Gill Snatch|関西のグランジ3ピースが叩きつけた、ザラついた名刺代わりの一枚
最近ライブハウスで本当にヒリつくバンドに出会えてるか? と聞かれると、正直そう多くない。きれいに鳴るバンドは増えた。でも、聴いてて胃のあたりがざわつくバンドは減った。そんな中で、関西から出てきたGill Snatch(ギルスナッチ)の『雅歌』は、久しぶりに「あ、これは荒い」と思わせてくれる一枚だ。
大阪発のオルタナティブ/ネオグランジ3ピース。Vo./Gt.ヒグチタクト、Ba.Ichi、Dr.清水滉太を中心に、近年はギターのマキノヒカルも加わっている。2024年9月4日リリースのこの『雅歌』は全12曲・約40分、レーベルはFABTONE。タイトルは旧約聖書の一篇と同じ「雅歌(がか)」だが、中身は神聖さとはほど遠い、汗とノイズと衝動の塊だ。先に言っておく。これは名刺代わりとしては相当に強い。だが手放しの傑作かと言われると、そこは話が別だ。
アルバム全体の総評
まず言いたいのは、このバンドはメロディを書ける、ということだ。グランジ、オルタナと言うと「とにかく歪ませて叫べばいい」と勘違いした連中が量産される世界だが、Gill Snatchはそこが違う。ザラついた轟音の奥に、ちゃんと口ずさめる芯がある。荒々しさと美しさのコントラスト、これが彼らの一番の武器だ。
ヒグチタクトの声がいい。クールで、どこか突き放したような温度感がありながら、歌詞は妙に生々しい。この「冷たい声で熱いことを歌う」ねじれが、楽曲に独特の引力を生んでいる。3ピース(プラスもう一本のギター)とは思えない音の厚みと、無駄のない構築。平均年齢が若いバンドにありがちな「勢いだけ」では断じてない。テクニックは明らかに一段上だ。
ただし、だ。12曲を通して聴くと、中盤で景色が似てくる瞬間がある。一曲一曲のクオリティは高いのに、アルバムというパッケージで見たときの起伏の設計が、まだ荒削りだと感じた。名曲を並べただけでは名盤にならない。そこがこのアルバムの惜しいところであり、伸びしろでもある。
九十九
完璧な開幕だ。イントロでいきなり掴みにくる。歪んだギターが走り出した瞬間に、このバンドの体温が伝わってくる。短すぎず長すぎず、3分でアルバムの世界観を提示しきる構成力が見事だ。リード曲として置いた判断は正しい。これは刺さる。
easy life
タイトルの皮肉が効いている。「楽な人生」なんてどこにもない、と言わんばかりの疾走感。リズム隊の押しが強く、Ichiのベースが曲をぐいぐい引っ張る。1曲目の熱量を落とさず受け渡すバトンとして優秀だ。
W.I.P
Work In Progress、未完成。タイトルからして自意識的だが、曲自体は完成度が高い。ギターのリフが耳に残る。ただ、2曲目との温度感が近く、ここで一度カラーを変えてほしかった気もする。悪くはない。悪くはないが、置き場所がもったいない。
CRY B CRY
このアルバムの核のひとつ。タメと爆発の落差で聴かせるタイプの曲で、サビでの解放感が気持ちいい。ヒグチの声が一番映えるのもこのあたりだ。冷めた歌い口から滲み出る切実さ、これがGill Snatchの本領だと思う。
Plan A
48秒のインタールード。アルバムに句読点を打つ役割で、これがあることで後半への流れが生まれる。短いが効いている。こういう小品を恐れずに入れてくるあたり、構成への意識はちゃんとある。
left
ここから後半戦。疾走感が戻ってくる。ただ正直に言うと、4曲目までの強度と比べると一段おとなしい。フックがもう一つ欲しい。悪い曲ではないが、このバンドならもっとやれるはずだ、という物足りなさが残った。ここは弱い。
サニーサイドブルース
タイトル通り、少しブルース/ソウルの香りが差し込む一曲。彼らのルーツにブラックミュージックがあると公言しているのが、ここでようやく音として表に出てくる。グランジ一辺倒じゃない引き出しを見せた点で、アルバムにとって重要なターニングポイントだ。これは効いている。
