上原ひろみが世界で唯一無二な理由
ジャズの話をすると、たいてい場が静かになる。難しそう、敷居が高そう、おじさんが薄暗い店で腕を組んで聴くやつでしょう、とわかる。その気持ちはよくわかる。だが、その先入観を一発でぶち壊してくる日本人がいる。そう上原ひろみだ。
この人の演奏を初めて映像で観たとき、正直「ピアノってこんな弾き方していいんだ」と思った。鍵盤の上で指が踊るどころか、暴れている。椅子から腰が浮く。顔は子どもみたいに笑っている。ジャズの厳粛さなんてどこにもない。あるのは、純度100パーセントの「音で遊ぶ歓び」だ。
今日は、なぜこの人が世界で唯一無二と呼ばれるのか、その理由を腰を据えて書いてみる。名前は知ってる、テレビで観た、でもちゃんと聴いたことはない。そういう人にこそ読んでほしい。
浜松の女の子が、17歳でチック・コリアの隣に立った日
上原ひろみは1979年3月26日、静岡県浜松市生まれ。6歳でピアノを始め、同時にヤマハ音楽教室で作曲も学んでいる。ここがまず普通じゃない。多くのピアニストが「弾く」訓練だけを積むなか、この人は最初から「作る」側にも足を突っ込んでいた。後年の、自作曲をオーケストラのように鳴らすあの作風は、たぶんこの原体験から来ている。
伝説的なエピソードがある。16歳のとき、上京した折にたまたまヤマハで来日リハーサル中だったチック・コリアと出くわす。コリアに促されて目の前でピアノを弾いたところ、その技術に感銘を受けたコリアがその場で即興のセッションに加わった。そして来日公演の最終日、コリアは彼女を観客の前のステージに上げてしまう。ジャズの巨匠が、無名の日本人少女を、世界に向けて引き上げた瞬間だ。
漫画なら「出来すぎ」と編集に突き返される展開だが、これが実話なのだから恐ろしい。才能というのは、ときどき隠しようがないほど露骨に発光する。コリアはその光を一目で見抜いた。
1999年にボストンのバークリー音楽大学へ入学。ジャズ作曲科とCWP(Contemporary Writing & Production)科を最優等で卒業し、卒業式ではバークリーで最も名誉ある賞の一つであるビルボード寄贈奨学金まで授与されている。在学中に名門テラーク・レコードと契約し、卒業を目前にした2003年、デビュー作『Another Mind(アナザー・マインド)』で世界デビューを果たす。
このデビュー作、プロデュースに名を連ねているのが、あのアーマッド・ジャマルと、バークリーの指導者でベーシストのリチャード・エヴァンスだ。新人のデビュー盤としては、後ろ盾が豪華すぎる。そして実際に作品も評価され、2003年度の日本ゴールドディスク大賞でジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞している。
スタート地点からして、すでに世界戦だった。ここを押さえておかないと、この人の凄みは伝わらない。
「ジャンルを壊す」のではなく「ジャンルが追いつかない」
上原ひろみを語るとき、よく「ジャンルの垣根を越える」という言い回しが使われる。便利な言葉だが、僕はこれだと足りないと思っている。垣根を越えるというのは、ジャズとロックとクラシックという既存の区画があって、その間を行き来するイメージだ。だが彼女の音楽は、そもそも区画の地図ごと描き直してしまう。
象徴的なのが、2007年の4thアルバム『Time Control』だ。これはトリオにギターのデヴィッド・フュージンスキーを加えた「Hiromi’s Sonicbloom」名義の作品で、プログレッシブ・ロック的なテクニカルさが全面に出ている。ほとんどの曲名に「Time」というワードが入り、アルバム全体が「時間」をテーマに組まれている。
聴いてみると、ピアノの速弾きをギターのリフが容赦なく切り裂き、変拍子とポリリズムが渦を巻く。ジェフ・ベックがヤン・ハマーと組んだあの時代のフュージョンを連想させる瞬間すらある。これをジャズと呼ぶのか、プログレと呼ぶのか。どっちでもいいし、どっちでもない。ラベルを貼ろうとすると指の間からこぼれていく。それが上原ひろみの音楽だ。
2004年の2nd『Brain』も同じ穴の住人だ。ジャズを基調にしながらロック、ポップス、プログレの要素が同居し、アメリカではサラウンド・ミュージック・アワードのニュースター賞を獲っている。1曲目のタイトルが「KUNG-FU WORLD CHAMPION」だ。カンフー世界王者。この時点で、しかつめらしいジャズの作法とは無縁なのがわかる。
影響を受けたアーティストとして本人が挙げる名前を見ても納得がいく。フランク・ザッパ、バッハ、オスカー・ピーターソン、アーマッド・ジャマル、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、ドリーム・シアター、キング・クリムゾン、エロル・ガーナー、マルタ・アルゲリッチ、ウラディミール・ホロヴィッツ、ジェフ・ベック。ジャズ、クラシック、ファンク、プログレが何の断りもなく一列に並んでいる。この雑食性こそが、彼女の音の正体だ。
世界が認めた、という事実の重さ
「世界的」という形容詞は安売りされがちだ。海外で数本ライブをやれば「世界で活躍」と書かれてしまう。だから上原ひろみについても、その実績を具体的に並べておきたい。盛らずに、起きたことだけを。
