たった3曲、6分26秒。それだけの音源が「ジャンルを定義した」と言われることが、ごく稀にある。Title Fight(タイトル・ファイト)の『The Last Thing You Forget』は、その稀な一枚だ。

ペンシルベニア州キングストンで2003年に結成された4人組。ギター/ボーカルのJamie Rhoden、ベース/ボーカルのNed Russin、ドラムのBen Russin(NedとBenは兄弟)、そして2005年に加入したギターのShane Moran。地元でスクワットの会場を開くようなDIY叩き上げの少年たちが、2008年10月にRun For Cover Recordsとの契約を発表し、翌2009年6月23日に放った7インチEPが本作だ。同年9月15日には、過去音源を追加収録した全12曲・26分45秒のCD版もリリースされた。現在ストリーミングで聴けるのはこの12曲版で、今日はそちらを対象にレビューする。

先に言っておく。これは「未完成」のレコードだ。だが、未完成であることが、これほど眩しい音源も珍しい。レーベル自身が後年「ジャンルを定義した古典」「ブレイクスルーEP」と呼ぶことになる原点。第四波エモ、通称エモリバイバルの起爆剤の一つとされるこの音を、順番に見ていく。

アルバム全体の総評

この12曲は、実は三層構造になっている。1〜3曲目が2008年12月19日から22日にマサチューセッツでJay Maasと録音された本編EP。4〜6曲目が2008年のEP『Kingston』からの再録。7〜11曲目が2007年のThe Erection Kidsとのスプリット音源。そして12曲目が未発表曲だ。つまりこれは一枚で「バンドの成長記録を逆再生できる」構造になっている。

面白いのはここからだ。頭の3曲と、それ以降の曲では、明らかに音の次元が違う。7曲目以降のスプリット期はストレートなポップパンク/ハードコアで、正直、当時の東海岸に何百といた若手と大差ない。『Kingston』期でエモ/メロディック・ハードコアへの移行が始まり、そして本編3曲で突然、化ける。メロディック・ハードコアの疾走に、ドローンするインディーロックの陰影と、青臭いパンクの焦燥が同居する。Run For Coverが「早熟なジャンル混合の才覚」と評した通り、この3曲だけ時間の流れ方が違うのだ。

ボーカルはJamieとNedの2枚看板制で、曲ごと、パートごとに歌い手が入れ替わる。この掛け合いの荒々しさが、整いすぎない体温を作っている。上手い歌ではない。だが、切実な歌だ。10代の終わりにしか出せない声というものが、確かに存在する。

Symmetry

本編EPの開幕にして、バンドの運命を変えた2分14秒。レーベルが「猛烈なイントロ」と形容した通り、突っ込んでくるバンドサウンドの圧がすさまじい。JamieとNedのツインボーカルが交錯し、疾走の中に妙な浮遊感が漂う。この曲でTitle Fightは「その他大勢」から抜け出した。これは刺さる。

Introvert

Nedがリードを取る2分2秒。内向的、というタイトルがそのまま第四波エモの精神を言い当てている。外に向かって叫ぶハードコアの筋肉で、内側の混乱を歌う。この反転こそが、彼らが持ち込んだ新しさだ。

No One Stays at the Top Forever

本編の締め。誰も頂点には居続けられない、という達観したタイトルを、まだ何者でもない10代が歌う可笑しさと切なさ。レーベルの言う「シンガロングの瞬間」で幕を閉じる構成は、ライブの景色まで見える。EP3曲の中で最もエモーショナルな着地だ。

Memorial Field

ここから『Kingston』期。追悼の野原、という地元の地名めいたタイトルに、彼らの音楽が徹頭徹尾「地元の音楽」であることが滲む。本編との音の差はあるが、移行期の熱がある。

Loud And Clear

12曲中最長の3分6秒。はっきりと、大声で。タイトル通りの直球ナンバーで、『Kingston』期の代表格だ。後のTitle Fightを知ってから聴くと、原石の輝きがよくわかる。

