バズマザーズ | パチンコで10万円勝たなければ、この9曲は存在しなかった
このアルバムの成立過程が、あまりにも出来すぎている。
2011年、ハヌマーンの解散が決まった。バンドを失った山田亮一は、故郷である北海道へ向かおうとしていた。そこに現ベースの重松伸が声を掛け、二人でパチンコに行った。
10万円勝った。
上機嫌になった。バズマザーズが結成された。
これがWikipediaにも載っている、このバンドの公式な出自だ。日本のロック史でいちばん軽薄な結成秘話であり、同時にいちばん切実な結成秘話でもある。人が踏みとどまる理由なんて、案外そんなものだという話でもある。
そして翌2012年12月5日、自主レーベルHZL Recordから1stアルバム『Disc Harassment』がリリースされる。品番DQC-996、全9曲、34分41秒。
短い。潔いほど短い。
そして、その34分に詰まっているものが、いま聴いても異様に濃い。
総評 ── 「場末ポップバンド」という自称の正確さ
まず、このバンドの立ち位置を正確に押さえておきたい。
バズマザーズは3ピース・ロック・バンドで、自称は「場末ポップバンド」。Wikipediaにはナンバーガール直系のオルタナティブロックサウンドが特徴、と書かれている。ボーカル・ギターの山田亮一は1983年10月24日生まれ、北海道生まれの大阪育ち。「平成の阿久悠」を自称し、一部では「浪速のカート・コバーン」とも呼ばれている。
異名が多すぎる。だが、そのどれもが微妙に的を外していて、その外し方こそがこのバンドの本質だと思う。
ナンバーガール直系という説明は、音の骨格としては正しい。だが向井秀徳の言語が「情景の記録」だとすれば、山田亮一の言語は「言い訳と自意識の垂れ流し」だ。方向が違う。
阿久悠を名乗るのも、字面だけ見れば大言壮語だが、歌謡曲的なフックの作り方という一点においては、実はそんなに間違っていない。「恋文は下駄箱の中」なんてタイトル、令和のインディーバンドは絶対に付けない。
そして「浪速のカート・コバーン」。これがいちばん外れていて、いちばん面白い。コバーンは自分に貼られたラベルを病院着とカツラで嘲笑した男だが、山田亮一はラベルを嘲笑しない。全部自分で名乗る。しかも複数。
つまりこのバンドは、自意識を隠さないことを芸にしている。
そのうえで「場末ポップ」という自称だけが、異様に正確だ。場末。中心ではない場所。この9曲は全部、中心にいない人間の歌だ。
革命にふさわしいファンファーレ
1曲目のタイトルが「革命にふさわしいファンファーレ」。革命そのものではなく、革命にふさわしいファンファーレ。前段の前段を歌っている。この、常に一段手前で止まる語法が、このバンドの全てだと言っていい。デビューアルバムの1曲目でこの距離の取り方を選ぶのは、自信がないとできない。ここは刺さる。
ハゼイロノマチ
YouTubeで先行公開されていた曲。カタカナ表記の街。漢字でも平仮名でもなくカタカナにすることで、実在の街から半歩ずらしている。前曲の「ふさわしい」と同じで、直接指さない。序盤2曲で、このバンドの言語の癖が完全に提示される。
ヤンキーズカーシンコペーション
アルバム最短の2分32秒。ライブ会場限定シングルに収録されていた曲で、つまりファンにとっては既知の武器。ヤンキーの車のシンコペーション、という語の並びだけで音が想像できてしまう。短尺で殴って抜ける役割を、序盤の3曲目に置いている。この配置は正しい。
ディレイアンダースタンド
遅れて理解する。エフェクターのディレイと、理解が遅れることを掛けている。この手の駄洒落的な二重性を、恥ずかしげもなくタイトルにできるかどうかが、このバンドを好きになれるかの分岐点だと思う。僕は好きだ。
カマイタチごっこ
9曲中の真ん中、5曲目。鎌鼬ごっこ。妖怪の名前に「ごっこ」を付けて遊びにしてしまう。アルバムの重心にこの曲を置いているのは、たぶん意図的だ。子供の遊びの語彙で、切り傷の話をしている。
恋文は下駄箱の中
2分59秒。全編で2番目に短い。そして、このアルバムでいちばん歌謡曲的なタイトルだ。「平成の阿久悠」の自称がここでだけ本当になる。下駄箱という単語を2012年に使う勇気。ここは弱い、と言う人もいるだろうが、僕はこの照れのなさを買う。
キャバレー・クラブ・ギミック
