透明な音を出すバンドは、逃げられない。

歪ませて轟音で塗りつぶせば、演奏の粗も歌詞の甘さも曲の骨格の弱さも、全部ノイズの下に沈められる。シューゲイザーが未熟さの避難所として機能してしまうのはそのためだ。だが音を透明にした瞬間、全部見える。息継ぎも、ベースの粒立ちも、歌詞の一行が持つ強度も、隠せない。

高知県出身、現在は大阪を拠点にする4人組、RIP DISHONOR。読みはリップディサナー。2018年11月結成。シモダトキノリ(Gt.Vo)、イセキユウト(Gt)、ふー(Ba)、にゅーとん矢野川(Dr)。公式が掲げる平均年齢は19.3歳。

その4人が、1stアルバムで裸になる方を選んだ。

2025年7月23日にCD発売、配信は曲ごとに小出しにされて8月20日にようやくアルバムとして揃う、という変則的な出し方をされた12曲・約46分。『voyage.』。

これは名盤ではない。だが、無視していい作品でもない。

総評 ── 「勢い」で押してこない10代のバンド

まず言っておく。このバンドは、10代のバンドに期待されがちなものを一切くれない。

初期衝動の爆発も、演奏の危うさも、勢いでねじ伏せるタイプの押しの強さもない。代わりにあるのは、同期を使い、バンドサウンドの隙間を緻密に埋めて、どこまでも透明度の高いポップを構築しようとする、異様に冷静な設計思想だ。関西の音楽キュレーター遊津場がOTOTOYに寄せたレビューでも、キラキラした質感、ときにピコピコする電子的な処理、バンドという枠を越えようとするクリエイター気質が指摘されていた。

作詞・作編曲をギターのイセキユウトが一手に担い、シモダトキノリが歌う。書く人間と歌う人間が分かれている編成だ。これ、日本のインディーではそこまで多くない。書き手が歌い手の声質を外から観察して曲を設計できる、という構造上の利点が確実にある。この盤の楽曲の粒の揃い方は、たぶんそこから来ている。

つまりこれは、19歳が作った「よくできた作品」だ。

そして僕がいちばん引っかかるのも、まさにそこである。よくできている。よくできすぎている。

ラブイズオーバー

新曲。そしてこの配置が全てだ。終わりの歌で幕を開ける。ここでリスナーは「これはハッピーな青春盤ではない」と即座に理解させられる。1stアルバムの1曲目に代表曲でも景気のいい曲でもなく、恋の終わりを持ってきた判断は、賭けとして相当に重い。これは刺さる。

フレームアウト

既発シングル。2分44秒、アルバム中で2番目に短い。1曲目の重さを短尺で断ち切って前に進める役割で、機能としては完璧だ。ただ既発をこの位置に置いたことで、序盤の推進力を過去の曲に頼っている構図にはなっている。

私じゃない夜に。

バンドの主要曲のひとつを3曲目に配置。ここでようやく既存リスナーが安心する場所が来る。1曲目で突き放して、2曲目で走って、3曲目で握手する。序盤の3曲の設計、明らかに計算されている。

アメージング・グレイス

新曲。あの賛美歌と同じ名前を、19歳が自分の曲につける。この図太さは買う。ただし、これだけ強い固有名詞を借りるということは、曲がその名前に負けた瞬間に一気に安く聞こえるリスクも同時に背負うということだ。表記が「アメージング・グレース」とされている資料もあり、正式表記はこちらで断定できなかった。

voyage.

表題曲がど真ん中の5曲目。頭でも最後でもない。航海の途中、という読み方をするならこれ以上ないほど文学的な置き方で、アルバムの重心が明確にここにあることを示している。前述の遊津場のレビューでは、この曲と「最低」を夜の照明が似合う曲として挙げていた。ちなみに再生回数は1149回と収録曲中で最も少ない。表題曲がいちばん聴かれていない、という状況が、この作品のリリース形式の歪さをそのまま表している。

春時雨

再生回数2.5万回の既発曲。アルバムのちょうど折り返し地点に主要曲を置いて、後半へ入る前に一度大きく息を吸わせる配置だ。前半と後半の継ぎ目としては理想的な仕事をしている。

来世でも見つけない

後半の入口。タイトルの否定形が効いている。来世でも見つける、ではなく、見つけない。この一語の選択には、若さの甘さではなく、はっきりした意志がある。4分35秒はアルバム中2番目に長く、ここから終盤にかけて曲尺が伸びていく流れの起点でもある。

最低

新曲にして最短の2分43秒。前後を4分半級の曲に挟まれた場所に、この長さでこのタイトルの曲を差し込んでいる。透明で美しい音を積み上げてきたアルバムの中で、ここだけ明確に自己嫌悪の側に振れている。爽やかギターロックの棚から半歩、足を踏み外している瞬間で、僕はこの半歩に一番惹かれた。

