導入アルバムタイトルというのは、バンドの知性が最初に露呈する場所だ。その点で『二〇二〇年十三月ヨリ』は反則級にうまい。2020年の、13月。存在しない月。つまりこれは「終わらなかった2020年」の話だ。

思い出してほしい。2021年9月1日、このアルバムがリリースされた頃の空気を。ライブハウスは声を失い、フロアには間隔を空けた印が貼られ、俺たちの生活は2020年のままどこにも進んでいなかった。カレンダーだけが2021年を名乗り、実感は12月の先の、名前のない月をさまよっていた。その名もなき時間に「13月」と名前を付け、そこから「ヨリ」と手紙のように差し出してきたのが、the satellites(ザ・サテライツ)の初フルアルバムだ。

レーベルはNEVER ENOUGH、全12曲。作詞はすべて白石亮太、作曲はthe satellitesのクレジット。リリース後には「ジ・アース・オブ・サテライツTOUR」と題して、長崎から北海道まで全国30本を超えるツアーを敢行している。この足で稼ぐ姿勢も含めて、実にライブハウスのバンドだ。

アルバム全体の総評

まず総評から言う。これは、コロナ禍の日本のライブハウス・シーンが生んだ、切実さの塊のような一枚だ。

収録曲のタイトルを眺めるだけで、このアルバムの体温がわかる。「最近」「体温」「不眠症」「モラトリアム」「生活の全て」。大文字の社会でも、壮大な愛でもない。徹底して半径数メートルの生活の言葉だ。夜、眠れない、生活、最近どう。この語彙で44分を編み上げている。日本語メロディックパンク、エモの系譜に連なるバンドは数あれど、ここまで「生活」に軸足を置き切った作品は貴重だ。

そして音の方は、グッドメロディー一本勝負。煩さの中に歌心が宿るタイプの、突き抜けていくメロディックサウンドだ。デモ音源専門店のLONG PARTY RECORDSが推す文脈、つまり「煩さの中にグッドメロディーを感じる」シーンのど真ん中にいるバンドであり、その美学がフルアルバムという長尺で初めて全面展開された。

12曲44分44秒という尺も絶妙だ。フルアルバムとしては十分な満腹感がありつつ、一気に聴き切れる。4が3つ並ぶ収録時間は偶然だろうが、この几帳面な尺の中に、夜と生活と焦燥が過不足なく詰まっている。

最近 「最近」という、挨拶のような曲名で幕を開ける。久しぶりに会った友人の第一声だ。アルバム全体が「13月からの手紙」だとすれば、この書き出しは完璧すぎる。近況報告から始まる44分。この構成センスだけで、もう信頼できる。

サテライト

バンド名を冠したセルフタイトル的ナンバーで、先行シングルにもなった一曲。衛星、サテライト。地上を離れられないまま、遠くから何かを見つめている存在。バンドの自己紹介であり、所信表明だ。3分43秒に収めた潔さもいい。

ムーンナイトダイバー

月夜に飛び込む者。夜の語彙がここから本格的に始まる。3分24秒とコンパクトながら、タイトルの浮遊感と疾走感が同居する、アルバム序盤の推進力を担う一曲だ。

リィンカーネーション

先行シングル曲。「リインカーネーション」ではなく「リィンカーネーション」という表記の細かいこだわりに、白石の詞人としての性分が出ている。輪廻転生という大きな概念を、このバンドの生活サイズの言葉で扱うとどうなるか。アルバム前半の要だ。

体温 たった二文字で、これほど雄弁な曲名もない。距離を取ることを強いられた時代に「体温」と名付けた曲を置く。それだけで批評になっている。これは効いている。

不眠症

夜のアルバムの中心に、眠れない夜が来る。モラトリアムと生活の狭間で眠れない人間の歌が、この位置にあることの説得力。タイトルの連なりだけで物語が読める、稀有な曲順だ。

From DEADEND

本作最長の4分47秒。行き止まりから。英語タイトルだが、意味するところは日本語曲たちと地続きだ。どん詰まりから鳴らす音楽、という一点でこのバンドのすべてが説明できる。アルバム後半への折り返しとして、どっしり構えた一曲。

モラトリアム

猶予期間。大人になりきれない時間。エモやメロディックパンクが繰り返し歌ってきた普遍のテーマだが、「明けない2020年」という文脈に置かれると、モラトリアムという言葉の重さが変わる。個人の猶予と、世界の停滞が二重写しになる。

夜を越えて(二〇二〇年十三月ヨリ ver.)