これもライブ会場限定シングルからの収録。中黒で区切られたカタカナ3語という、いかにも記号的なタイトル。キャバレー、クラブ、ギミック。夜の商売の語彙を並べて、最後に「ギミック」と種明かしをしてしまう。この自己解説癖が、山田亮一という書き手のいちばん危ういところであり、いちばん誠実なところでもある。
ゴーストワールド
アルバム最長の5分51秒。ここが本作の頂点だ。9曲入り34分という短いアルバムの、終わりの手前に6分近い曲を置く。全体のバランスから言えば明らかに不釣り合いで、だからこそ効いている。それまでの7曲が2分半から4分台で駆け抜けてきたぶん、ここで時間の流れが変わる。アルバム構成として、ここまでで最も大きな賭けだ。
さよなら三角またきて四角
ラストがわらべ唄。これが本当にうまい。8曲目で6分近く沈み込んだ直後に、誰もが知っている子供の言葉遊びで幕を引く。しかもこのフレーズは、本来なら次に続いていく歌だ。さよならと言いながら、またきて、と言っている。
良かった点
まず、34分という尺だ。
9曲34分41秒。捨て曲を置く余地がない。2012年の自主制作アルバムとして、これは戦略ではなく必然だったのかもしれないが、結果として作品を無駄なく引き締めている。フルアルバムが70分近くなることも珍しくない時代に、この短さは武器だ。
次に、曲名の言語感覚。
「革命にふさわしいファンファーレ」「ハゼイロノマチ」「カマイタチごっこ」「恋文は下駄箱の中」「さよなら三角またきて四角」。漢字、カタカナ、平仮名、わらべ唄。表記の種類を意図的に散らして、9曲を一つの言語空間として設計している。ソングライターとしての山田亮一の力は、メロディよりまず言葉の配置に出る。
そして、既発曲の使い方。
ライブ会場限定シングルに入っていた「ヤンキーズカーシンコペーション」と「キャバレー・クラブ・ギミック」を3曲目と7曲目に、YouTube先行公開の「ハゼイロノマチ」を2曲目に配置している。既知の3曲を序盤と中盤に散らして、アルバム全体の推進力として使っている。1stアルバムの組み方として、極めて理にかなっている。
物足りなかった点
録音だ。
自主レーベルからの1stであり、ライブ感を優先した作りであることは承知のうえで書くが、この9曲が持っている情報量に対して、音の分離が追いついていない。特に8曲目のような長尺で構成を聴かせる曲は、もう少し音場に余裕があれば化けたはずだ。ここは惜しい。
もうひとつ、リズム隊の問題。
これは後から分かる話でもある。このアルバムのリリース後、ドラマーの内田は技術不足を理由にドラマーからマネージャーへ転身し、福岡”せんちょー”大資が正式加入している。つまりバンド自身が、この時点の演奏に課題を感じていたということだ。
その事実を知ったうえで聴くと、この盤の粗さは欠点であると同時に記録になる。うまくない状態で、それでも走り切った9曲。バンドが後に手放したものが、ここにだけ残っている。
そして最後にひとつ。曲名の強さに、曲そのものが常に追いついているとは言い切れない。タイトルで9割勝っている曲が、正直、何曲かある。
どんな人に刺さるか
ハヌマーンを通ってきた人。ナンバーガール以降の日本語オルタナの語彙が好きな人。歌詞に自意識と言い訳がべったり乗っている音楽を求めている人。そして、バンドの1枚目にしかない「まだ整っていない状態」を愛せる人。
逆に、演奏の完成度や録音のクオリティを重視する人には勧めにくい。この盤の価値は、そこにはない。
評価
8.0点。
言語設計、曲順の組み方、34分という潔さ、そして最後をわらべ唄で締める胆力。1stアルバムとして、やるべきことを全部やっている。
満点に届かないのは、録音とリズム隊が、書かれた曲に対して半歩遅れているからだ。だがその半歩の遅れごと記録された盤であることが、10年以上経っても中古市場で値が付き続けている理由でもある。
これは名盤だ。ただし、整った名盤ではない。
締め
パチンコで10万円勝った男が、翌年に9曲入りのアルバムを作った。
1曲目が「革命にふさわしいファンファーレ」で、最後が「さよなら三角またきて四角」。革命の前段から始まって、子供の言葉遊びで終わる。その間の34分に、中心にいない人間の言い訳と自意識が全部詰まっている。
場末ポップバンド。この自称だけは、最初から最後まで正確だった。
聴いたことがない人は、8曲目まで飛ばさずに順番に聴いてほしい。9曲目の意味が、そこでしか分からないから。
ではまた。