18

再生回数5.3万回。収録曲中で圧倒的に聴かれている代表曲を、9曲目に置いた。冒頭で書いた通り、ここが曲順設計の核心だ。そして内容の面でも効いている。平均年齢19.3歳のバンドにとって、18はついこの間まで居た場所で、もう戻れない場所でもある。それを終盤に配置するのは、早すぎる回顧ではなく、10代が終わることへの正確な自覚だと僕は読む。

アイヲライト

新曲。4分39秒でアルバム中2番目に長い。カタカナの造語をタイトルにするセンスは、このバンドの言語感覚がいちばん出ている場所かもしれない。終盤で尺の長い曲を連投してくる構成は、聴き手の集中力を試す作りでもある。ここは正直、賛否が割れると思う。

ラブストーリー

EP『scene.』からの再録組で、5分6秒とアルバム最長。そして曲名がラブストーリー。1曲目が「ラブイズオーバー」で、11曲目が「ラブストーリー」。終わりから始めて、物語に辿り着く。この対称構造に気づいた瞬間、このアルバムの見え方が変わる。既発曲を再録してでもこの位置に置きたかった、という執念すら感じる。

ヒカリ

そして光で終わる。「ヒカリ」というタイトルは邦ロックにおいて手垢がついている。それは間違いない。だが1曲目が「ラブイズオーバー」であるという事実が、この平凡なタイトルに文脈を与えている。終わったところから歩き出して、12曲かけて光まで来た。ベタなタイトルを、構成の力でベタじゃなくしている。

12曲かけて透明で美しい航海をやってきて、最後に綺麗に締めない。自分を「最低」と呼んで終わる。ラストトラックのタイトル選定はバンドの本性がいちばん出る場所で、ここで彼らは爽やかギターロックの棚から半歩、足を踏み外している。その半歩が全てだ。

良かった点

野心の向きが正しい。

同期を導入する10代のバンドは山ほどいるが、その大半は「ギターロックの上にシンセを足しただけ」で新しいことをやった気になっている。この作品は違う。透明度という一貫した美学に向かって、全要素を寄せにいっている。手段が目的化していない。

そして、CD先行という判断。

2025年に、フルアルバムを配信で一括解禁せず、CDを買った人間だけが最初に全体像に触れられる形にした。CDにはメンバーによるセルフライナーノーツが封入されている。売上の最大化だけを考えるなら絶対にやらない選択だ。飛ばし聴き文化への静かな抵抗として、これは効いている。

好きにならざるを得ない。

物足りなかった点

透明さは、埋没のリスクと表裏一体だ。

いまの日本のインディーには、クリアで美しくて同期を使ってエモーショナルに歌い上げるバンドが、控えめに言って過剰供給されている。透明な音は、透明であるがゆえに輪郭を持ちにくい。前述のレビューがandropを補助線に引いていたのは的確だが、裏を返せば「andropの系譜」という説明可能な棚にすんなり収まってしまう危うさでもある。

もうひとつ、既発比率。

12曲中、新曲は6曲。「春時雨」「ラブストーリー」「フレームアウト」「私じゃない夜に。」「18」あたりは既に出ていた曲だ。1stアルバムとしては真っ当だし、初めて出会う人には最良の入口になる。ただ、既に追いかけていたリスナーにとって「アルバムでしか到達できない場所」がどこなのか、という問いは残ったままだ。曲順の設計でそれをやろうとしているのは伝わるが、収録曲そのもので驚かせにくる構成ではない。

ここは弱い。次で返してほしい。

どんな人に刺さるか

andropを初めて聴いた頃の感触を覚えている人。透明で緻密なアレンジのギターロックが好きな人。関西のインディーシーンをリアルタイムで追いたい人。そして、10代のバンドに勢いではなく設計を求めるタイプの、少しひねくれたリスナー。

逆に、荒々しさや衝動、ライブハウスの汗の匂いを音源に求める人には物足りない。このバンドはそこで勝負していないと感じた。

評価

7.0点。

楽曲の粒の揃い方とアレンジの完成度で上げ、既発比率の高さと「このバンドにしかない歪み」の不足で下げた。1stとしては十分すぎる出来で、だからこそ2枚目のハードルを自分で上げた状態にある。

名盤ではない。だが、名盤を作れる人間が作った1枚ではある。

締め

高知から大阪に出て、平均年齢19.3歳で、綺麗な音を12曲並べて、最後に自分を「最低」と呼ぶ。

この距離感がいい。透明な音の中に、まだ濁らせる余地が残っている。次の航海でそれをやってくれるなら、僕はまた書く。

ではまた。