andymori——2014年解散。小山田壮平の声で泣いた世代の、消えない聖典
ある世代にとって、andymori(アンディモリ)は単なる好きなバンドではない。青春そのものだ。だから「好きなバンドは?」と聞かれて答えるのとは、少し質が違う。
2014年に解散して、もう10年以上が経つ。それなのに、ファンの熱量はまったく冷めない。それどころか、近年のバイラルヒットによって、リアルタイムを知らない若い世代にまで再評価が広がっている。今日は、この異様なまでに愛され続けるバンドの、駆け抜けた軌跡と、解散後もなお消えない理由を辿りたい。これは、小山田壮平の声で泣いたことのある全ての人のための記事だ。
7年間、一陣の風のように
andymoriは、小山田壮平(Vo/G)、藤原寛(B)、岡山健二(Dr)からなる3ピースバンドだ。2007年秋に結成された。
そのスピード感は、結成からして異様だった。2008年に発表した自主制作盤『Andy to Rock』が注目を集めると、瞬く間に話題が拡散。2010年には「すごい速さ」などのヒット曲を生み、若者から圧倒的な支持を受ける。インディーズ界では異例のスピードで人気を獲得していった。”和製リバティーンズ”とも呼ばれた、超ハイテンションで振り切れたガレージロックンロール。だが彼らの真価は、その疾走感だけではなかった。
小山田壮平の書く歌は、速いのに、せつない。森羅万象とともに世界各地を旅していくような独特の詩世界と、夕日のように心に染み込んでくるメロディ。やんちゃで危なっかしいイメージとは裏腹に、その歌は確かに、聴き手の感情の最も柔らかい部分を直接撃ち抜いてきた。速度と郷愁、衝動と優しさ。本来は同居しにくいものを、彼らの音楽は当たり前のように両立させていた。
「ファンファーレと熱狂」——2010年代最初の衝撃
彼らの名を全国に轟かせたのが、2009年から2010年にかけての2ndアルバム『ファンファーレと熱狂』だ。
ミディアムテンポのアコースティックナンバー「1984」で荘厳に幕を開け、機関銃のようなライミングでたたみかける「CITY LIGHTS」へ。タイの旅から生まれた「Transit in Thailand」や「SAWASDEE CLAP YOUR HANDS」では、20代前半ならではのコミカルさも覗かせる。希望と絶望を腕いっぱいに抱えて、わからないことをわからないまま、明日もこの街をゆく——そんな祝福の音楽が、全13曲に詰まっていた。
このアルバムは「2010年代最初の衝撃」とまで謳われ、2011年度の第3回CDショップ大賞で大賞を受賞する。全国のCDショップの店員たちが、自らの手でこのバンドを「これを聴いてくれ」と推した。商業的なプッシュではなく、音楽を最もよく知る人々の熱量によって、andymoriは時代を象徴するバンドへと押し上げられたのだ。
その後、ドラマーの交代や東日本大震災を経て、2011年には3rdアルバム『革命』をリリース。皮肉の効いたモチーフが削られ、誰にでも広く届く、前を向いた歌が増えた。バンドは確実に成熟し、もっと大きくなろうとしていた。
武道館、延期、そして1年越しの解散ライブ
ところが、絶頂の只中で、終わりは告げられる。
2013年5月、バンドは解散を表明する。理由は後ろ向きなものではなかった。小山田壮平は「6年間このバンドに情熱を注いできて、やれるだけのことをやりきった」と語っている。燃え尽きでも不仲でもなく、「やりきった」という充足。最後の大舞台として、2013年9月24日に日本武道館でのワンマン公演が予定されていた。
だが、ここで事件が起きる。ツアー開始直前の2013年7月4日、小山田壮平が河川に飛び込み、救急搬送される。頚胸椎損傷、骨折などの重傷だった。武道館を含むライブスケジュールはすべてキャンセル。およそ1年に及ぶ治療とリハビリが始まる。ファンは、最後のステージを見られないまま、宙づりの不安の中に置かれた。
しかし、物語は途切れなかった。2014年7月、「終わり」へ向けた最後のスケジュールが動き出す。大阪と東京でのワンマン「ひこうき雲と夏の音」を経て、ついに2014年10月15日、延期されていた日本武道館公演が実現する。
そのライブは、伝説になった。「ラストライブ」につきもののセレモニーめいた悲壮感を一切まとわず、かといって自然を装う作為もないまま、3人は本編35曲+アンコール6曲という長大なセットリストを、2時間半で一陣の風のように駆け抜けた。1年前に瀕死の重傷を負った男が、武道館のステージで、あの声で歌っている。その事実だけで、客席は涙腺を保てなかった。andymoriは、最高の形で、自らの物語に幕を引いたのだ。
解散後——小山田壮平は歌い続けている
andymoriは終わった。だが小山田壮平の声は、止まらなかった。ここが、このバンドのファンの熱量が冷めない、大きな理由のひとつだ。
