MTVがロックを救い、そして殺した話
2025年12月31日、イギリスでMTVの音楽専門チャンネルが、その放送を終えた。MTV Music、MTV 80s、MTV 90s、Club MTV、MTV Live。24時間ミュージックビデオを流し続けた5つのチャンネルが、一斉に消灯した。アイルランド、ドイツ、フランス、オーストラリア、ブラジルなど各国でも同様だ。旗艦のMTVチャンネル自体は残るが、流れるのは主にリアリティ番組。つまり、音楽を流すMTVは、事実上この日に死んだ。
そして、最後に流されたビデオが何だったか。バグルスの「Video Killed the Radio Star(ラジオ・スターの悲劇)」。1981年8月1日、MTVが開局した瞬間に一番最初に流したのと、同じ曲だ。
ビデオがラジオスターを殺した、と歌う曲で始まり、同じ曲で終わる。44年かけて描かれた、これ以上ないほど皮肉な円環。今日はこの円環の内側で何が起きたのか、つまりMTVがいかにロックを救い、そしていかに殺したのかを、順番に書いていく。
救済その1: 音楽に「第三の道」を与えた
1981年8月1日午前0時すぎ、「Ladies and gentlemen, rock and roll」の一声とともにMTVは開局した。24時間、ミュージックビデオだけを流し続ける専門チャンネル。最初にオンエアされた10曲には、バグルスに続いてパット・ベナター、ザ・フー、プリテンダーズ、REOスピードワゴンらが並んだ。ロックの局として、MTVは産声を上げたのだ。
これが何を救ったか。当時の音楽産業のプロモーション手段は、実質二つしかなかった。ラジオと、ドサ回りのライブツアーだ。無名バンドが全国区になるには、膨大な時間と資金と体力が要った。そこにMTVは第三の道を作った。印象的なビデオを一本作れば、ツアーで何年もかけて稼ぐ知名度を、一瞬で獲得できる。レコード会社にとってMTVは、まったく新しいプロモーションメディアになった。
この恩恵を最初に食い尽くしたのが、ビジュアル戦略に長けたイギリスの若手たちだ。デュラン・デュランやカルチャー・クラブといった英国勢がアメリカのチャートを席巻した「第二次ブリティッシュ・インヴェイジョン」は、MTVがなければ起こらなかったムーブメントと言われている。ラジオでは伝わらない、髪型も衣装も含めた「バンドの世界観」を丸ごと売れる時代。音楽は聴くものから観るものへと変わり、停滞気味だったロックのマーケットは一気に若返った。これが第一の救済だ。
救済その2: ただし、その救済は歪んでいた
だが、正直に書かねばならない。初期のMTVが救った「ロック」は、恐ろしく狭いロックだった。
開局当初のMTVは、ロック中心の編成を理由に、黒人アーティストのビデオをほとんど流さなかった。有料ケーブル局だったMTVの主要顧客は、10代の子を持つ比較的裕福な白人家庭。その顔色を伺った上層部は、マイケル・ジャクソンのビデオすら「ロックじゃないから」という理由で拒否したのだ。これに所属レーベルのCBSレコードが激怒し、マイケルのビデオを流さないなら全アーティストのビデオを引き揚げる、と迫った。ロックというジャンル名が、人種の壁の言い訳に使われていた。恥ずべき歴史だ。
壁を壊したのは、結局、音楽の力だった。1983年、「Billie Jean」がMTVでヘビーローテーションされると、視聴者は爆発的に増え、編成方針そのものが転換する。黒人アーティストの露出は急増し、プリンスやホイットニー・ヒューストンが活躍する道が開けた。皮肉なことに、ロックの砦を自称したMTVは、ロックの独占をやめた瞬間に本当の帝国になったのだ。そしてこの帝国は90年代、ニルヴァーナのような新しい世代のロックを世界中の茶の間へ届ける装置としても機能した。ロックにとってMTVは、間違いなく最強の拡声器だった。
殺害その1: 音楽を「映像の添え物」にした
では、その拡声器はいつからロックの首を絞め始めたのか。
答えは、たぶん最初からだ。「Video Killed the Radio Star」を開局一発目に流した時点で、MTVは自分たちの正体を告白していた。ビデオはラジオスターを殺す。つまり、映像の時代には、映像映えしない才能が殺される。
MTV以降、音楽産業の価値基準は決定的に変わった。曲が良いかどうかの前に、画になるかどうか。ルックス、ダンス、ファッション、MVの予算。音だけで勝負してきた不器用なミュージシャンたちは、市場の中心から静かに追いやられていく。ロックが本来持っていたはずの「見てくれなんか知ったことか」という精神は、MTVの画面の中では商品価値ゼロだ。ロックを救った拡声器は、同時に、ロックの美学の根っこを腐らせる農薬でもあった。曲を書く前にスタイリストを探すバンドが生まれた時点で、何かが確実に死んでいた。
殺害その2: MTV自身が、音楽を捨てた
そして決定打は、MTV自身の変節だ。
90年代以降、MTVは徐々に音楽番組の比率を下げ、リアリティ番組へと軸足を移していく。ミュージックビデオがインターネットへ移行すると、その傾斜は決定的になった。かつて「Music Television」を名乗った局のゴールデンタイムから、音楽が消えていく。若者たちがビデオを観る場所は、テレビからYouTubeへ、そしてTikTokへ。MTVは音楽の家であることをやめ、音楽はMTVを必要としなくなった。
2025年の音楽チャンネル一斉閉鎖は、親会社の再編とコスト削減の一環と説明されている。だが本質はもっと単純だ。24時間ミュージックビデオを流すチャンネルを、もう誰も観ていなかった。それだけのことだ。ラジオスターを殺したビデオスターは、今度は配信とアルゴリズムに殺された。因果は巡る。
円環の外側で
さて、結論だ。MTVはロックを救ったのか、殺したのか。
両方だ、というのが答えになる。MTVはロックに史上最大の拡声器を与え、世界中の寝室にギターの音を届けた。同時に、音楽を映像の添え物に変え、見た目の市場価値がサウンドを支配する時代の扉を開けた。救済と殺害は、同じ一つの行為の裏表だった。メディアとは、そういうものなのだと思う。
ただ、最後に一つだけ希望のある話をしたい。MTVの音楽チャンネルは死んだが、ロックは死んでいない。ラジオの時代が終わってもロックは生き延びたし、MTVの時代が終わった今も、世界中のライブハウスで爆音は鳴っている。メディアは音楽を運ぶ器にすぎず、器が割れても中身は次の器へ流れ込む。ラジオからビデオへ、ビデオから配信へ。器を殺すのはいつも次の器で、音楽そのものは一度も殺されていない。
「Video Killed the Radio Star」で始まり、同じ曲で終わった44年。次に殺されるのはどの器か。それを見届けるまで、僕らはただ、いい音楽を聴き続ければいい。
ではまた。

