SHISHAMO、活動終了——「解散」と呼ばないあのバンドが、青春の歌を置いて去った
正確に言えば、SHISHAMO(ししゃも)は「解散」していない。彼女たちが選んだ言葉は「活動終了」だった。
些細な違いに思えるかもしれない。だが、この言葉選びにこそ、このバンドの十数年が凝縮されている。揉めて袂を分かつ「解散」ではなく、やりきって幕を引く「完結」。青春の甘酸っぱさと痛みを歌い続けた3人の女性が、その物語に自分たちの手で、きれいに句点を打った。
今日は、2026年6月にラストライブを終えたSHISHAMOの軌跡を辿りたい。なぜ彼女たちは活動を終えることを選んだのか。最後に何があったのか。そして、彼女たちが置いていった青春の歌は、これからどう聴かれていくのか。すでに鳴り終わった音に、もう一度耳を澄ませてみたい。
まず、SHISHAMOとは何者だったか
SHISHAMOは、神奈川県川崎市にある川崎総合科学高等学校の軽音楽部で、2010年に結成されたガールズバンドだ。全国高校生アマチュアバンド選手権で優秀賞を受賞したことをきっかけに注目され、高校在学中から自主制作のアルバムやツアーを行うという、筋金入りの叩き上げだった。
2013年春、高校卒業と同時に本格的にバンド活動を開始し、同年11月にデビューアルバム『SHISHAMO』をリリース。メンバーチェンジを経て、2014年に宮崎朝子(G/Vo)、松岡彩(B)、吉川美冴貴(Dr)という3人編成に固まる。この3人が、SHISHAMOの顔となった。
彼女たちの武器は、何といっても宮崎朝子の書く歌だった。恋して、悩んで、成長していく人々の日々に、ぴったりと寄り添う等身大の歌詞。透明感のある歌声。青春のど真ん中を疾走する心を切り取った楽曲は、たちまち同世代の心を掴んだ。技巧で圧倒するのではなく、「わかる」「これ、私のことだ」と思わせる。その共感の強度こそが、SHISHAMO最大の魅力だった。
「君と夏フェス」と「明日も」——時代を刻んだ2曲
SHISHAMOを語る上で、欠かせない2曲がある。
ひとつは、2014年の「君と夏フェス」。恋が始まりそうな2人が、夏の音楽フェスで距離を縮める瞬間を描いたシングルだ。FM802で5週連続1位を獲得し、夏フェス初出演の年ながら、その夏だけで10本のフェスに出演するという快進撃のきっかけになった。この曲はピュアなラブソングであると同時に、フェス文化が根付いた2010年代の日本のカルチャーを鮮やかに刻む一曲でもあった。今や、若い世代にとっての定番の夏ソングだ。
もうひとつが、2017年の「明日も」。NTTドコモのCMソングに起用され、同年大晦日のNHK紅白歌合戦で歌唱された、SHISHAMO最大の代表曲だ。実はこの曲、メンバーの地元・神奈川のサッカーチーム、川崎フロンターレのサポーターの熱量に感動した宮崎朝子が書いたものだという。日々を懸命に生きるすべての人の背中を押す応援歌として、世代を超えて愛されている。
この2曲が示すように、SHISHAMOは順調に駆け上がった。CDデビューから僅か2年で初の日本武道館単独公演を完売させ、紅白にも出場。地元・川崎の等々力陸上競技場でのスタジアムライブも実現させた(2018年は台風で中止という悔しさも味わったが)。高校の軽音部から武道館へ、そして紅白へ。これ以上ないシンデレラストーリーだった。
活動終了の発表——きっかけは、ベースの一言だった
順風満帆に見えたバンドに、転機が訪れる。2025年9月27日、東京・Zepp Hanedaでのワンマンライブのアンコールで、彼女たちは2026年6月をもって活動を終了することを発表した。ファンのみならず、音楽シーン全体に衝撃が走った。
きっかけは、2024年初夏に遡る。ベースの松岡彩から、「これからの自分とSHISHAMOについて」という話が切り出されたのだ。この会話をきっかけに、メンバー全員で、今後のバンドの在り方を真剣に考える時間が始まった。明確な理由が大々的に語られたわけではない。だが、結成から15年。メンバーは皆、29歳から30歳という、人生の節目を迎える年齢に差しかかっていた。
ここで、SHISHAMOらしさが光る。彼女たちは「解散」という言葉を避け、「活動終了」「完結」という表現を選んだ。不仲でも、トラブルでもない。一人のメンバーが自分の人生と真摯に向き合い、それを他のメンバーが受け止め、全員で話し合って出した結論。発表時、宮崎朝子は「あと9カ月はゴリゴリにやります」と前を向いていた。終わりを悲劇にせず、最後まで全力で駆け抜けると宣言する。青春の終わりを歌い続けてきたバンドが、自分たちの青春の終わりを、これ以上なく前向きに引き受けたのだ。
満身創痍のラストラン、そして有終の美
だが、最後の道のりは、決して平坦ではなかった。