幽霊
シングルにもなった一曲だけあって、強い。タイトルの不穏さと、ふっと立ち上がるメロディの儚さが噛み合っている。冷たい声質が「幽霊」というモチーフと見事に響き合う。歌詞の温度感も含めて、彼らの個性が一番濃く出た曲かもしれない。
over rumble
タイトル通り、地鳴りのようなグルーヴ。ドラムの清水が暴れる。ライブで化けるタイプの曲だろう。音源だと少し整いすぎて聞こえるのが惜しい。生で浴びたら印象が変わる予感がある。
rust
本作最長、5分超の勝負曲。「錆」というタイトルにふさわしく、じわじわ侵食してくる構成。ここで初めてアルバムが本気のスケール感を見せる。後半の畳みかけは圧巻だ。これをもっと早い段階に配置していたら、アルバムの起伏はさらに鮮明になっていたと思う。曲単体としては紛れもなく白眉。
Plan B
Plan Aと対をなすインタールード。1分強。終盤にもう一度息を整えさせる配置で、構成の対称性は美しい。ただ、AとBで挟む構造が少し図式的にも感じる。狙いはわかる。わかるが、もう一捻りあってもよかった。
yudegaeru
ローマ字表記の「茹で蛙」で締める。じわじわ茹だって気づけば手遅れ、という寓話を背負ったタイトルだ。ラストにふさわしい余韻を残す一方、最大瞬間風速で殴り飛ばして終わる選択肢もあったはず。きれいに着地しすぎた、とも言える。締め方は好みが分かれるだろう。
良かった点
第一に、メロディと轟音の両立だ。荒くても歌が死んでいない。これは口で言うほど簡単じゃない。第二に、ヒグチタクトの声という確固たる個性。冷たさと切実さが同居するボーカルは、それだけで掴みになる。第三に、3分前後のコンパクトな楽曲を量産できる筆力。だらだら長い曲で水増ししない潔さがある。そして第四に、サニーサイドブルースで覗かせたブラックミュージックの引き出し。これがあるから、ただのグランジフォロワーで終わらない。
物足りなかった点
逆に惜しいのはアルバム全体の構成だ。1曲目から4曲目までが強すぎて、中盤(6曲目あたり)で勢いが緩む。粒の揃った楽曲を並べた結果、皮肉にも平坦に聞こえる箇所が生まれた。最長曲の「rust」がもっと前に来ていたら、と何度も思った。それと、音源の質感が少し整いすぎている。このバンドの生々しさを思うと、もう少し荒れたミックスの方が彼ららしさが出たんじゃないか。ライブの体温が、まだ完全にはパッケージに閉じ込められていない。
どんな人に刺さるか
90年代オルタナ/グランジの匂いに弱い人。NirvanaやらSonic Youthやらの轟音に青春を捧げた世代はもちろん刺さる。同時に、邦ロックの「きれいすぎる」現状にうんざりしている若いリスナーにも届くはずだ。冷めた声で熱いことを歌うボーカルが好きな人、轟音の中にメロディを探すのが好きな人。そういう人にとって、このアルバムは間違いなく当たりだ。逆に、わかりやすいキャッチーさだけを求める人には、ザラつきが邪魔に感じるかもしれない。だがそのザラつきこそが彼らの価値だ。
評価
7点/10点
楽曲単体の強さは8点、いや9点級のものもある。「九十九」「CRY B CRY」「幽霊」「rust」、この4曲だけでも聴く価値は十分にある。ただアルバムというパッケージの完成度で見ると、構成の甘さとミックスの整いすぎが足を引っ張った。だから総合で7点。これは「惜しい」の7点ではなく、「次で確実に化ける」期待を込めた7点だ。最高傑作を出す前の、強烈な布石。そういう一枚として受け取った。
締め
正直に言う。聴き終えたあと、すぐにライブが観たくなった。音源でこれだけザラつくなら、生で浴びたらどうなるんだ、と。整いすぎたミックスの向こうに、本当はもっと獰猛なバンドが潜んでいる気がしてならない。『雅歌』は、その獰猛さの輪郭をなぞった一枚だ。完成形じゃない。でも、完成形じゃないからこそ、今この瞬間の彼らを追いかける意味がある。茹で蛙になる前に、この熱湯に飛び込んでおけ。後悔はさせない。
ではまた。