Youreyeah

「Your eyes」でも「You’re yeah」でもない、この造語めいた表記の雑さがいい。深く考えるな、鳴らせ。そういう時期の音だ。

Room 200

57秒。スプリット期のハードコア小品で、部屋番号をタイトルにする即物性も含めて、シーンの空気の缶詰だ。曲というよりスナップ写真に近い。

Evander

ボクサーのエヴァンダー・ホリフィールドを思わせるタイトル。バンド名がTitle Fight(タイトルマッチ)であることを考えると、初期の彼らの語彙がボクシングで揃っているのが微笑ましい。ちなみにこの曲と次の曲は、配信上で長年曲名が入れ替わったまま流通していて、2023年7月にようやく修正されたといういわくつきだ。

Anaconda Sniper

アナコンダ・スナイパー。意味不明で最高のタイトルだ。2分40秒とスプリット期では長めで、若さの暴発をそのまま閉じ込めている。粗い。粗いが、この粗さは録り直せない。

Goldwaite

Nedがリードの2分48秒。固有名詞らしきタイトルの謎めき方も含め、スプリット期の中では陰影のある一曲だ。後の内省的なTitle Fightの萌芽を探すなら、ここかもしれない。

Neck Deep

首まで浸かって、の意。後に同名の英バンドも現れるフレーズだが、ポップパンクの語彙として普遍的な言葉を、彼らはこの時点で鳴らしていた。スプリット期の締めにふさわしい直球だ。

Western Haikus

未発表曲で幕引き。西洋の俳句、というタイトルの文学趣味が、それまでの11曲と明らかに毛色が違う。短い定型に感情を圧縮する俳句は、考えてみれば2分のハードコアと同じ構造だ。このタイトルを最後に置いた時点で、彼らがただの脳筋バンドでないことは証明されている。

良かった点

第一に、本編3曲の完成度。6分26秒でメロディック・ハードコアの歴史に楔を打った密度は、何度聴いても異常だ。第二に、コンピレーションとしての資料価値。2007年から2008年へ、少年たちが音を獲得していく過程が一枚で追える。成長記録としてこれほど雄弁な編集はない。第三に、DIYの匂い。スクワット会場、地元の友人John Slabyによるアートワーク、4日間の録音。産業の匂いが一切しない、シーンの手作りの熱がパッケージごと残っている。

物足りなかった点

構造上仕方ないとはいえ、後半のスプリット期音源は、本編3曲と比べると明確に落ちる。録音も曲も若く、単体で繰り返し聴く強度はない。12曲版は「作品」というより「記録」であり、アルバム的な起承転結を期待すると肩透かしを食う。それと、7インチ版のB面に隠されていたインスト曲「Lucky」が12曲版に入っていないのは、コンプリート主義者としては惜しい。沈黙の先のご褒美は、レコードを買った者だけの特権ということか。

どんな人に刺さるか

エモリバイバル、第四波エモの文脈を掘りたい人には必修科目だ。この後の『Shed』『Floral Green』、そしてシューゲイズへ転身する『Hyperview』まで続く物語の、すべての伏線がここにある。日本のメロディックやエモ、ライブハウスの叩き上げバンドが好きな人にも間違いなく響く。海の向こうの地方都市にも、同じ熱があった。逆に、洗練された録音とアルバム的完成度を求める人は、まず『Floral Green』から入って、ここへ遡ってくるのが正解だ。

評価

8点/10点

本編3曲だけなら10点をつけたい。だが12曲版として見れば、後半の若さが平均点を引き下げる。それでも8点をつけるのは、この一枚が持つ「起点」としての価値ゆえだ。ジャンルを定義したと言われる6分26秒と、そこへ至る助走の記録。音楽史的な重要度と、音源としての瑞々しさが、荒さを補って余りある。古典、と呼んでいい。

締め

The Last Thing You Forget。最後まで忘れないもの。皮肉なことに、このタイトルは予言になった。バンドは2015年の『Hyperview』を最後に、2018年から長い沈黙に入る。だが、この6分26秒を浴びた者は、確かに忘れなかった。世界中のフォロワーたちが、この3曲の遺伝子を受け継いで鳴らし続けている。ペンシルベニアの田舎町で、10代の4人が4日間で録った音が、ジャンルの記憶になった。忘れられない音楽の条件は、完成度ではない。切実さだ。それを、この未完成の傑作は教えてくれる。

ではまた。