まず、2025年初頭、ドラムの吉川美冴貴が体調不良で一時休養を発表する。さらに2026年に入ると、今度はボーカル・ギターの宮崎朝子の体調が回復せず、ファイナルツアーの3月公演6本(愛知、石川、茨城、宮城、北海道、青森)が中止になるという事態に見舞われた。最後の最後で、メンバーの体が悲鳴を上げた。ラストライブまで辿り着けるのか、ファンは固唾を呑んで見守った。
それでも、彼女たちは約束を守った。2026年6月13日と14日、バンドの地元である川崎市の等々力陸上競技場(Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsu)で、ラストライブ「SHISHAMO THE FINAL!!! ~Thanks for everything~」が開催された。地元の聖地で、2日間にわたるスタジアム公演。そして報道によれば、その最終日、ダブルアンコールで、体調不良で休養していたドラマーの吉川美冴貴がステージに復活したという。
満身創痍で、それでも3人が地元のスタジアムに揃って、最後の音を鳴らす。これ以上の有終の美があるだろうか。「Thanks for everything(すべてに感謝を)」というタイトル通り、彼女たちは感謝とともに、15年の物語に句点を打った。
おすすめCD——青春に、もう一度出会うために
SHISHAMOの音楽は、活動を終えた今も、これから青春を生きる人にも、かつて生きた人にも、変わらず響く。これから聴く人のために、入り口を挙げたい。
『SHISHAMO』(2013年)——すべての始まり
デビューアルバム。高校の軽音部から飛び出してきた、瑞々しい初期衝動が詰まった一枚だ。ドラムの吉川美冴貴が中学時代の思い出を元に作詞した「恋する」は、秘密の恋人ができた少年の甘酸っぱいもどかしさを歌った名曲で、TikTokでも話題になり、リリースから10年以上経った今も愛され続けている。等身大のSHISHAMOの原点が、ここにある。
「君と夏フェス」を含む作品——2010年代の夏の記憶
初期メンバーとしては最後の楽曲となった、記念碑的なシングル。夏フェスに向かうカップルの情景を描いたこの曲は、SHISHAMOを一躍有名にしただけでなく、2010年代の日本の夏そのものを封じ込めている。夏が来るたびに、この曲を思い出す人は多いはずだ。
『SHISHAMO BEST』(2019年)——全体像を掴む決定盤
「君と夏フェス」「明日も」をはじめ、全シングルの表題曲に代表曲を加えた、初のベストアルバム。どこから聴くか迷うなら、まずこれで全体像を掴むのがいい。CMソングやタイアップで耳にした「あの曲」が、実はSHISHAMOだったと気づく人も多いだろう。彼女たちの歩みを一気に辿れる、最良の入り口だ。
『SHISHAMOでした!!!』—お別れのメンバーセレクト盤
活動終了に際してリリースされた、メンバー自身が選曲したアルバム。宮崎朝子が選んだ「宮崎盤」には、最も新しい曲「運命と呼んでもいいですか」も収録された。終わりを見据えた彼女たちが、自らの15年から何を選び取ったのか。その選曲そのものが、最後のメッセージになっている。
まとめ——青春は終わる。だから美しい
整理しよう。SHISHAMOは、2010年に高校の軽音部で結成され、「君と夏フェス」「明日も」といった等身大の名曲で同世代の心を掴み、武道館や紅白の舞台にまで立った。2024年、ベース松岡彩の問いかけをきっかけに、メンバー全員で話し合い、「解散」ではなく「活動終了」を選択。メンバーの体調不良という困難を乗り越え、2026年6月、地元・川崎の等々力陸上競技場で、感謝とともに15年の物語を完結させた。
考えてみれば、これほどSHISHAMOらしい幕引きもない。彼女たちはずっと、青春を歌ってきた。青春とは、いつか必ず終わるものだ。終わるからこそ、その一瞬一瞬がきらめき、後から思い出すと泣きたくなるほど愛おしい。彼女たちのバンドそのものが、まさにその「終わりがあるからこそ美しい青春」を、15年かけて体現してみせたのだ。だらだらと続けず、揉めて壊れもせず、最高の感謝とともに完結する。それは、彼女たちが歌ってきた青春の理想形そのものだった。
バンドは終わった。だが、彼女たちが残した歌は終わらない。夏が来れば誰かが「君と夏フェス」を口ずさみ、くじけそうな朝には誰かが「明日も」に背中を押される。青春を生きるすべての人の隣で、SHISHAMOの歌はこれからも鳴り続ける。
もしあなたが今、青春のただ中にいるなら。あるいは、もう過ぎ去ってしまったなら。どちらでもいい。「君と夏フェス」を再生してみてほしい。きらめいて、やがて終わる、あのかけがえのない時間の手触りが、宮崎朝子の声とともに、きっと蘇ってくるはずだ。
ではまた。