解散の翌月、2014年11月、小山田は自主レーベルSparkling Recordsを設立。2015年には、シンガーソングライターの長澤知之らとバンドAL(アル)を結成する。2016年には初のソロ弾き語り全国ツアーを開催し、2020年8月にはSPEEDSTAR RECORDSから初のソロアルバム『THE TRAVELING LIFE』をリリースした。
andymoriのあの疾走感とはまた違う、年輪を重ねた歌声。だが、根っこにある「旅」の感覚や、聴き手の心を直接揺さぶる力は、まったく変わっていない。ファンは、解散を「喪失」として抱えながら、同時に「現在進行形の小山田壮平」を追いかけ続けられる。終わったバンドを悼むだけでなく、生き続ける才能を見守れる。この二重性が、熱量を絶やさない燃料になっている。
なぜ、10年経っても冷めないのか
ここで本題を考えたい。解散から10年以上。なぜandymoriへの愛は、薄れるどころか広がり続けているのか。
ひとつは、楽曲そのものの普遍性だ。解散から10年経っても色褪せない名曲群——これは誇張ではない。近年、彼らの楽曲はバイラルヒットを記録し、それを機に再評価が一気に加速した。リアルタイムを知らない世代が、サブスクやSNSで「1984」や「CITY LIGHTS」に出会い、撃ち抜かれている。青春の普遍的な衝動と切なさを歌った彼らの音楽は、時代が変わっても、新しい10代・20代の心に同じように刺さるのだ。
その熱量の高まりを象徴するのが、近年実現した全オリジナルアルバム5作品のアナログレコード化だ。活動当時から待望されながら実現していなかったアナログ盤が、国内最新リマスタリングと世界的名匠バーニー・グランドマンのカッティングという、最高の仕様で世に出た。解散したバンドの全カタログが、これほど手厚く再発される。それ自体が、ファンの需要がいかに根強く、しかも拡大し続けているかの何よりの証拠だ。
そしてもうひとつ、彼らが「完璧な状態で終わった」こと。やりきったと宣言し、満身創痍の武道館で美しく散った。だらだらと続いて摩耗する姿を、僕らは一度も見ていない。andymoriは、最高の瞬間のまま、記憶の中で永遠に若く、永遠に疾走している。だから色褪せようがないのだ。
おすすめCD——聖典への入り口
『ファンファーレと熱狂』(2009-2010年)——まずはこの一枚から
迷ったら、CDショップ大賞に輝いたこれだ。「1984」の荘厳な幕開けから「CITY LIGHTS」の疾走、そして牧歌的な「グロリアス軽トラ」まで、ジェットコースターのような全13曲。andymoriの魅力——速度、郷愁、衝動、若さのきらめき——が、すべてここに詰まっている。「2010年代最初の衝撃」を、まずは自分の耳で浴びてほしい。
『革命』(2011年)——成熟と決意
3rdアルバム。震災やメンバー交代を経て、より広く誰にでも届く歌へと洗練された一枚。「革命」「Peace」といった楽曲には、初期の皮肉が削ぎ落とされ、まっすぐなメッセージと優しさが宿っている。バンドが「もっと大きくなろう」としていた、その前向きなエネルギーを感じてほしい。
1stアルバム——衝動のかたまり
すべての始まりとなったファーストも外せない。荒削りで、超ハイテンションで、振り切れている。完成度で言えば後の作品に譲るかもしれないが、初期衝動の純度ではこれが頂点だ。『ファンファーレ』で好きになったら、必ず遡ってほしい。
小山田壮平『THE TRAVELING LIFE』(2020年)——その後の声
andymoriを聴き終えたら、小山田のソロへ。あの声が、解散後にどんな深まりを得たのかを確かめてほしい。疾走から、滋味へ。同じ歌い手の現在地を知ると、andymoriの楽曲もまた違って聴こえてくる。
まとめ——抱え続けるための音楽
整理しよう。andymoriは2007年に結成され、わずか7年で全5枚のアルバムを残し、2014年10月15日、1年越しに実現した武道館で解散した。「やりきった」という充足とともに。そして解散後も、小山田壮平はAL、ソロと歌い続け、楽曲はバイラルヒットで再評価が加速、全作品がアナログ化されるなど、ファンの熱量はむしろ広がり続けている。
なぜ冷めないのか。それは、彼らの音楽が「青春」という、誰もが一度は通り、そして失うものの普遍を歌っているからだ。失われたものだからこそ、いつまでも美しい。andymoriを聴くとき、僕らは自分自身の、もう戻れないあの頃の衝動と切なさに、もう一度触れている。
もしあなたがまだ彼らに出会っていないなら、深夜に、イヤホンで「1984」を再生してみてほしい。小山田壮平の、あの少し掠れた声が鳴り始めた瞬間、なぜこの記事がここまで熱を帯びていたのか、きっと一発でわかるはずだ。そして、あなたもまたこの聖典を、静かに抱える一人になる。
ではまた。