既発曲のアルバムバージョン。「少しだけ強くなった心」から歌い出されるこの曲を、あえて再録してこの位置に置いた意図は明白だ。夜のアルバムの終盤で、夜を越える歌が鳴る。ここから先はもう、朝に向かうしかない。

生活の全て

先行シングルであり、本作の核だと断言する。生活の、全て。音楽が生活の一部なのではなく、生活の全てが音楽になる。4分8秒。このバンドの思想がタイトルに凝縮されている。これは刺さる。

after glow

残光夕焼けの名残。2分27秒と全曲中最短で、本編のクライマックスの後にふっと差し込む余熱のような配置だ。長い夜の果ての、空の色。この短さが逆に沁みる。

2020年13月より

そして表題曲がラストに来る。MVも公開された、アルバムの結論となる一曲。ここまでの11曲すべてが、この曲の長い前置きだったとすら思える。存在しない月から差し出された手紙の、署名の部分。タイトルの「ヨリ」の意味が、最後の最後で回収される。この構成は見事という他ない。

良かった点

第一に、コンセプトの強度。「2020年13月」という発明的なタイトルと、生活の語彙で統一された曲名群、そして「最近」に始まり表題曲で終わる曲順。フルアルバムを一通の手紙として設計し切った構成力は、初フル作とは思えない完成度だ。第二に、時代の空気の封じ込め方。コロナ禍を直接歌うのではなく、夜と生活と不眠に託して残した。だからこの作品は時事ネタで終わらず、今聴いても成立する。第三に、44分44秒に12曲という編集感覚。ダレる曲がない。

物足りなかった点

一方で、サウンドの語彙は良くも悪くもシーンの王道だ。日本語メロディック、エモの文法に忠実で、音だけ聴けば近縁のバンドと区別がつきにくい瞬間はある。このバンドの独自性は詞と構成に宿っており、演奏面での「これぞthe satellites」という発明は、まだこれからだ。それと、夜と生活のトーンで統一されているぶん、中盤で景色が似てくる。あと一曲、毛色の違う飛び道具があれば、アルバムの立体感はさらに増しただろう。

どんな人に刺さるか

深夜に音楽を聴く人。それがすべてだ。仕事や学校から帰って、誰とも話さず、部屋で一人になった時間に聴く音楽を探しているなら、これはあなたのためのアルバムだ。ハイスタ以降の日本語メロディック、エモ、青春パンクの文脈が好きな人はもちろん、「あの明けなかった2020年」を自分の記憶として持っているすべての人に届く。逆に、景気のいいパーティーチューンを求めている人は回れ右だ。

評価

8点/10点

初のフルアルバムとして、ほとんど模範解答に近い完成度だ。コンセプト、曲順、尺、すべてが設計されている。減点の2点は、サウンド面の独自性がまだ発展途上であることと、中盤のトーンの均一さ。だが、この2点は次作以降で確実に伸びる類のものだ。時代の空気を一枚に封じ込めた記録として、そして深夜のヘビーローテーションとして、長く聴かれるべき佳作。いや、佳作という言葉では足りない。これは「あの時代の証言」だ。

締め

2020年13月、という月は、本当は存在しない。だが、あの頃の僕らは確かにそこに住んでいた。カレンダーが役に立たなくなった時間の中で、それでも生活は続き、夜は明け、体温は残った。このアルバムは、その名もなき月から届いた12通の手紙だ。差出人はライブハウスの片隅のバンドで、宛先は眠れない夜のあなただ。もう2020年は明けた。それでもたまに、13月に置いてきた自分を思い出す夜がある。そういう夜に、この44分44秒を流してほしい。手紙は、何年経ってから読んでもいい。

ではまた。