ndアルバム『賽を振る』、2022年にEP『live』と、自主制作でコンスタントに音源を出してきた。全国流通はこの『END ROLL』が初となる。メンバー全員が現役大学生でありながら、サッカーJ2のレノファ山口のメインスポンサーである企業のCMに楽曲提供も行っていた。

学生バンドという言葉から連想される牧歌的なイメージとは、実態がかなり違う。

1曲ごとの感想

なお個別の再生時間は資料で確認できなかったため、本稿では記載していない。

Film

インストゥルメンタル。1曲目がインストで始まる。

そしてタイトルが「Film」だ。映画のフィルム。アルバム名が『END ROLL』であることを踏まえれば、これは明確に「これから1本の映画が始まりますよ」という宣言である。

歌のないトラックを頭に置くのは、尺の面では贅沢だが、構成の面では極めて有効だ。10曲入りのうち1曲を導入に使い切る覚悟が、このバンドにはある。ここは刺さる。

なお前作『賽を振る』でも1曲目が「dress code(instrumental)」だった。インスト始まりはこのバンドの型らしい。

period

先行シングル。リリックビデオが公開された、実質的なリード曲である。

そしてタイトルが「period」、終止符だ。1曲目が映画で、2曲目が終止符。アルバムの冒頭2曲で「始まり」と「終わり」の記号を並べてしまっている。

普通、リード曲にはもっと開けた、間口の広いタイトルをつける。それをやらずに終止符を持ってきた。卒業をテーマにした作品として、最初から腹が決まっている。

左手

漢字2文字。身体の部位。

前2曲が英語の抽象語だったところに、いきなり具体的な「左手」が来る。この落差の作り方は意識的だろう。多くの人にとって左手は利き手ではない。主役ではないほうの手。そこに注目するタイトルの付け方に、このバンドの視線の低さが出ている。

薄明

これも漢字2文字。夜明け前、あるいは日没後の、うっすらとした明るさを指す言葉。

注目すべきは、この曲が2020年の1stアルバム『6』にも収録されていたという点である。つまり結成初期からある曲を、全国流通盤にあたる本作で改めて出している。

3曲目、4曲目と漢字2文字が並ぶ配置も含めて、序盤から中盤への移行地点として機能している。

Everglow

造語的な英語タイトル。ever(永遠に)とglow(輝く)。

10曲の真ん中に、永遠に輝く、という言葉を置いた。学生生活の終わりを描く作品の中心に、消えない光の話がある。構成として、これ以上ないほど分かりやすい。分かりやすすぎる、という見方もできる。

JACKAL

この曲、2021年の2ndアルバム『賽を振る』にも収録されていた曲。前作からの再録が2曲目の登場となる。

肉食獣の名前をアルバムの後半戦の頭に置く。ここでアルバムの牙が一度剥き出しになる位置づけだと読める。

BANANA FISH

これも全部大文字。そしてMVが制作されている曲だ。

タイトルはサリンジャーの短編に由来する言葉で、日本では同名の漫画作品でも広く知られている。若い書き手がこの単語を選ぶとき、そこには必ず何らかの参照が働いている。

ただし、その参照を明かさないまま曲名にしてしまう度胸のほうを、僕は買う。6曲目「JACKAL」と並べて、後半に固有名詞的な強いタイトルを2つ配置する設計になっている。

少年

そして「少年」。

漢字2文字が3曲目、4曲目と続いた後、終盤でもう一度2文字に戻ってくる。しかも「少年」。

これが8曲目にあることの意味は大きい。大学を卒業する人間が作ったアルバムの、終わりの手前で、少年という言葉が出てくる。もう少年ではない場所から、少年を振り返っている。