2011年、スタンリー・クラークのバンド作『The Stanley Clarke Band feat. Hiromi』が、第53回グラミー賞でベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバムを受賞した。バンドのメンバーとして参加した作品での受賞だが、グラミーという最高峰の舞台に名を刻んだのは間違いない。
2013年、トリオ・プロジェクトの『MOVE』の全米発売に合わせ、アメリカで最も権威あるジャズ専門誌『ダウンビート』の表紙を飾った。これが尋常じゃない。日本人としては、秋吉敏子以来33年ぶり2人目の快挙だ。33年ぶり。それだけ、日本人がこの表紙に載るのは異常事態なのだ。
ニューヨークの名門ジャズクラブ、ブルーノートでは連続公演を続け、その記録は十数年に及んだ。日本人アーティストとしては唯一の連続公演記録を打ち立てている。世界中で年間100日近く、150公演規模のツアーを回り続けるその体力も含めて、桁が違う。
2012年には、ニューヨークの国連総会会議場で開かれたユネスコ主催の第1回インターナショナル・ジャズ・デイに、唯一の日本人アーティストとして参加している。国を代表してそこに立つ、という意味を考えると、軽く言える話ではない。
そして2021年、東京2020オリンピックの開会式に出演し、世界中の視聴者の前でソロを披露した。歌舞伎俳優の市川海老蔵(現・團十郎)との異色の共演も話題になった。あの場で日本を音で背負ったのが彼女だった、という事実は、もっと語られていい。
BLUE GIANTで、ジャズを知らない世代に火をつけた
ここ数年、上原ひろみの名前が一気に若い層へ広がった決定的な出来事がある。2023年2月に劇場公開されたアニメ映画『BLUE GIANT』だ。
原作は石塚真一の人気ジャズ漫画。その映画版で、上原ひろみは音楽監督を務めた。劇伴だけでなく、馬場智章、石若駿とのトリオによる楽曲群が、スクリーンの熱量をそのまま音にして叩きつけてくる。この仕事で、彼女は第47回日本アカデミー賞の最優秀音楽賞を受賞している。
何がすごいって、この映画でジャズに目覚めた10代、20代が大量に発生したことだ。「ジャズって難しい」という長年の固定観念を、一本の映画と一人のピアニストが軽々と飛び越えてしまった。サウンドトラックは大ヒットを記録し、それまでジャズ売り場に近寄らなかった層がCDショップに足を運んだ。
これは音楽家としての評価とは別の、文化的な功績だ。どれだけ技術が超絶でも、聴く人の裾野を広げられる演奏家はそう多くない。上原ひろみは、その稀少な一人だ。
止まらない、進化しつづける人
この人の本当に恐ろしいところは、過去の栄光に一切寄りかからないことだ。プロジェクトの形を、まるで脱皮するように変え続けている。
ピアノソロ、ピアノトリオ、ギターを加えたSonicbloom、チック・コリアとのデュオ、スタンリー・クラークとの共演。2019年には10年ぶりのソロピアノ作『Spectrum』をリリースし、再び『ダウンビート』の表紙を飾った。2021年にはピアノと弦楽四重奏による「上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット」名義で『Silver Lining Suite』を発表。コロナ禍の自粛期間に書き下ろした組曲が核になっている。
そして2023年、トランペットのアダム・オファリルらを擁する新プロジェクト「Hiromi’s Sonicwonder」を始動し、アルバム『Sonicwonderland』をリリース。アメリカの人気番組「Tiny Desk Concerts」にも出演して話題をさらった。2025年にはその最新作『OUT THERE』も届けている。
コロナ禍で多くのライブ業界が苦境に陥った2020年、彼女はブルーノート東京で「SAVE LIVE MUSIC」という救済企画を立ち上げ、行動制限のなか100公演を超えるステージを重ねた。技術がすごいだけの人なら、ここまではやらない。音楽と、それを鳴らす場所そのものへの執着がある。
ある熱心なリスナーが「同じ編成なら常に最新作が一番良い」と書いていた。言い得て妙だと思う。ソロならソロ、トリオならトリオで、過去作を超え続けている。普通、キャリアを重ねれば代表作という「ピーク」ができて、あとはそこを基準に語られる。だが上原ひろみにはそのピークがまだ来ていない。来る気配すらない。
唯一無二の正体
長々と書いてきたが、結局この人が唯一無二である理由は、たぶん一つに集約される。技術と歓びが、同じ量でそこにあることだ。
超絶技巧のピアニストは世界に何人もいる。ジャンルを横断する音楽家もいる。だが、あれだけ難解で高速なことをやりながら、本人が誰よりも楽しそうに笑っている人は、ほかに知らない。難しいことを難しい顔でやるのは二流だ。難しいことを、子どものように遊びながらやってのける。それが上原ひろみの一番の凄みであり、誰にも真似できない部分だ。
ジャズは敷居が高い、と思っているなら、まず映像で彼女のライブを観てほしい。理屈はいらない。あの腰の浮き方、あの笑顔、鍵盤を叩き割るんじゃないかという勢い。それを目にした瞬間、ジャズという言葉につきまとう薄暗いイメージは、きれいさっぱり消えているはずだ。
世界が33年ぶりに表紙に選び、グラミーの舞台に立ち、五輪開会式で日本を背負い、アニメ映画で新しい世代に火をつけた。これだけのことをやってのけて、まだ進化の途中にいる。唯一無二、という言葉が安く聞こえないアーティストは、そういない。上原ひろみは、その数少ない一人だ。
ではまた。