ここは効いている。

end roll

タイトル曲。ただし表記は全部小文字で「end roll」。

アルバム名が大文字の『END ROLL』で、収録曲が小文字の「end roll」。同じ言葉を、大きさを変えて2回使っている。これは偶然ではないはずだ。

作詞作曲は里成輝。歌詞は夜の情景から立ち上がっていく。

普通ならここで終わる。9曲目が表題曲で、エンドロールが流れて、幕が下りる。実際、聴き手もそう身構える。

とある歌

だが終わらない。

エンドロールの後に、まだ1曲ある。しかもタイトルが「とある歌」だ。

固有名詞ですらない。特定されない、どこにでもある歌。表題曲という大きな1曲を通過した直後に、名前のない歌が置かれている。

この配置が、このアルバムでいちばん優れた判断だと思う。

映画は終わった。学生生活も終わった。それでも、その後にとある歌が鳴っている。誰のものでもない、特別でもない、ただの歌が。

大袈裟な終わり方を避けて、小さく灯して終わる。1stフルアルバムの締め方として、これは正しい。

良かった点

まず、構成の設計だ。

1曲目にインストの「Film」を置いて映画の始まりを宣言し、9曲目の表題曲でエンドロールを流し、10曲目の「とある歌」で幕が下りた後の時間を描く。この三段構えは、10曲43分という規模の作品として非常によく練られている。

しかも2曲目に「period」という終止符を持ってきている。始まりの直後に終わりを置いて、その後に8曲かけてもう一度終わりへ向かう。時間の扱い方が単線的ではない。

次に、タイトルの言語設計。

英語の抽象語(Film、period、Everglow)、漢字2文字(左手、薄明、少年)、全部大文字の固有名詞(JACKAL、BANANA FISH)、そして小文字の表題曲と、ひらがな混じりの「とある歌」。表記の種類を意図的に散らして、10曲を一つの言語空間として組んでいる。

これは偶然できるものではない。

そして、卒業というテーマから逃げていないこと。

大学卒業のタイミングで1stフルを出す学生バンドは、たいていその事実を隠すか、あるいは過剰に感傷的に扱う。Rudoはタイトルで正面から名乗った。

好き放題生きてきた夢のような学生生活の終わり、と自分たちで言い切っている。この開き直りは強い。

物足りなかった点

正直に書く。

コンセプトが明快すぎる。

エンドロール、終止符、薄明、少年、とある歌。この語彙の並びを見た時点で、聴き手はアルバムの筋書きをほぼ読み終えてしまう。実際に聴いても、その予想を大きく裏切る展開はない。

構成が優れているというのは前述の通りだが、優れた構成は同時に「見えやすい構成」でもある。仕掛けが分かりやすいぶん、驚きが少ない。

ここは惜しい。

もうひとつ、再録の扱い。

4曲目「薄明」は1stアルバム『6』から、6曲目「JACKAL」は2ndアルバム『賽を振る』からの再登場だ。全国流通盤として過去曲を届け直す意図は理解できるし、初めて出会う人には親切な判断でもある。

ただ、10曲という決して多くない枠の中で2曲を過去曲に使っているぶん、新曲だけで構成された場合の姿がどうだったのかは、正直気になる。

そして最後に、これは注文に近い。

このバンドが「あえて4ピースを選んだ世代」であることは、紹介文でも強調されているし、実際そこに意思がある。だが、その選択の必然性が音そのものからどれだけ伝わってくるかというと、まだ弱い。なぜDTMではなく4人でなければならなかったのか。その答えは、次の作品で聴かせてほしい。

どんな人に刺さるか

大学を卒業する直前、あるいは卒業した直後の人。学生生活が終わることを、まだうまく言語化できていない人。そして、コンセプトアルバムの構成を追いながら聴くのが好きなタイプのリスナー。

逆に、荒々しさや逸脱を求める人には物足りない。このアルバムは、行儀がいい。行儀がいいことを選んで作られている。

評価

7.4点。

構成の設計、タイトルの言語感覚、そしてエンドロールの後にもう1曲置く判断。1stフルアルバムとして、やるべきことを分かってやっている。

減点は、コンセプトの見えやすさと、再録2曲を含む編成。あと1曲、この筋書きを裏切る異物があれば、評価はもう一段上がっていた。

名盤ではない。だが、次が気になる1枚だ。

締め

その後のRudoは止まっていない。2024年に「Scarlet」、2025年3月10日にEP『blanco』をリリースしている。学生生活のエンドロールが流れた後も、ちゃんと続いている。

考えてみれば、当たり前のことだ。

映画のエンドロールは終わりの合図だが、現実の人生にエンドロールは流れない。卒業式の翌日も、同じように朝が来る。

だからこのアルバムは、9曲目で終わらなかったのだと思う。終われなかった、と言ってもいい。

エンドロールが流れきった後の、誰も座っていない客席で、まだ小さく鳴っている、とある歌。

そこにこのバンドの本体がある。

聴くなら1曲目から順番に。9曲目で席を立たずに、最後まで座っていてほしい。

ではまた。